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an open-ended claimには固有の上限が存在し実施可能であるとしたCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、米国への輸入によって特許権が侵害されており関税法337条違反が認められるとした米国国際貿易委員会(ITC)の決定に対する控訴審において、実施可能性の争点については、オープンエンドのクレーム(an open-ended claim)には固有の上限が存在するため実施可能であるとITCが正しく認定しており、さらに、侵害認定の争点については、不定冠詞“a”は「1つまたは複数(one or more)」を意味するため侵害が成立するとITCが正しく認定している、と結論付けました。

FS.com Inc. v. International Trade Commission, Case No. 22-1228 (Fed. Cir. Apr. 20, 2023) (Moore, Prost, Hughes, JJ.)

 

1.本件発明の説明

 Corning Optical Communications LLC(以下、Corning社)は、一般にデータセンタで使用される光ファイバ技術に関する米国特許第9,020,320号(320特許)、第10,444,456号(456特許)、第10,120,153号(153特許)、および第8,712,206号(206特許)を所有しています(以下、これら4件の特許を本件特許と総称します)。

 特に、320特許、456特許および153特許は、光ファイバ接続を支持する光ファイバ機器(モジュール、トレイ、アダプタ等)を収納するシャーシを含む光ファイバ装置を開示しております。たとえば、320特許のクレーム1および3は以下のような光ファイバ装置を規定しています(太字斜体の部分は本件の争点に関連する部分)。

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              1. A fiber optic apparatus, comprising:

              a chassis; and

              a fiber optic connection equipment provided in the chassis;

              the fiber optic connection equipment configured to support a fiber optic connection density of at least ninety-eight (98) fiber optic connections per U space, based on using at least one simplex fiber optic component or at least one duplex fiber optic component.

(クレーム2は省略)

              3. The fiber optic apparatus of claim 1, wherein the fiber optic connection equipment is configured to support a fiber optic connection density of at least one hundred forty-four (144) fiber optic connections per U space.

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 一方、206特許は、光ファイバ装置の部品である光ファイバモジュールに関するものです。たとえば、206特許のクレーム14は以下のような光ファイバモジュールを規定しています(太字斜体の部分は本件の争点に関連する部分)。

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              14. A fiber optic module, comprising:

              a main body defining an internal chamber disposed between a front side and a rear side;

              a plurality of optical fibers disposed in the internal chamber;

              a front opening disposed along a longitudinal axis in the front side;

              a first plurality of fiber optic components optically connected to the plurality of optical fibers, the first plurality of fiber optic components disposed through the front opening providing a fiber optic connection density of at least one fiber optic connection per 7.0 millimeters (mm) of width of the front opening; and

              at least one second fiber optic component optically connected to at least one of the plurality of optical fibers to provide optical connection between the at least one second fiber optic component and at least one of the first plurality of fiber optic components.

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2.事件の経緯

(1)ITCへの提訴

 Corning社は、FS.com Inc.(以下、FS社)が、上記の4件の本件特許の様々なクレームを侵害する高密度光ファイバ機器を輸入することにより米国の関税法337条に違反していると主張し、FS社をITCに提訴しました。

 ITCは、関税法337条に基づいて米国への輸入に関する不公正行為の調査(337条調査)を行い、不公正行為が認められる場合には侵害品の輸入を禁止する権限を有する独立した行政機関です。ITCの権限としては、侵害行為を差し止めるだけで損害賠償の請求は認められません。ITCでは、行政法判事(ALJ)が事件の審理を行います。ITCの決定に対してはCAFCに控訴することが可能です。

 なお、米国関税法337条について簡単に説明いたしますと、この規定は、米国への商品の輸入・販売において米国国内産業に悪影響を及ぼす不公正な行為を違法なものと宣言し、調査、輸入排除等の救済措置を取り得る権限をITCに与える規定です。特許侵害は米国特許法271条に基づき専ら連邦裁判所で扱われますが、ITCは連邦裁判所と比較して、厳格な期限管理の下、迅速な輸入差止権限を有するなど、特許権者にとって多くの利点があることから、近年、ITCを活用する事例が増えています。

(2)ITCの当初の決定

 ITCは、FS社による高密度光ファイバ機器の輸入は、関税法337条に違反する行為であると判断しました。より具体的には、ITCの担当ALJは、FS社の行為は、「光ファイバ装置」を規定する320特許(クレーム1および3)、456特許(クレーム11, 12, 14-16, 19, および21)、および153特許(クレーム9, 16, 23, および26)を侵害しており、「光ファイバモジュール」を規定する206特許(クレーム14に従属するクレーム22および23)を侵害している、との決定を当初発行しました。

 この結論に到達する過程において、FS社は本件特許に関する様々な無効理由を主張しましが、その中には、320特許および456特許の特定のクレームは実施不能である、との主張を含んでおりました。しかしながら、ITCの担当ALJはこれらの主張を却下しました。

 具体的には、ITCでの原審においてFS社は、320特許のクレーム1および3、および456特許のクレーム11, 12, 15, 16, および21は実施不能なため無効であると主張しました。争点となっているクレームは、上記のクレーム1および3の原文で太字斜体で示した部分であり、たとえば320特許のクレーム1は「U字状スペースあたり少なくとも98個の光ファイバ接続からなる光ファイバ接続密度」と規定しており、同特許のクレーム3は「U字状スペースあたり少なくとも144個の光ファイバ接続からなる光ファイバ接続密度」を規定しています。FS社は、明細書ではU字状スペースあたり最大144個の光ファイバ接続までしか実施可能化されていないため、「少なくとも98個」、「少なくとも144個」というような上限が存在しないオープンエンドの密度範囲は実施可能ではないと主張しました。原審のITCは、このようなFS社の無効の主張を却下しました。

(3)ITCの再審理

 FS社は、上記のALJの当初の決定についてITCによる再審理(Commission review)を請願し、ITCはALJの決定の一部について再審理を認めました。ITCは再審理において、実施可能性についてのALJの当初の決定については再審理を拒否して、ALJの当初の分析を採用し、320特許のクレーム1および3、および456特許のクレーム11, 12, 15, 16, および21は実施可能であると判断しました。

 ITCは再審理において、侵害については、206特許の“a front opening”(上記のクレーム14の原文で太字斜体で示した部分)の解釈として、不定冠詞“a”は「1つまたは複数(one or more)」を意味するというCorning社の解釈を採用し、この結果、206特許の侵害が成立するとしたALJの当初の判断を支持しました。

 より具体的に、FS社は、206特許のクレーム14の「前面開口(a front opening)」は単一の前面開口に限定されるので、分離された複数の前面開口を備えたFS社の光ファイバモジュールは、206特許のクレーム14に従属するクレーム22および23を侵害するものではないと主張しました。ITCは、侵害を評価する際に、206特許のクレーム14の前面開口を、光ファイバモジュールの前面側に位置する開口(例えば、本件特許の図13において寸法H1およびW1を有するものとして示されている開口)を意味すると解釈し、さらに、このクレーム用語は、1つまたは複数の開口を含んでいる、と結論付けました。ITCは、FS社の製品がこの要件を満たしているため、206特許を侵害していると判断しました。

 以上の結果、ITCは最終的に、FS社は関税法337条に違反しているという担当ALJの当初の決定を肯定し、FS社に対して、高密度光ファイバ機器およびその部品の輸入を禁止する一般排除命令(GEO)および停止通告書を発行しました。FS社はこのITCの再審理における最終決定を不服として、CAFCに控訴しました。

 

3.CAFCの判断

(1)無効理由(実施可能性)について

 CAFCは、ITCの実施可能化に関する判断を支持しました。CAFCは、オープンエンドのクレームが本質的に不適切ということはなく、「正確には知られていないが固有の上限があり、明細書により当業者がその上限に近づくことができる場合」には実施可能になり得ると説明しました。CAFCは、当業者であれば、U字状スペースあたり144個の接続を実質的に超える密度は技術的に実行不可能であることを理解していたであろうから、U字状スペースあたり約144個の接続という固有の上限があると判断しました。CAFCはさらに、明細書が、達成可能な最大密度はU字状スペースあたり144個の接続であることを開示しており、専門家の証言は、144個の接続を超える密度を達成した商用製品は存在しないことを確認したことを認定しました。この証拠を考慮して、CAFCは、オープンエンドのクレームはU字状スペースあたり約144個の接続という固有の上限があり、したがってクレームされているオープンエンドの範囲が実施可能であると原審のITCが適切に判断したと結論付けました。

(2)侵害について

 CAFCはITCの侵害の決定を支持しました。CAFCは、特許権者が特許クレームにおける“a”または“an”を「1」に限定する明確な意図を示さない限り、特許クレームの“a”または“an”という用語は一般に「1つまたは複数」を意味すると説明しました。FS社は、権利主張されていないクレーム63における「(複数の)前面開口(front openings)」の記載は、権利主張されたクレーム14における「前面開口」を単一の開口に限定する明確な意図を示していると主張しました。CAFCは、特に、明細書が1つまたは複数の前面開口を備えた実施形態を開示していることから、権利主張されていないクレームを複数の開口に限定することは、権利主張されているクレームを1つの開口に限定する意図を示さないと認定し、その主張を棄却しました。したがって、CAFCは、「“a” front opening」が1つまたは複数の開口を包含するという一般原則から逸脱する理由を認めませんでした。

 

4.実務上の留意点

(1)オープンエンドのクレームの実施可能性

 本件では、オープンエンドのクレーム(an open-ended claim)の実施可能性が争われました。具体的には、「少なくとも(at least)○○個の」という上限がオープンになっているクレームが実施可能要件を満たすかが争点となりました。具体的には、「少なくとも98個の光ファイバ接続」を限定するクレーム1に従属するクレーム3では「少なくとも144個の光ファイバ接続」が限定されており、このように上限が定められていないようなクレームであっても、正確には知られていない固有の上限があって明細書により当業者がその上限に近づくことができる場合には実施可能になり得ると判示されました。本件では、明細書が、本件特許の優先日において利用可能であった部品(アダプタ)を使用して144個の光ファイバ接続が最大密度であったことを開示しており、またCorning社自身の専門家証人がこの部品を使用して144個を超える接続を実現した製品が存在しないことを証言したため、明細書の具体的開示を超える技術が実行不可能であることが当業者によって理解されたと判断されたものです。したがって、外観上・形式的には上限が無いようなクレームであっても実際には明細書の開示を超える範囲は認められない場合があることに留意する必要があります(ただし、本件では、144個というクレーム3の下限値が固有の上限と一致すると解釈されることによって実施可能要件違反で無効になることは回避されました)。

(2)不定冠詞“a”または“an”の解釈について

 上記のように不定冠詞“a”または“an”は一般に「1つまたは複数(one or more)のコンポーネント」を意味しますが、最近、CAFCはSalazar v. AT&T Mobility LLC et al.事件判決において、その後の“said”の限定により、単一のコンポーネントがクレームされたすべての機能を実行することが要求される場合があることを判示しました。

 

[情報元]

① McDermott Will & Emery IP Update | April 27, 2023 “Reaching New Lights: Inherent Upper Limit Enables Open-Ended Range”

② FS.com Inc. v. International Trade Commission, Case No. 22-1228 (Fed. Cir. Apr. 20, 2023) (Moore, Prost, Hughes, JJ.)(CAFC判決原文)

③ Salazar v. AT&T Mobility LLC et al., Case No.21-2320; -2376(Fed. Cir. Apr. 5, 2023)(Stoll, Schall, Stark, JJ.)(CAFC判決原文)

 

[担当]深見特許事務所 堀井 豊