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地裁で無効とされたクレームに対するIPRの開始の是非に関するUSPTO長官の職権レビュー

 米国特許商標庁(USPTO)長官は、米国特許法101条により無効であると地方裁判所によって既に判断され、その後控訴中のクレームに対する当事者系レビュー(IPR)について、IPRの審理を開始する法的権限を有していないとしてIPRの開始を拒否した特許審判部の決定を職権で見直しました。そして、特許審判部はそのような法的権限を有していると判断し、IPRの開始を拒否した特許審判部の決定を取り消しました。

Volvo Penta of the Americas, LLC v. Brunswick Corp., IPR2022-0136, -01367, -01368, -01369, -01424(PTO May 2, 2023)(Vidal, Dir.)

 

1.事件の経緯

(1)連邦地裁への侵害訴訟提起

 Brunswick Corporation(以下、Brunswick社)は、船舶に関連した5件の特許を所有しています。Brunswick社は、Volvo Penta of the Americas, LLC(以下、Volvo社)が、上記の5件の特許の各々のクレーム1を侵害しているとして、2022年2月1日付けでバージニア州東部地区連邦地方裁判所に特許侵害訴訟を提起しました。

(2)USPTOへのIPRの請願の提出

 Volvo社は、2022年8月4日および12日付けでBrunswick社の上記の5件の特許のクレームの無効を主張する5件のIPRの請願をUSPTOに提出しました。

(3)連邦地裁での訴訟の判決と控訴

 連邦地裁は、2022年11月10日付けで、侵害訴訟において無効を主張された各特許のクレーム1は特許不適格な主題に向けられたものであり、したがって米国特許法101条に基づいて無効である、との判決を下しました。Brunswick社は、この地裁判決を不服として2022年12月7日付けで米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)に控訴しました。この控訴審は現在CAFCに係属中です。

(4)IPR開始の拒否の決定

 地裁判決およびCAFCへの控訴後の2023年2月8日および16日に、USPTOの特許審判部は、5件のIPRの開始を拒否する決定を行いました。

(5)USPTO長官による特許審判部の決定の見直し

 USPTO長官は、本件IPRに関する資料や記録を検討した結果、特許審判部による開始拒否の決定に対する職権レビュー(sua sponte Director review)を行うことが適切であると判断しました。

 

2.特許審判部によるIPR開始拒否の理由

 特許審判部はIPRの開始を拒否するにあたって、以下の理由(1)および(2)により、各特許のクレーム1に対する審理を開始する法的権限を有していない、と結論付けました。

(1)米国特許法311(b)について

 IPRについて規定する米国特許法311条(b)は、「IPRの請願人は、・・・特許の1以上のクレームの特許性が無いとして取り消しを請求できる(A petitioner in an inter partes review may request to cancel as unpatentable 1 or more claims of a patent …)」と規定しており、したがって311条(b)はその通常の意味において、有効なクレームのみを無効にすることができることを規定しています。Brunswick社は上記のように地裁判決に対して控訴しているので控訴審は未だ係属中ですが、特許審判部は、各特許のクレーム1は無効であると最終的に宣言されたと判断し、そのような判断に基づいて、無効にされたクレーム1に対して請求されたIPRを開始する権限を有していないと判断しました。

(2)米国特許法314(a)Fintiv要素の分析)について

 IPRを含む米国改正特許法AIAの付与後手続(AIA Post-Grant Proceedings)が地裁での訴訟と並行した場合における特許審判部による審理開始の裁量的拒否(特許法314条(a))について、Fintiv事件(Apple Inc. v. Fintiv, Inc., IPR2020-00019, Paper 11 (PTAB Mar. 20, 2020))で以下の6つの判断要素(Fintiv factor)が提示されました。

 ① 並行する地裁の訴訟手続が保留されているか否か。

 ② 地裁の訴訟公判日はIPR最終書面決定予定日にどの程度近いか。

 ③ 訴訟において裁判所・当事者がどの程度のリソースを費やしているか。

 ④ 訴訟で審理されている問題とIPRで提起された問題は重複しているか。

 ⑤ IPRの当事者は訴訟当事者と同じであるか。

 ⑥ 特許審判部の裁量権行使に影響を及ぼすその他の要因があるか。

 USPTOは2022年6月に、上記の判断要素の適用方法を明確にするための暫定ガイダンスを公表し、さらにUSPTO長官は2023年2月27日に、特許審判部におけるIPRの審理開始の判断プロセスを明確化するための指針を示しました。それらによりますと、初めにFintivの6つの要素判断要素のうち①から⑤を分析し、その分析結果が審理開始拒否を支持する場合にのみ、IPR請願人が特許無効を示す説得力ある証拠を提示しているかどうかを検討し、提示された場合にはFintiv要素の分析による審理開始を拒否しない、とするものです。このようなFintiv要素の分析の根底をなすものは、並行する地裁での訴訟において費やされたリソースに対して、特許審判部がIPRの審理を開始することが訴訟手続の効率を損なうか、すなわち訴訟手続の「非効率(inefficiency)」が生じるかどうかという、非常に判断がすれすれとなるある種の「駆け引き(gamesmanship)」のような基準です。

 本件において特許審判部は、裁量的拒否に関するFintivの判断要素に基づく分析が、本件の状況には適用されない、と判断しました。これは、特許審判部が上記の裁量的拒否に関するUSPTOの指針を、関連する地裁での訴訟手続が進んでいる場合、すなわちAIA付与後手続と並行して進行している場合にのみ、Fintiv要素の分析が適用されることを規定しているものと解釈したことによるものです。特許審判部は、Fintiv要素の分析の根底をなす、「非効率」と「駆け引き」を取り上げて、地裁の判決が出されていることに鑑みIPRの審理開始を拒否する裁量権を行使しました。

 

3.USPTP長官の判断

 USPTO長官は上記のような特許審判部がIPR開始を拒否した理由を職権で見直し、以下のように判断しました。

(1)米国特許法311(b)について

 USPTO長官はまず、特許審判部による米国特許法311条(b)の分析を取り上げました。長官は、特許審判部が、連邦地裁の判決に対する控訴審がCAFCに係属しているにも関わらず、連邦地裁の特許無効の判断を最終的な宣言であると認定した点を取り上げ、特許審判部が二次的禁反言(collateral estoppel)の原則に依拠したようである、と結論付けました。

 二次的禁反言の原則とは、米国訴訟において採用されている衡平法上の原則であり、争点効(issue preclusion)とも呼ばれます。二次的禁反言の原則によると、先の訴訟で十分かつ公正に審理され、かつ当事者(本件では特許権者であるBrunswick社)にとって不利(特許無効)であるように判断された争点については、後の事件においては争わなくても済むように被告(本件では侵害事件の被告であるVolvo社)を保護するものです。特許審判部はさらに、Pharmacia事件(Pharmacia & Upjohn Co. v. Mylan Pharma., Inc., 170 F.3d 1373, 1381 (Fed. Cir. 1999) (quoting SSIH Equip. S.A. v. U.S. Int’l Trade Comm’n, 718 F.2d 365, 370 (Fed. Cir. 1983))を引用し、「控訴審が係属していることは、第一審裁判所の判決の最終性または拘束力に何ら影響するののではなく、・・・この原則は特許無効の判決にも同様に適用され得る。」と説明しました。

 USPTO長官は、このような二次的禁反言の原則、および地裁の訴訟手続における私人間への二次的禁反言の原則の適用を論じた上記裁判例における原則は、(行政機関であるUSPTOの特許審判部が行う)IPRについて規定する311条(b)の適正な解釈に適用されるものではないと認定しました。長官はまた、Brunswick社の5件の特許のクレーム1に関する地裁の101条による無効判決に鑑みVolvo社がIPRを続行することは二次的に禁止されるというどのような主張もなされなかった、と認定しました。

 特許審判部はまた、Uniloc事件(Uniloc 2017 LLC v. Hulu, LLC, 966 F.3d 1295, 1304– 1305 (Fed. Cir. 2020))に依拠して、地裁はクレーム1を最終的に無効であると宣言したので、特許審判部はクレーム1に対して審理を開始する法的権限を有していない、と判断しました。しかしながら、Uniloc事件は、本件のBrunswick社のクレームのように発行済みのクレームであって地裁によって無効であると判断されたクレームに関して、311条(b)の解釈を問題とした事件ではありませんでした。Uniloc事件においてCAFCは、効力を有するクレームのみを無効にすることができると判示したものであり、本件のBrunswick社のクレームはBrunswick社による控訴の結果、有効なままの状態にあります。すなわち長官は、連邦地裁の判決は上級審であるCAFC判決においてさらなる司法審査の対象となるため、無効を申立てられたクレームは最終決定を下されたものではない、と判断しました。このような判断は、USPTOの方針とも合致しています。たとえば米国特許規則§42.80によりますと、USPTOは、特許審判部がIPRの最終書面決定を発行した後であって、控訴するための期間が満了した後かまたは控訴が終了した後にのみ、審理証明を発行することを要求されています。

 以上の理由によって長官は、特許審判部がIPRを開始する法的権限を有していると判断しました。

(2)米国特許法314(a)Fintiv要素の分析)について

 次に、USPTO長官は、特許審判部によるFintiv要素の分析を取り上げ、特許審判部がFintiv要素を、並行して進行中の地裁の訴訟において最終判決がまだ下されていない状況下におけるその裁量権の行使に限定されると不適切に解釈した、と認定しました。長官は、Fintiv要素の分析は、本件のように、クレームが控訴審でさらなる審理の対象となる場合にも適用される、と説明しました。これは、米国特許法311条(b)について上記したように、二次的禁反言の原則がIPRについて規定する311条(b)の適正な解釈には適用されるものではないこと、効力を有するクレームのみを無効にすることができると判示したUniloc事件判決を考慮して本件のBrunswick社のクレームが控訴により有効なままの状態にあること、またそのような解釈がUSPTOの方針に合致することによります。

 長官は、差戻し審でFintiv要素を評価するように特許審判部に指示し、そしてこれらの要素がIPR開始を拒否する裁量権を支持するものあると特許審判部が判断した場合には、特許審判部は、本件の実体審理において無効の主張に説得力があるかどうか(長官の指針に一致するか)を検討すべきである、と指示しました。

 最後に長官は、連邦地裁による無効判断が控訴審で支持されたならば、そのときに特許審判部はIPRの手続きを継続するか終了するかを検討すればよい、と述べました。

 上記のようにUSPTO長官は、特許審判部の決定を職権で見直して特許審判部の決定を取り消し、並行する連邦地裁の手続きを考慮して、Fintiv要素の①から⑤を分析して裁量的拒否が適切であったのかどうかを検討するように、手続を特許審判部に差し戻しました。

[情報元]

① McDermott Will & Emery IP Update | May 18, 2023 “Pending Appeal Does Not Divest Board of Statutory Authority to Institute IPRs”

https://www.ipupdate.com/2023/05/pending-appeal-does-not-divest-board-of-statutory-authority-to-institute-iprs/?utm_source=PANTHEON_STRIPPED

② Volvo Penta of the Americas, LLC v. Brunswick Corp., IPR2022-0136, -01367, -01368, -01369, -01424(PTO May 2, 2023)(Vidal, Dir.)(USPTO長官の審決レビューの原文)

https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/ipr2022-01366_-01368_-01424_volvo_v_brunswick_dr_grant_order_paper15_20230502_.pdf

③ 「Vidal長官、PTABにおける審理開始の判断プロセス(Fintivルール)を明確化」2023年3月3日 JETRO NY知的財産部 石原、福岡

https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2023/20230303.pdf

 

[担当]深見特許事務所 堀井 豊