クレーム解釈の争点となっている文言が不明確な場合、出願人自身の定義について明細書の文脈を考慮した上で常識が適用されるとしたCAFC判決
米国連邦巡回裁判所(CAFC)は、クレーム解釈上の争点となっている文言が明確なときには、発明の動作可能性を維持したり有効性を維持したりするために裁判所がクレームの文言を書き直すことはないが、そのようなクレームの文言が明確ではない場合には、出願人自身が明細書中で述べた定義の根拠について明細書の文脈を適切に考慮した上で、クレーム解釈に常識を適用する、と判示しました。
AlterWan, Inc. v. Amazon.Com, Inc. et al., Case 2022-1349 (Fed. Cir. Mar. 13, 2023)(Lourie, Dyk, Stoll)
1.事件の経緯
(1)本件特許の概要
AlterWan, Inc.,(以下、AlterWan社)は、インターネット上でのワイドエリアネットワーク(WAN)の改良点に関する2件の米国特許(以下、集合的に「本件特許」)、すなわち米国特許第8,595,478号(以下、「478特許」)および第9,015,471号(以下、「471特許」)を所有しています。
本件特許に共通の明細書によると、WANのためにインターネットを使用することに関して2つの主要な問題が存在します。1つ目の問題は、データパケットが宛先に向かう途中における、あるノードから別のノードへの制御されない「ホップ」によるレイテンシ(遅延)であり、2つ目の問題は、インターネット経由で送信されるデータのセキュリティの欠如です。本件特許は、「顧客サイトのペア間における事前計画された高帯域幅、低ホップ数のルーティングパス」を提供する「プライベートトンネル」を使用して、これらの問題に対処することを意図しています。
(2)訴訟の提起
AlterWan社は、Amazon.com, Inc.,およびAmazon Web Services, Inc.,(以下、集合的にAmazon社)を本件特許の侵害でデラウェア州連邦地方裁判所に訴えました。
2.地裁での争点と判断
(1)争点となったクレーム用語
地裁でのクレーム解釈の段階において、「ノンブロッキング帯域幅(non-blocking bandwidth)」および「協働するサービスプロバイダ(cooperating service provider)」という2つのクレーム用語の解釈が争点になりました。
「ノンブロッキング帯域幅」という用語は471特許のクレーム1, 13および14に現れますが、478特許のクレームには現れません。以下に、代表例として471特許のクレーム1を示します。
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- An apparatus, comprising:
an interface to receive packets;
circuitry to identify those packets of the received packets corresponding to a set of one or more predetermined addresses, to identify a set of one or more transmission paths associated with the set of one or more predetermined addresses, and to select a specific transmission path from the set of one or more transmission paths; and
an interface to transmit the packets corresponding to the set of one or more predetermined addresses using the specific transmission path;
wherein
each transmission path of the set of one or more transmission paths is associated with a reserved, non-blocking bandwidth, and
the circuitry is to select the specific transmission path to be a transmission path from the set of one or more transmission paths that corresponds to a minimum link cost relative to each other transmission path in the set of one or more transmission paths.
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一方、「協働するサービスプロバイダ」というクレーム用語は、478特許のクレーム1, 6, 10, 18, 42, 51, および63と、471特許のクレーム19とに現れます。以下に、代表例として478特許のクレーム1を示します。
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- A method of operation in a router that is part of a wide area network, the method comprising:
filtering inbound data packets received on an input port of the router to identify data packets that correspond to a selected group of addresses relative to data packets that
are not within the selected group of addresses; and
providing priority routing for the data packets in the selected group of addresses,
including
performing a look-up into a routing table applicable to the selected group of addresses to identify one or more transmission paths that meet a minimum transmission requirement relative to other available transmission paths, and
routing the data packets to at least one cooperating service provider using one of the identified one or more transmission paths.
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(2)クレーム用語に対する当事者の主張と地裁の判断
① ノンブロッキング帯域幅
このクレーム用語に関して471特許の明細書は、「サービス品質の問題という、先行する試みを阻害してきた課題は、ノンブロッキング帯域幅(常に利用可能でありかつ常に十分であろう帯域幅)を提供することによって解決される(the quality of service problem that has plagued prior attempts is solved by providing non-blocking bandwidth (bandwidth that will always be available and will always be sufficient)」と述べています(471特許の第4欄の第66行目から第5欄の第2行目)。
被告であるAmazon社は、「ノンブロッキング帯域幅」というクレーム用語については、明細書中の上記の文言をそっくり反映する「常に利用可能でありかつ常に十分であろう帯域幅」として解釈することを求めました。一方、原告であるAlterWan社は、「ノンブロッキング帯域幅」についての解釈は不要であるか、あるいは解釈するとしても「ネットワークが動作している間は常に利用可能でありかつ常に十分であろう帯域幅」と解釈すべきであるとの代替案を提示しました。代替案の理由としてAlterWan社は、絶対に故障しないネットワークなど存在しないので(すなわちいつかは故障するので)、「ノンブロッキング帯域幅」の正確な解釈のためには「ネットワークが動作している間は」という前提条件が必要であると主張しました。
地裁はAmazon社の主張に同意し、特許権者であるAlterWan社は、自分自身の辞書編集者としての役割を果たしたもの、すなわち明細書中で定義を明確に示したものであり、この「ノンブロッキング帯域幅」というクレーム用語は、たとえインターネットがダウンしても、帯域幅が利用可能であろうことを要求するものである、と判断しました。
② 協働するサービスプロバイダ
原告であるAlterWan社は、「協働するサービスプロバイダ」についての解釈は不要であるか、あるいは解釈するとしても「その送信装置がパスに結合されたサービスプロバイダ」または「その送信装置がパスに結合された第三者サービスプロバイダ」と解釈すべきであると主張しました。一方、被告であるAmazon社は、このクレーム用語は、「ノンブロッキング帯域幅を提供することに同意したサービスプロバイダ(service provider that agrees to provide non-blocking bandwidth)」と解釈すべきであると主張しました。
地裁はマークマンヒアリングの後に、この「協働するサービスプロバイダ」というクレーム用語を「ブロックされた帯域幅を提供することに同意したサービスプロバイダ」と解釈しましたが、略式判決のヒアリングの段階に至って、Amazon社の解釈に同意して「ノンブロッキング帯域幅を提供することに同意したサービスプロバイダ」に変更しました。
(3)地裁の判決
Amazon社は、もしもクレームが、インターネットがダウンしているときでさえ帯域幅の提供を要求するという実現不可能な状況を規定していると解釈されるのであれば、Amazon社は本件特許を侵害していないといえると主張し、特許権者はこれについては合意しました。略式判決の申立の後に、原告・被告の両当事者は、以下の2点について争わないことに同意した上で、地裁の判決がなされました。
① 「ノンブロッキング帯域幅」および「協働するサービスプロバイダ」に関する地裁の解釈(すなわち、たとえインターネットがダウンしても、帯域幅が利用可能であろうことを要求するものである)の下では、被告のAmazon社は本件特許について非侵害であること。
② AlterWan社が地裁のクレーム解釈および略式判決について上訴することを前提として、地裁において本件特許の非侵害の判決がなされること。
(4)原告の上訴
AlterWan社は、地裁の上記のクレーム解釈および略式判決についてCAFCに上訴しました。
3.CAFCの判断
原審の地裁は、「ノンブロッキング帯域幅」というクレーム用語について、「常に利用可能でありかつ常に十分であろう帯域幅」を意味するという、明細書に記載されている辞書編集者としての出願人自身の定義を受け入れましたが、このことは、インターネットがダウンしているときでさえ帯域幅が利用可能でなければならないという実現不可能な状態を含むことを意味します。
CAFCによれば、クレームの文言それ自体が「明確」であれば、すなわち、クレームの記載のみから内容が一義的に読み取れれば、そのような明確な文言が実施不可能な不条理な状態を意味したとしても、そのような状態を治癒するために、または特許の有効性を維持するために、裁判所が自ら文言を書き換えることはありません(Chef Am., Inc. v. Lamb-Weston, Inc., 358 F.3d 1371, 1374(Fed. Cir. 2004))。
Chef Am事件においては、クレームの限定は、「得られたバターでコーティングされた生地を約400°F~850°Fの範囲の温度に加熱すること(“to”a temperature in the range of about 400°F~850°F)」でしたが、これによって、生地が焦げてしまうという不合理な結果につながってしまいます。その代わり、この限定は、「この範囲内の温度で(“at”a temperature in the range of about 400°F~850°F)」生地を加熱することが記載されていれば、そのような不都合無く、発明は実施可能となっていたでしょう。しかし、この裁判例では、問題となっている限定は明確であったため、CAFCは、“to”という用語を“at”に置き換えるようクレームを書き換えることを拒否しました。すなわち、CAFCはこの裁判例において、クレームについて唯一の合理的な解釈がなされ、かつその解釈がクレーム全体として無意味な解釈に帰着する場合には、クレームは無効にされなければならない、と述べました。
しかしながら、本件訴訟においてCAFCは、争点となっている解釈に関してクレームの文言が「明確ではない」場合には、すなわち、クレームの記載からは定義等が一義的に読み取れない場合には、特に辞書編集者としての出願人自身の定義の根拠について開示の文脈を適切に考慮して、クレーム解釈に常識、すなわち当業者の一般的技術知識が適用されることを明らかにしました。
より具体的に、本件においてCAFCは、インターネットが動作できない場合でも帯域幅が利用可能であることを、クレームの文言自体が明確に要求しているわけではないと考えました。上記のChef Am事件は必ずしもクレーム解釈において常識から逸脱することを要求している訳ではありません。Chef Am事件のようにクレーム文言が明確な場合とは異なり、クレームの文言が不明確な場合には、裁判所は、争いのある解釈に対するサポートについて開示の文脈を確認する作業を進めます。
本件においてそのような「文脈」とは明細書に含まれる議論であり、具体的には、インターネットを土台として使用するWAN技術に関する議論、およびインターネットの土台における出所から行き先への重要な送信パケットの遅延におけるレイテンシの問題を含む、インターネットを土台として使用することから生じるいくつかのサービス品質の課題に関する議論です。
本件特許の明細書によりますと、本件特許の解決策は、地理的に離れているサイト間に「事前に計画された高帯域幅、低ホップ数のルーティングパス」を提供することです。これらの事前に計画されたルーティングパスは、「本件発明の属概念の中で全ての種概念が共有する重要な特性」です。明細書において、この議論の後、「言い換えれば、これまでの試みを阻害していたサービス品質の問題は、ノンブロッキング帯域幅(常に利用可能でありかつ常に十分であろう帯域幅)を提供すること、および、インターネット上のポイント間の「プライベートトンネル」パスのルートを事前に定義することによって、解決される」と結論付けています。
明細書は、土台としてのインターネットの動作可能性および伝送について説明していますが、インターネットが利用出来ない場合の帯域幅の提供については全く述べておりません。文脈上、「ノンブロッキング帯域幅」の定義に関する文章は、インターネットがない場合における帯域幅の提供よりもむしろ、(インターネットが動作しているときの)レイテンシの問題に対処しています。CAFCの判決はノンブロッキング帯域幅の意味について何も意見を述べていませんが、当業者の一般的な技術知識を適用して、インターネットがダウンしているときに、帯域幅を要求するものではない、と判示しました。
CAFCは、地裁における判断は不明確で欠陥があるとして、さらなる検討のため地裁に差し戻しました。
[情報元]
① The latest news for you-COMMON SENSE STILL APPLIES IN CLAIM CONSTRUCTION (WHDA,LLP) May 13, 2023
https://files.constantcontact.com/72fc1a43201/ae689108-7745-4eca-afd3-f4e89f4a4788.pdf?rdr=true
② AlterWan, Inc. v. Amazon.Com, Inc. et al., Case 2022-1349 (Fed. Cir. Mar. 13, 2023)(Lourie, Dyk, Stoll)判決原文
https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1349.OPINION.3-13-2023_2093610.pdf
[担当]深見特許事務所 堀井 豊