顧客への警告に関するCAFC判決紹介
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、特許権者が、その特許を競合他社が侵害しているという見解を当該競合他社の顧客に伝えることを禁じた地方裁判所の仮差止め命令を覆しました。CAFCは、特許権者による侵害の主張は客観的に根拠がないわけではないため、発言の制限は不適切であると判断しました。
Lite-Netics, LLC v. Nu Tsai Capital LLC, Case No. 23-1146 (Fed. Cir. Feb.17, 2023) (Lourie、Taranto、Stark、JJ.)
1.事件の経緯
(1)訴訟の提起に至るまでの経緯
Lite-Netics LLC(以下、Lite-Netics社)と、Nu Tsai Capital d/b/a Holiday Bright Lights(以下、HBL社)とは、ホリデーストリングライト(holiday string lights)の市場で競合しています。両社は、ユーザーがライトの端を固定できるようにする類似する磁気メカニズムを使用しています。Lite-Netics社は、磁気的に固定された装飾ライトについて開示しクレームした米国特許第7,549,779号および第8,128,264号(以下、本件特許)を所有しています。
2017年6月14日に、Lite-Netics社はHBL社に対して、HBL社の製品がLite-Netics社の本件特許を侵害していると主張し、当該製品の販売停止を要求する停止通告書を送付しました。しかしながら、この通告に対してはHBL社から何の応答もなく、そのまま5年が経過しました。
Lite-Netics社は5年間の沈黙の後、2022年4月12日になって、HBL社に対して新たな停止通告書を送付し、HBL社の製品がLite-Netics社の特許を侵害しなかった理由を説明するか、または製品の販売を停止することを要求しました。その後、両者の間で侵害の有無について議論がなされましたが、HBL社は、侵害しているとされる製品の販売を停止することを拒否しました。
その後、2022年8月31日に、Lite-Netics社は、HBL社に対して特許侵害訴訟をネブラスカ州連邦地方裁判所(以下、地裁)に提起しました。
(2)顧客に対する通知
侵害訴訟の提起の前の2022年5月に、Lite-Netics社は、自社の顧客(HBL社の顧客も含む)に対して、市場において本件特許を侵害する競合他社が存在すること、および「すべての法的権利と救済手段」を用いて侵害を停止させる意図があることを通知しました。
さらに、Lite-Netics社は、訴訟提起後の2022年9月に、その顧客に対して新たな書簡を送り、Lite-Netics社の製品は本件特許によって保護されていること、他社がこの保護された製品をコピーしようとしていること、侵害品の製造販売を停止させるためにHBL社に対して特許侵害訴訟を提起したこと、およびLite-Netics社は、HBL社の製品を使用または転売していると知られているいずれかの会社を共同被告人として本件訴訟に含めることも検討していること、を通知しました。
(3)地裁の審理
第一審の地裁において、HBL社はこのようなLite-Netics社による顧客への通知について、取引関係への不法干渉、ネブラスカ州法に基づく名誉毀損、および悪意のある特許侵害の情報伝達であるとの主張を含む反訴を提出しました。HBL社はまた、Lite-Netics社がさらなる非難の声明を発表するのを阻止するための仮差止めを求めました。
地裁は、HBL社がその不法干渉および名誉毀損の主張において勝訴する可能性が高いことを判断し、かつ、Lite-Netics社による侵害の主張は「客観的に根拠がない」ことを判断し、仮差止めを認めました。この仮差止め命令は、HBL社が特許侵害者であること、HBL社がLite-Netics社の装飾ライトをコピーしたということ、またはHBL社の顧客が提訴されるかもしれない、ということをLite-Netics社が示唆することを禁止するものでした。
これに対して、Lite-Netics社は、その特許関連の発言に対する地裁の仮差止め命令についてCAFCに控訴しました。
2.CAFCの判断
通常、地裁が仮差止めを認めたことを控訴審が審理する場合は、該当する巡回区(本件では第8巡回区:the Eight Circuit)の法律が適用されます。第8巡回区の法律によれば、一般的に仮差止めを認めたことが妥当かどうかの判断に際しては、裁量権の濫用または誤った法的原理への見当外れの依拠があったかが検討されます。しかしながら、CAFCは、本件のように特許権者が特許権に関する通知を発することを禁止する差止めを地裁が認めたことを審理する場合には、連邦特許法および特許権の通知に関する先例を適用します(たとえば、Mikohn Gaming Corp. v. Acres Gaming, Inc., 165 F.3d 891, 898(Fed. Cir. 1998)を参照)。
すなわち、連邦法である特許法で認められる特許権に関して、表現の自由、報道の自由等を規定する米国憲法修正第1条で保護された発言に対する当事者の権利を差止め命令が制限するような場合には、連邦法が州の不法行為法に優先します(たとえばGlobetrotter Software, Inc. v. Elan Computer Group, Inc., 362 F.3d 1367, 1374(Fed. Cir. 2004)を参照)。そしてCAFCは、連邦法は、これらの連邦法上の権利を侵害するであろう仮差止命令に対しては、より高い「悪意」の立証基準を要求していると説明しました。すなわち、主張された請求が客観的に根拠のないものであることを示すことができなかった場合には、「悪意」の立証基準は満たされません。本件においてCAFCは、Lite-Netics社の主張が客観的に根拠のないものであることをHBL社が証明できなかったと認定しました。
地裁は、本件特許のうち米国特許第7,549,779号について侵害されているとするLite-Netics社の主張は客観的に根拠がないとする認定を行いました。そして、その認定が、HBL社が磁気コードや磁気クリップを製造し市場に流通させることでLite-Netics社の特許権を侵害しているという見解を顧客に通知することをLite-Netics社に禁止する仮差し止めを認める理由付けの核心をなすことになりました。
CAFCは、HBL社が特許を侵害しているというLite-Netics社の主張の多くに関して客観的に合理的な根拠があると認定し、地裁が、Lite-Netics社の主張には根拠が無く、Lite-Netics社が悪意で行動したと認定したことに裁量権の濫用があったと判断しました。この結果、CAFCは、地裁判決を破棄し、さらなる手続きのために地裁に差し戻しました。
[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | March 2, 2023 “Free Speech shines Bright, Illuminates Patent Owner’s Right to Allege Infringement”
② Lite-Netics, LLC v. Nu Tsai Capital LLC, Case No. 23-1146 (Fed. Cir. Feb.17, 2023) (Lourie、Taranto、Stark、JJ.)(CAFC判決原文)
[担当]深見特許事務所 堀井 豊