ダパグリフロジンに関する発明の進歩性が問題となった事件
先行発明に開示された化合物の効果に比べてある程度改善された効果を得ただけでは、効果が顕著であると言うには足りないという点で、本件請求項1の発明は、先行発明によって進歩性が否定されるという、原審の結論自体は正当であるとした事例。
大法院2023.2.2.宣告2020HU11738 [登録無効(特)]
1.本件の争点
先行発明に本件発明の上位概念が公知となっている場合でも、本件発明に構成の困難性が認められれば進歩性が否定されません。一例として、先行発明に発明を成す構成要素の一部を二つ以上の置換基として一つ以上選択できるように記載する、いわゆるマーカッシュ形式で記載された化学式と、その置換基の範囲内に理論上含まれるだけで、具体的に開示されていない化合物を請求範囲とする特許発明の場合があります。本件においては、糖尿病治療に関して改善された効果を見出すための有機化合物スクリーニング過程で優先的に試みられる置換を通じて得られた化合物の選択の困難性が問題になりました。
2.先行発明に上位概念が公知となっている場合の進歩性の判断方法
進歩性判断のためには構成の困難性を検討してみなければなりません。以下にその判断方法について説明します。
(1)基本的な考え方
本件のような特許発明の構成の困難性を判断する際には、先行発明にマーカッシュ形式等で記載された化学式とその置換基の範囲内に理論上含まれ得る化合物の個数、通常の技術者が先行発明にマーカッシュ形式等で記載した化合物の中から特定の化合物や特定の置換基を優先的に又は容易に選択する事情や動機並びに暗示の有無、先行発明に具体的に記載された化合物と特許発明の構造的類似性などを総合的に考慮しなければなりません。
(2)技術分野に特有の考え方(効果の参酌)
特許発明の進歩性を判断する際には、その発明が有する特有の効果も共に考慮しなければなりません。先行発明に理論的に含まれる多数の化合物のうち、特定の化合物を選択する動機や暗示などが先行発明に開示されていない場合でも、それが何ら技術的意義のない任意の選択に過ぎない場合であれば、そのような選択に困難があるとは見られませんが、発明の効果は、選択の動機がなく構成が困難なのか、任意の選択に過ぎない場合なのかを区別できる重要な標識となり得るためだからです。
また、化学、医薬などの技術分野に属する発明は、構成だけでは効果の予測が容易ではないため、先行発明から特許発明の構成要素が容易に導出されるか否かを判断する際、発明の効果を参酌する必要があり、発明の効果が先行発明に比べて顕著であれば構成の困難性を推論する有力な資料となります。
さらに、構成の困難性の有無の判断が明確でない場合であっても、特許発明が先行発明に比べて異質であったり量的に顕著な効果を有していれば進歩性が否定されません。効果の顕著性は特許発明の明細書に記載され、通常の技術者が認識、又は推論できる効果を中心に判断しなければならず、万一その効果が疑わしいときには、その記載内容の範囲を超えない範囲で出願日以降に追加の実験資料を提出する等の方法により、その効果を具体的に主張・証明することが許容されます(大法院2021.4.8.宣告2019HU10609判決参照)。
3.コメント
本事件の詳細は現時点では情報が不足しておりますが、本願発明の効果が先行発明に対して顕著ではないという理由で本件発明の進歩性が否定された事例に関する記事であり、韓国における化学・医薬発明の進歩性の判断手法がまとめられている点で有用であると考えられます。
[情報元]
[Newsletter]2023-03/HA&HA「ダパグリフロジンに関する発明の進歩性が問題となった事件」
[担当]深見特許事務所 赤木 信行