誠実義務(Duty of Candor)違反により特許を無効にした特許審判部の決定
米国特許商標庁(以下「USPTO」)の特許審判部(以下「PTAB」)は、特許権者が特許性の主張と矛盾する重要な情報を選択的かつ不適切に秘匿することにより、率直さと誠実さの義務(duty of candor and good faith)を果たさなかったため、異議を申し立てられたすべてのクレームの特許を無効にする決定を下しました。
Spectrum Solutions, LLC v. Longhorn Vaccines & Diagnostics, LLC, IPR00847-00850;-00854;-00857;-00860;-3(PTAB May 3, 2023)
1.背景
Longhorn Vaccines & Diagnostics, LLC(以下「Longhorn社」)は、反応容器内に核酸を含む生物学的標本を収集、輸送、および保管するための水性組成物と、その精製および生物学的分析方法に関する特許(米国特許第8,084,443号等)を所有しています。
Spectrum Solutions, LLC(以下「Spectrum社」)は、Longhorn社の特許を無効にするため、当事者系レビュー(IPR)を請願しました。
2.IPRの開始と、PTABによる予備ガイダンスの発行
PTABは、Spectrum社が提出した請願に基づき、5件のLonghorn社の特許に対してIPRを開始しました。手続き中Longhorn社は、(クレームの)修正の申し立て(Motions of Amend)を行ない、その後、PTABは、Longhorn社によって提案された代替クレームは特許性がないという合理的な可能性をSpectrum社が立証したことを示唆する予備ガイダンスを発行しました。
3.IPRにおいて当事者が採った手続き
Longhorn社は、第三者の研究所であるAssured Bio Labs(以下「ABL」)に、先行技術文献の開示との差異の主張を裏付ける生物学的試験の実施を依頼しましたが、Longhorn社は、Spectrum社による、ABLの従業員に対する証言録取(depositions)に関する弁護士の作業成果物(聞き取り文書やその分析結果を記載した書面等)に異議を唱え、元の特許クレームおよび提案された代替クレームの特許性に関する主張と矛盾する試験データを提出しませんでした。
その後Spectrum社は制裁の申し立てを提出し、先行技術文献が代替クレームの限定を教示していることをPTABが認定し、Longhorn社がそのような認定に異議を唱えることを不可能にするという、Longhorn社に不利な決定を行なうことを求めるとともに、弁護士費用を含む補償費用の裁定を要求しました。
4.当事者の率直さと誠実さの義務について
PTABは、当事者はPTABに対して率直かつ誠実に対処する義務を負っており、事実の主張は証拠によって十分に裏付けられることが必要であると説明しました。この義務に基づき当事者は、「特許性にとって重要である既知のすべての情報」をUSPTOに開示する義務があります(37 C.F.R. §1.56(a))。情報が「すでに記録されている情報および出願に記録されている情報と重複しない場合、およびその情報が、特許性を主張する出願人が採る立場を否定するか、矛盾している場合」に、特許性にとって重要です。当事者が、PTABに対して事実情報を隠しながら既知の事実に反する立場を採ることは、特許性にとって重要でないか、あるいは秘匿特権として情報の提示を差し控えることができる場合でも、USPTOに対する率直さと誠実さの義務に違反します。
5.PTABの判断
PTABは、Longhorn社が提案したクレーム解釈は狭すぎ、元のクレームと提案された代替クレームとの両方に明確に記載された表現とは相容れないと批判しました。またPTABは、Longhorn社はLonghorn社のクレーム解釈に基づく主張を自由に維持できるが、それは、PTABが予備ガイダンスで示した予備的なクレーム解釈に関連する重要な情報の開示を含む、Longhorn社の誠実な取引の義務を免除するものではないと説明しました。言い換えれば、Longhorn社は、USPTOが特許性に対して重要であると考える情報を秘匿することなく開示した上で、裁判においてPTABの解釈に異議を唱える必要があります。
PTABはまた、Longhorn社が特許性を主張するために何が重要であるかについて過度に狭い見方をし、誠実かつ公正な取引の義務に関して緩い見方をしたと説明しました。ABLが特定の試験結果を含めなかったことについてPTABは、Longhorn社の弁護士の介入によって、ABLが、試験結果が出た後にそのデータの提出を控えるように指示されたものであると述べるとともに、秘匿された試験データは、PTABまたはLonghorn社の解釈に基づくクレームの特許性に関連していることを証明しました。
PTABはさらに、Longhorn社が明らかに全く真実ではないと思われる声明を出したとコメントしました。秘匿された試験データはLonghorn社の見解と矛盾しないというLonghorn社の立場にもかかわらず、その試験データが、試験が求めているとされる「効果」に関わるものであったため、秘匿された試験データは試験の目的に直接関連していました。
またPTABは、ABLによる試験結果についての報告書が秘匿特権を有する弁護士の作業成果物であるというLonghorn社の主張を受け入れず、「提出を差し控えられた事実情報が作業成果物として秘匿特権を有するという確かな根拠はない」と述べました。PTABは、弁護士の作業成果物の原則は絶対的なものではなく、USPTOに対する秘匿特権の範囲は限られており、Longhorn社は、率直さと誠実さの義務を遵守するために、証拠を秘匿しない完全な報告書を提出すべきだったと説明しました。
以上の理由によりPTABは、異議を申し立てられたクレームの特許を無効にして、Longhorn社に対して制裁を課しました。ただしPTABは、クレームの特許無効決定が十分な抑止力であると判断したため、補償費用は「USPTOと公衆の利益を保護するのに十分でも必要でもないと指摘して、弁護士費用を含む補償費用をSpectrum社に与えることを拒否しました。
6.主任審判官の反対意見
PTABのパネルの主任審判官であるBraden審判官は、特許を無効にすることにより制裁を科すという、パネルの過半数による決定には同意しましたが、弁護士費用を含む補償費用をSpectrum社に与えないことには同意しませんでした。Braden審判官は、Longhorn社の「悪質で故意の行動」(不完全な試験データ、不正確な証言録取、虚偽の弁護士の主張を含む)に対抗することに関連するSpectrum社の弁護士費用と追加の試験のための費用の支払いをLonghorn社に命じることは、USPTOの利益と公共の利益を保護し、この義務を果たすことを拒否する将来の当事者と弁護士に対する抑止力となると述べました。
7.実務上の留意点
PTABによる上記決定から、次の点に留意すべきであることが読み取れます。
(1)率直かつ誠実な義務を遵守しなかった当事者に対して制裁を課すというPTABの決定は、PTAB手続においても37 C.F.R. § 42.11の適用されることをIPRの当事者に思い出させて、この義務の違反に対する警告として機能します。
(2)当事者は、資料がその当事者の立場に反しているかどうかにかかわらず、元の特許クレームおよび代替クレームの両方の特許性に関連する重要な情報を開示しなければなりません。当事者が第三者による追加の試験結果を提出しようとする場合、当該当事者にとって都合の良い試験結果および都合の悪い試験結果の両方のすべてをPTABに開示する必要があるため、当事者は試験がその主張を裏付けるために本当に不可欠であるかどうかを十分に検討する必要があります。
[情報元]
1.IP UPDATE (McDermott) “Neither Narrow Proposed Claim Construction nor Work Product Claim Justify Withholding Material Factual Information” (June 1, 2023)
2.Spectrum Solutions, LLC v. Longhorn Vaccines & Diagnostics, LLC, IPR2021-00847; -00850; -00854; -00857; -00860 (PTAB May 3, 2023) (PTABの決定全文)
[担当]深見特許事務所 野田 久登