G2/21に関する欧州特許庁拡大審判部の決定
欧州特許庁(EPO)の拡大審判部は、進歩性に関する技術的効果を裏付けるために提出された出願後のデータは、出願日前に入手できなかったという理由だけでは無視することはできないとの決定を下しました。
1.背景
拡大審判部は、欧州特許条約(EPC)の下で最高の司法機関です。その主なタスクはEPCの均一な適用を確保することです。具体的には、拡大審判部は、第一審に相当する技術審判部における法律的争点について、技術審判部からの質問の付託に応じて審理を行うものです。本件においては、技術審判部3.3.02は、2021年10月11日の中間決定T116/18により、証拠の自由心証主義(the principle of free evaluation of evidence)と、進歩性における「もっともらしさ(plausibility)」の概念に関する質問を拡大審判部に付託しました。
本件審判事件の対象となったヨーロッパ特許EP2484209は、害虫を防除するための殺虫剤組成物に係る発明に関します。この特許によれば、それぞれの殺虫活性がすでに知られている2つの化合物を混合物として使用した場合に、純粋な相加効果以上の効果、つまり相乗効果を発揮します。
このようなクレームされた発明の技術的効果を判断することは、いわゆる「問題解決アプローチ」を適用する際に重要な役割を果たします。このアプローチは、クレームされた発明の主題が進歩性を含むかどうかを決定する過程で、審判部とEPOの管理部門とによって日常的に適用されています。
確立された判例法によれば、特許出願人または特許権者は、クレームされた発明について主張されている技術的効果または結果が首尾よく達成されたことを適切に証明する責任があります。本件において、特許権者は、クレームされた発明の相乗効果をサポートするために、特許の出願日後に提出され公開された試験データ(後で公開された証拠(post-published evidence))に依拠しました。この後で公開された証拠がクレームされた発明の相乗効果の証拠として考慮されるかどうかは、クレームされた発明の主題の進歩性の評価にとって決定的でした。
2.拡大審判部への質問事項
技術審判部から付託された質問の具体的な内容は以下の通りです。
進歩性の承認のために特許権者が技術的効果に依拠し、その効果を証明するために実験データなどの証拠を提出した場合であって、この証拠が特許の出願日より前に公開されておらず、出願日の後に提出されたものである場合に:
(1)効果の証明が後で公開された証拠のみに依存しているという理由で、後で公開された証拠を無視しなければならないという点において、証拠の自由心証主義(証拠の評価について審判官の自由な判断に委ねること)に対する例外が受け入れられるべきか?
(2)上記の質問(1)に対する答えが「はい」の場合、特許出願における情報または一般常識に基づいて、特許出願日における当業者がその効果がもっともらしい(ab initio plausibility)と考えたならば、後で公開された証拠を考慮することができるか?
(3)上記の質問(1)に対する答えが「はい」の場合、特許出願における情報または一般常識に基づいて、特許出願日における当業者がその効果をもっともらしくない (ab initio implausibility)と考える理由を見出さないならば、後で公開された証拠を考慮することができるか?
3.拡大審判部の判断
拡大審判部はまず、証拠の自由心証主義を、EPCの下のあらゆる証拠手段を評価する際に普遍的に適用される原則であると認定しました。これにより、拡大審判部は、特許出願人または特許権者によって提出された、クレームされた発明の進歩性の確認のために依拠される技術的効果を証明するための証拠は、そのような証拠が特許出願日より前に公開されておらず、特許出願の日後に公開されたという理由だけで無視することはできないと判断しました。
拡大審判部は、さらに、そのような出願後に公開されたデータを証拠として認めるかどうかに関する基準を検討し、「もっともらしさ」という用語が、EPCの下での独特の法的概念または特定の特許法の要件にはならないか検討しました。
拡大審判部は、クレームされた発明がEPC第56条に基づく進歩性を含むかどうかを評価する際の主張された技術的効果への依拠に関連する基準は、共通の一般知識を念頭に置いた当業者が、出願日に、当初の特許出願の記載から、何をクレームされた発明の技術的教示として理解するであろうかという質問に関すると判断しました。依拠された技術的効果は、後の段階でも、その技術的教示に包含され、出願時に開示された発明そのものによって具体化されたものである必要があります。
拡大審判部は、これらの原則により、権限のある審判部またはその他の決定機関が、クレームされた発明の主題が進歩性を含むか否かを判断する際に、主張された技術的効果を支持するために後で公開された証拠に依拠できるかどうかを決定することができるであろうと判断しました。
4.拡大審判部の命令
拡大審判部によって発行された命令は次のとおりです。
(1)クレームされた発明の主題の進歩性の認定に依拠する技術的効果を証明するために特許出願人または特許権者によって提出された証拠は、その技術的効果が依拠する証拠が出願日前に公開されておらず、出願日後に提出されたという理由だけで、無視することはできない。
(2)技術常識を有する当業者が当初の出願に基づいて、技術的教示に包含され、かつ当初に開示された同一の発明により具体化されるものとして技術的効果を導き出せる場合に特許出願人または特許権者は、進歩性のための技術的効果に依拠することができる。
[情報元]
1.「G2/21 Enlarged Board of Appeal issues its decision」D Young & Co Patent Newsletter No.94 April 2023
2.“Press Communiqué of 23 March 2023 on decision G 2/21 of the Enlarged Board of Appeals”by the EPO(23 March 2023)
3.G2/21 Decision of the Enlarged Board of Appeal of 23 March 2023 EN(拡大審判部決定原文)
[担当]深見特許事務所 赤木 信行