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「無害な誤りのルール」によってIPRの無効の決定を支持したCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、たとえ米国特許商標庁(USPTO)の特許審判部が当事者系レビュー(IPR)においてクレーム解釈の誤りを犯したとしても、「無害な誤りのルール(harmless error rule)」に基づき、無効を申し立てられたクレームは自明であるとして、特許審判部の無効の決定を支持しました。

Bot M8 LLC v. Sony Interactive Entertainment LLC, Case Nos. 22-1291(Fed. Cir. May 9, 2023)(Prost, Reyna, Cunningham, JJ.)

 

1.事件の経緯

(1)IPRの請願

 Bot M8 LLC(以下、「Bot M8社」)は、特定のデータを認証し、かつボードおよびマザーボードの両方を含むゲーム機に関する米国特許第8,078,540号(以下、「本件特許」)を所有しています。Sony Interactive Entertainment LLc(以下、「Sony社」)は、本件特許のすべてのクレーム1-6の無効を主張して、USPTOにIPRの請願を提出しました。

 クレーム1-6についてSony社が主張した無効理由は、以下の2つの技術的特徴に関連します。

 ① 独立クレーム1および4に関して、ゲームプログラムが認証された後にのみゲームプログラムがマザーボードに書き込まれることを必要とすること

 ② 従属クレーム2, 3, 5, および6に関して、認証プログラムおよび予備認証プログラムをそれぞれ実行するために、2つの異なるCPU、すなわちマザーボード上の1つおよび別のボード上の1つを必要とすること

(2)IPRの最終書面決定およびCAFCへの上訴

 特許審判部は、独立クレーム1および4に関する上記の特徴①および従属クレーム2, 3, 5, および6に関する上記の特徴②の双方は、Sony社によって提示された先行技術文献によって自明であると判断し、無効を申し立てられたクレーム1-6はすべて特許性を有さないとの最終書面決定を発行しました。Bot M8社は、この特許審判部の決定を不服としてCAFCに控訴しました。

(3)CAFCの判断

 CAFCは、後述する理由により、最終的に特許審判部の無効の決定を支持しました。

 なお、本稿におきましては、独立クレーム1および4の特徴①に関する判断および従属クレーム2, 3, 5, および6の特徴②に関する判断のうち、「無害な誤りのルール」が争点となった独立クレームに1および4の特徴①に関するCAFCの判断についてのみ解説し、従属クレーム2, 3, 5, および6の特徴②に関する判断については解説を割愛いたします。

 

2.本件発明の内容

 本件特許の独立クレームは、「ゲームプログラム」がボード上のメモリに保存され、かつゲームプログラムがマザーボード上の中央処理装置(CPU)によって認証された後にのみマザーボードに書き込まれること(以下、「書き込み制限」)を要求しています。

 本件特許の独立クレームの代表例として、クレーム1を以下に示します。

**********

  1. A gaming machine, comprising:

              (i) a board including a memory in which a game program for executing a game and an authentication program for authenticating the game program are stored;

              (ii) a motherboard which is different from the board and connects to the board, the motherboard including another memory which is different from the memory, said another memory configured to read out and store the game program stored in the memory; and

              (iii) a CPU which is provided on the motherboard, for executing the game based upon the game program stored in said another memory,

              the CPU being configured to:

              (a) read out the authentication program from the memory of the board, and then,

store the read out authentication program in said another memory of the motherboard;

              (b) execute the authentication program stored in said another memory in the process (a), and then, authenticate the game program in the memory of the board, based

upon the executed authentication program;

              (c) write the game program in the memory of the board, to said another memory of the motherboard, in a case where the game program in the memory of the board is authenticated as a result of the authentication process (b); and

              (d) execute the game based upon the game program written to said another memory of the motherboard in the process (c).

**********

 

3.IPRでの審理

(1)IPRでの無効理由

 IPRにおいて、特許審判部は、独立クレーム1および4は、米国特許第6,565,443号(以下、「443引例」)単独によって、および米国特許出願公開第2004/0054952号(以下、「952引例」)単独によって、自明であり、特許性を欠くと判断しました。特に、特許審判部は、独立クレーム1および4の特徴①について、443引例および952引例がともに、ゲームプログラムを認証した後にのみゲームプログラムをマザーボードに書き込むことを要求することを開示している、と認定しました。

(2)Bot M8社の主張

 Bot M8社は、特許審判部が独立クレーム1および4について、後述するように「認証した後にのみゲームプログラムをマザーボードに書き込むこと」は、「認証前にゲームプログラムのいずれかの部分をマザーボードに書込むことも含み得る」という誤った解釈をした、と主張しました。そして、その結果として、特許審判部は、ゲームプログラムを含むゲーム情報の一部が認証前にマザーボードに書き込まれ、残りの部分(ゲームプログラムに相当)が認証後に書き込まれることを開示する引例によって、ゲームプログラムを認証した後にのみゲームプログラムをマザーボードに書き込むことは引例に開示されている、という誤った認定に至ったと主張しました。この争点は、独立クレーム1および4の解釈において、書き込み制限によって、ゲームプログラムを認証する前にどのデータがマザーボードへの書き込みを排除されるのか、という論点に帰着しました。具体的には:

 [論点①]:ゲームプログラムの認証前に、ゲームプログラム全体をマザーボードへ書き込むことは排除されるものと理解される。

 この論点①については、認証前にゲームプログラム全体を書き込んでしまうと認証後にはゲームプログラムが書き込めなくなるので、独立クレーム1および4が少なくとも認証前にゲームプログラム全体をマザーボードに書き込むということを排除していることは争いがありませんでした(クレーム1の最後から2つ目のパラグラフ(c)を参照))。

 [論点②]:ゲームプログラムの認証前に、ゲームプログラムであるか否かに関わらず、どのようなデータもマザーボードへ書き込むことは排除される(すなわち認証後にゲームプログラム全体が書き込まれる)ものと理解される。

 この論点②については、Bot M8社が主張しましたが、特許審判部は、認証前にいかなるデータであっても書込を排除するという主張はクレームの文言と不一致であるとして却下しました。

 [論点③]:ゲームプログラムの認証前に、少なくともゲームプログラムのいずれかの部分をマザーボードへ書き込むことは排除される(すなわち認証後にゲームプログラム全体が書き込まれる)ものと理解される。

 この論点③についてもBot M8社が主張しましたが、特許審判部はこれを却下しました。

 Bot M8社は、特許審判部が、この論点③の主張を却下し、認証前にゲームプログラムのいずれかの部分をマザーボードに書込むことは可能であろうという誤ったクレーム解釈を適用したと主張しました。そしてBot M8社は、ゲームプログラムを認証する前に、ゲーム情報に関連する、またはゲーム情報の一部である、何物も(マザーボードの)RAMに読み込まないようにするという要件を、クレーム1に読み込むことを求めました。

 

4.CAFCの判断

 CAFCは、上記の論点①~③のうち、争いのあった論点②については特許審判部の見解に同意し、Bot M8社の主張を却下しました。クレーム1の文言は、ゲームプログラムの認証前におけるゲームプログラム全体のマザーボードへの書き込みを排除していますが、ゲームプログラムの認証前に、ゲームプログラム以外のデータをマザーボードへ書き込むことを排除しているものとクレームを解釈するだけの説得力のある理由をBot M8社は示すことができませんでした。

 争いのあった論点③については、CAFCは、たとえBot M8社の主張が正しく、特許審判部がクレームの解釈を誤ったとしても、「無害な誤りのルール(harmless error rule)」、すなわち判決に影響しない程度の事実審の審理上の誤りは上訴理由にならない、という理論に基づいて、Bot M8社の主張を却下しました。この理論の下では、特許審判部の決定に対して不服申立する者は、主張する誤りの有害さについて立証しなければなりませんが、CAFCは、Bot M8社がその主張した誤りが有害であることを証明できなかったと認定しました。

 特許審判部は、前記の論点③の「ゲームプログラムの認証前に、少なくともゲームプログラムのいずれかの部分をマザーボードへ書き込むことは排除される」という主張を却下し、引用文献が、認証前にゲームプログラムではないデータのみを書き込む、すなわち認証後にゲームプログラムが書き込まれる先行技術を開示していると認定し、この先行技術の開示によって本件発明は自明であると判断しました。CAFCは、特許審判部は、認証前にゲームプログラムのいずれかの部分をマザーボードに書込むことは可能であろうという不適切なクレーム解釈を行う必要性は全く無かったものであり、そのようなクレーム解釈の誤りは特許審判部の最終決定に影響することのない、「害の無いもの」であると認定しました。

 このようにCAFCは、特許審判部の潜在的なクレーム解釈上の誤りは無害であるとみなし、特許審判部の無効の決定を支持しました。特許審判部の決定に対してその誤りを主張して控訴しようとする当事者は、特許審判部の誤りが現実にどのような害をもたらしたかを立証しなければならないことに十分留意する必要があります。

[情報元]

① McDermott Will & Emery IP Update | May 18, 2023 “No Extra Life: Harmless Claim Construction Error Does Not Restart Invalidity Challenge”

https://www.ipupdate.com/2023/05/no-extra-life-harmless-claim-construction-error-does-not-restart-invalidity-challenge/?utm_source=PANTHEON_STRIPPED

② Bot M8 LLC v. Sony Interactive Entertainment LLC, Case Nos. 22-1291(Fed. Cir. May 9, 2023)(Prost, Reyna, Cunningham, JJ.)(CAFC判決原文)

https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1291.OPINION.5-9-2023_2123766.pdf

 

[担当]深見特許事務所 堀井 豊