共同発明者の要件に関するCAFC判決
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、共同発明者であると主張された、特許に発明者として名前が記載されていない者は、特許発明全体の中での貢献が共同発明者の要件を満たすほど重要ではないため、共同発明者ではないと認定し、共同発明者であることを認めた地方裁判所の判決を覆しました。
HIP, Inc. v. Hormel Foods Corp., Case No. 22-1696 (Fed. Cir. May 2, 2023)
1.米国における共同発明者に関する規定について
共同発明者については、米国特許法第116条(複数の発明者)および米国特許規則§1.45に規定されています。1952年特許法に初めて共同発明者に関する規定がおかれましたが、その定義が規定されていませんでした。米国特許法第116条は、共同発明者の定義についての争いをなくすため、いくつかの判例を明文化して、1984年の法改正で導入されたものです。2013年施行の米国特許改正法(AIA)においても、ほぼ同様の趣旨の規定が、第116条として存続しています。
2.本件判決の背景
(1)共同開発契約の締結と、本件特許の出願
Hormel Foods Corp.(以下「Hormel社」)は、ベーコンと肉片の調理に関する特許を所有しています。この特許は、電子レンジ、赤外線オーブン、または熱風を使用した予熱ステップと、次に高温調理ステップを含む2段階の方法をクレームしています。特許出願に先立ち、Hormel社とHIP Inc.(以下「HIP社」)は、2段階の調理プロセス用のオーブンを開発する共同契約を締結しました。
Hormel社は、HIP社のオーブンが特に、電子レンジでベーコンを予熱することで、結露によって塩や風味が洗い流されるのを防ぐことを評価しました。HIP社のDavid Howard氏は、予熱ステップで赤外線オーブンを使用することが可能であると提案しました。ただし、予熱ステップで赤外線オーブン使用することについては、当該技術分野で既に知られていました。Hormel社はその後、David Howard氏を共同発明者に含めることなく、特許出願を行ないました。
(2)連邦地方裁判所への提訴
HIP社は、David Howard氏を本件特許の共同発明者に含めるべきであると主張して、デラウェア地区連邦地方裁判所(以下「地裁」)にHormel社を訴えました。それに対して、連邦地方裁判所は、赤外線予熱についてのDavid Howard氏の主張された貢献のみを根拠に、David Howard氏は本件特許の共同発明者であると認定したため、Hormel社はCAFCに控訴しました。
3.CAFCでの審理
(1)共同発明者の要件
発行された特許に記載されている発明者のみが、当該特許発明の発明者であると推定されます。したがって、当事者は、その推定を覆すためには、明確で説得力のある証拠によって、特許に記載されていない発明者が正しい発明者であることを証明しなければなりません。
CAFCは、Pannu v. Iolab Corp. CAFC判決(1998)(判決原文は下記「情報元3」参照)を引用し、共同発明者と認定されるためには、発明者が次のことを行なう必要があると指摘しました。
(i) 発明の構想または実施化に重要な方法で貢献すること。
(ii) クレームされた発明全体に対して、質において無意味ではない貢献をすること。
(iii) 単に、既によく知られている概念や現在の最先端技術を説明するだけではなく、それ以上の貢献をすること。
(2)CAFCの判断
CAFCは、ベーコンの予熱に赤外線オーブンを使用することを提案したという、David Howard氏の主張された貢献は、電子レンジによる予熱に明確に焦点を当てていることが判明した特許発明の全体と比較した場合、質的に重要ではないと判断しました。
赤外線オーブンによる予熱は、特許の明細書および一つの従属クレームで電子レンジの代替として簡単に言及されていますが、本件特許の明細書および図面に示す実施例はすべて、予熱ステップに電子レンジを使用することを重要な特徴としており、予熱するために赤外線オーブンを使用することについては言及されていません。したがって、CAFCは、David Howard氏の赤外線オーブンの提案は、特許発明全体に対して重要ではないと判断しました。
CAFCは、共同発明者であるためにはPannu v. Iolab Corp.判決における上記3つの要件すべてを満たす必要があるものの、それらのうちの第2の要件である「クレームされた発明全体に対して、質において無意味ではない貢献をすること」を満たしていないことから、共同発明者に関する他の2つの要件については対処しませんでした。同様に、CAFCは、David Howard氏の貢献が証拠で裏付けられているかどうかという問題は、貢献が彼を共同発明者として認定するには不十分であったため、論じても意味がないと指摘しました。
その結果CAFCは、David Howard氏が共同発明者であると認定した地裁判決を破棄しました。
4.共同発明者の要件に関するCAFCのその他の最近の判決について
本件CAFC判決における共同発明者の認定の要件と類似の判断基準に言及した判決が、この数年の間にいくつか出されています。以下、そのうちの2件のCAFC判決の概要を紹介します。
(1)Dana-Farber Cancer Institute, Inc. v. Ono Pharmaceutical Co., Ltd.事件(CAFC、2020年7月14日判決)(判決原文は下記「情報元4」参照)
① 背景
小野薬品は、2018年のノーベル医学生理学賞受賞者である本庶佑博士が開発した、癌治療に関する特許(米国特許第7,595,048号等)を所有しています。1998年、本庶博士は、Dana-Farber癌研究所のDr. FreemanおよびDr. Woodの2名の研究者と共同研究を開始し、その研究結果が2000年10月に専門誌にて公開されました。その研究に関連する発明について本庶博士は2002年に日本で特許出願を行ない、対応の各米国特許出願にてこの日本出願に基づく優先権が主張されました。
これらの米国特許のいずれにもDr. FreemanもしくはDr. Woodは、共同発明者として記載されていませんでした。Dana-Farber癌研究所は、特許クレームの主題についてこれら2名の博士が貢献したことのいくつかの根拠に基づき、これらの博士を発明者として特許に記載すべきであるとして連邦地方裁判所に訴訟を提起しました。地方裁判所はこの主張に同意し、Dana-Farber癌研究所の主張を支持する判決を出しました。この地裁判決を不服として、小野薬品はCAFCに控訴しました。
② CAFCの判断
CAFCは、Dana-Farber癌研究所の2名の博士が小野薬品の特許に貢献したと判断した地裁の判決に誤りはないとして、原判決を支持する判決を下しました。
地裁の判決を支持するに際してCAFCは、共同発明者になるには、次のことを行う必要があると指摘しました。
(i) 発明の着想または実施化に何らかの重要な方法で貢献すること
(ii) 特許クレームに記載の発明に対して、その貢献が発明全体の範囲に対して評価される場合、質の点で無意味ではない貢献をしていること、および
(iii) 単に実際の発明者に周知の概念および/または現在の技術水準を説明するだけではなく、それ以上の貢献をしていること。
Dana-Farber癌研究所の2名の博士はこれらの基準を満たすとして、CAFCは原審判決を支持しました。
③ 対応日本特許に関する訴訟における知財高裁の判断
米国特許に対応する日本の特許第5885764号についても、共同発明者に関して同様の訴訟が日本の知財高裁に提起されています(知財高判令和2年(ネ)10052号、2021年3月17日判決)。知財高裁が示した判断基準では、単なる補助者とは言えない程度の関与であっても、創作的なものでなければ、共同発明者として認められません。それに対してCAFCが示した基準自体には、関与や貢献が創作的であるかどうかは要求されていませんが、「重要な方法での貢献」や「質的に無意味ではない程度の貢献」の有無の判断において、創作的な貢献の有無が考慮される可能性があります。
(2)Duncan Parking Techs., Inc. v. IPS Grp., Inc., 914 F.3d 1347, 1357 (Fed. Cir. 2019)
このCAFC判決は、pre-AIAの米国特許法§102(e)に基づく新規性欠如をもたらす引用特許が、対象特許の発明者とは「別人」によるものであるかどうかが争点になったケースです(判決原文は下記「情報元5」参照)。pre-AIAの米国特許法§102(e)の規定によりますと、本件特許の発明前に提出された「別人」による米国特許出願であって公開または特許取得された出願に係る発明は、本件特許に対する先行技術を構成するというものです。ここで「別人」とは、先願発明と後願発明との間で、複数発明者の一人でも異なっている場合には「別人」に該当し、本件発明の新規性を阻害することになります。本件において、特許権者側は、引用特許中の指摘部分の発明者は本件特許の発明者と同一であり、したがって「別人」には該当せず§102(e)の規定は適用されないと主張し、被疑侵害者側は、引用発明の当該部分の発明には他の発明者も関与しており、したがって「別人」に該当して§102(e)の規定が適用されると主張しました。
CAFCは、特許審判部の「本件特許は、引用特許に基づいて、pre-AIAの米国特許法§102(e)により新規性がないとは言えない」との決定を覆すにあたり、引用特許が「別人によるもの」であるためには、本件特許の発明者とは別人であるとされる者が、引用特許発明の共同発明者であることが必要であると指摘しました。またCAFCは、引用特許が「別人による」ものであるかどうかを判断するには、pre-AIAの米国特許法§102(e)に基づき、特許審判部は、
(i) 問題となっているクレームの限定事項の新規性がないとするために、引用特許のどの部分が先行技術として依拠されているかを判断し、
(ii) それらの部分が「別人によって」着想された程度を評価しなければならず、また、
(iii) 引用特許の開示全体と比較して、その「別人」の貢献が引用特許の先行技術として適用された部分の共同発明者となるのに十分な程度に重要であるかどうかを判断しなければならない
との判断基準を示しました。
この判断基準に基づき、CAFCは、引用特許が別人によるものであるため、本件特許はpre-AIAの米国特許法§102(e)に基づく新規性がないと認定し、審判部の決定を覆しました。
[情報元]
1.IP UPDATE (McDermott Will & Emery) “What’s Shakin’ Bacon? Not Inventorship—Contribution to Invention Can’t Be “Insignificant”” May 11, 2023
https://www.jdsupra.com/legalnews/what-s-shakin-bacon-not-inventorship-6078351/
2.HIP, Inc. v. Hormel Foods Corp., Case No. 22-1696 (Fed. Cir. May 2, 2023)判決原文
https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-1696.OPINION.5-2-2023_2120058.pdf
3.Pannu v. Iolab Corp. CAFC判決(1998)
https://casetext.com/case/pannu-v-iolab-corp/
4.Dana-Farber Cancer Institute, Inc. v. Ono Pharmaceutical Co., Ltd.事件CAFC判決(2020年7月14日言渡し)原文
http://cafc.uscourts.gov/sites/default/files/opinions-orders/19-2050.OPINION.7-14-2020_1618430.pdf
5.Duncan Parking Techs., Inc. v. IPS Grp., Inc., CAFC判決(2019年1月31日言渡し)
https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/18-1205.opinion.1-31-2019.pdf
[担当]深見特許事務所 野田 久登