多数項従属クレームの有効性に関するUSPTO長官決定紹介
米国特許商標庁(USPTO)長官は、米国特許法第112条第5段落の多数項従属クレームの特許性の問題について初めて正面から対応し、多数項従属クレームの特許性はそのクレームが従属するクレームの各々について個別に考慮されるべきであると認定した上で、長官によるIPRの審決のレビューを認めました。そして長官は再審理の結果、特許審判部の書面による審決を修正しました。なお、本件の対象特許は米国特許法のAIA改正法の発効日である2013年3月16日以前の優先日を有するものであり、本稿において、適用される各条文はAIA改正前の旧法として表記しております。
Nested Bean, Inc. v. Big Beings US Pty. Ltd. et al., IPR2020-01234 (PTO Feb. 24, 2023) (Vidal, Dir.)(precedential)
1.本件の経緯
(1)IPRの申立
Big Beings US Pty. Ltd.(以下、Big Beings社)は米国特許第9,179,711号(以下、本件特許)の特許権者です。Big Beings社は、Nested Bean, Inc.(以下、Nested Beans社)に対して本件特許を侵害しているとして特許侵害訴訟を提起しました。Nested Beans社はこれに対して、本件特許のクレーム1-18の無効を主張する当事者系レビュー(IPR)の申立書をUSPTOに提出しました。
(2)本件特許のクレーム
本件特許のクレーム1および2は独立クレームであり、クレーム3-16は、クレーム1または2のいずれかに直接または間接に従属する多数項従属クレームであり、残りのクレーム17および18はクレーム1に直接的または間接的に従属する単項従属クレームです。
本件特許のクレームの従属関係を以下の表に示します。
クレームNo. |
従属先 |
クレームNo. |
従属先 |
クレーム1 |
独立 |
クレーム10 |
クレーム8 |
クレーム2 |
独立 |
クレーム11 |
クレーム8 |
クレーム3 |
クレーム1または2 |
クレーム12 |
クレーム1または2 |
クレーム4 |
クレーム1または2 |
クレーム13 |
クレーム12 |
クレーム5 |
クレーム1または2 |
クレーム14 |
クレーム13 |
クレーム6 |
クレーム5 |
クレーム15 |
クレーム12 |
クレーム7 |
クレーム1または2 |
クレーム16 |
クレーム1または2 |
クレーム8 |
クレーム1または2 |
クレーム17 |
クレーム1 |
クレーム9 |
クレーム8 |
クレーム18 |
クレーム17 |
(3)IPRにおける審判部の判断
審判部はIPRの開始を認め、最終的に書面による審決を発行しました。審決において審判部は、Nested Beans社は、クレーム1、17および18については特許性がないことを立証できませんでしたが、クレーム2-16については特許性がないことを立証した、と認定しました。
より具体的に、審判部は、従属クレーム3-16は、独立クレーム1または2に択一的に従属しており、これらのクレーム3-16のいずれかのバージョン、すなわち独立クレーム1に従属する第1バージョンのクレーム3-16または独立クレーム2に従属する第2バージョンのクレーム3-16のいずれかが先行技術に開示されていれば、クレーム3-16はこの先行技術により新規性を阻害される、と考えました。
審判部は、独立クレーム2に従属する第2バージョンのクレーム3-16が先行技術により特許性がないことが示されていることから、独立クレーム1に従属する第1のバージョンおよび独立クレーム2に従属する第2のバージョンの双方のバージョンであるクレーム3-16は、特許性がないことが示されたと判断しました。このように審判部は、特許性がないとは示されなかった(すなわち特許性を否定されなかった)独立クレーム1に従属する第1のバージョンのクレーム3-16の特許性について、特許性がないと示された独立クレーム2に従属する第2バージョンのクレーム3-16と切り離して検討することはしませんでした。
(4)USPTO長官によるレビューの申立
Big Beings社は、従属クレーム3-16の各々が、独立クレーム1および2の両方に従属する多数項従属クレームであることに注目し、長官によるIPRのレビューの申立を提出しました。Big Beings社は、クレーム1が特許性を有しないことをNested Beans社が立証できなかったと審判部が認定したので、審判部は、特許性を否定されなかったクレーム1に従属するクレーム3-16についても特許性を否定するべきではなかったと主張しました。USPTO長官はレビューの開始を認めました。
2.USPTO長官レビューによるIPRの再審理
(1)当事者の主張
① Big Beings社(特許権者)の主張
Big Beings社は、米国特許法第112条第5段落(AIA改正後の現112条(e))の“A multiple dependent claim shall be construed to incorporate by reference all the limitations of the particular claim in relation to which it is being considered.(多数項従属クレームは、考慮されている特定のクレームのすべての限定を参照により組み込むものと解釈される)”という条文は、多数項従属クレームの択一的従属関係の特許性を個別に検討することを審判部に要求している、と主張しました。
② Nested Beans社(IPR申立人)の主張
Nested Beans社は、多数項従属クレームのいずれかのバージョンが先行技術に対して特許性がないと判断された場合には、そのクレームのすべてのバージョンが特許性がないと判断されるように、条文を読むべきである、と主張して反論しました。
(2)USPTO長官の質問
USPTO長官は、再審理に際してIPRの両当事者に対して、以下の質問をしました。
① 特許権者が依拠している多数項従属クレームを支配する第112条第5段落の解釈は、先例の無い初めての争点であるのかという問題に対処すること;
② 先例が無いのであれば、立法の経緯、適切な条文および規則、並びに何らかの政策上の論点または説得力のある典拠を指摘すること;および
③ 先例が有るのであれば、特許権者(Big Beings社)の解釈に特定的に関与する何らかの権威ある判例法を指摘すること。
特許権者であるBig Beings社は、米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)がこれまでこの問題について正面切って対応してこなかったこと、これまでの審判部の審決においても、多数項従属クレームが従属する複数の独立クレームの1つが特許性を否定され、他方が否定されなかったような事案は見出されなかったこと、などから本件は審判部において先例の無い初めての争点であると主張しました。
一方、IPR申立人であるNested Beans社は、本件IPRでの審判部の多数項従属クレームの取り扱いは、択一的な記載のクレームを無効としたCAFCの先例や、審判部の審決、連邦地方裁判所の先例とも一致していると主張しました。
(3)関連条文
この問題に関して根拠条文としては、上記の米国特許法第112条第5段落の他に以下のような規定があります。
① 米国特許法第282条第1段落(AIA改正後の現282条(a)):
“each claim of a patent (whether in independent, dependent, or multiple dependent form) shall be presumed valid independently of the validity of other claims; dependent or multiple dependent claims shall be presumed valid even though dependent upon an invalid claim.”
(特許の各クレームは、独立形式か従属形式かまたは多数項従属形式かを問わずに、他のクレームの有効性からは独立して有効であると推定される。従属または多数項従属クレームは、無効なクレームに従属している場合であっても、有効であると推定される。)
② 米国特許規則1.75(c):
“a multiple dependent claim will be considered to be that number of claims to which direct reference is made therein.”
(多数項従属クレームは、直接の引用がなされているクレーム数であると考えられる。)
③ 米国特許審査便覧(MPEP)の§ 608.01(n)(I)(B)(4):
“a multiple dependent claim must be considered in the same manner as a plurality of single dependent claims.”
(多数項従属クレームは、複数の単項従属クレームと同じように考慮されなければならない。)
(4)USPTO長官の判断
USPTO長官は、本件IPRの審決やその手続における書面・証拠を検討し、さらに過去の裁判例、審決例も検討した結果、特許権者の意見に同意する一方でIPR申立者の判例の引用には同意せず、本件の争点が、審判部においては先例の無い初めての問題であると認定しました。
USPTO長官は、上記の関連条文の規定に依拠して、以下のように判断しました。
第112条第5段落の平明な文言は、多数項従属クレームの特許性が択一的に引用されたクレームの各々について個別に検討されることを要求しているものです。
また、米国特許法第282条第1段落の条項は、多数項従属クレームの有効性は、「独立して」、すなわち個別に検討されることを規定していることから、択一的に引用されたクレームは個別に検討することがこの条項によって示唆されています。
さらに、庁費用の計算に関する米国特許規則1.75(c)の規定によって、多数項従属クレームの択一的に引用された各クレームが、個別の従属クレーム費用を発生させていることから、従属クレームを個別に取り扱うことが示唆されています。
これらの点から、USPTO長官は、特許性を否定されていない独立クレーム1に従属するクレーム3-16が特許性を有しないと判断した点において審判部は誤った決定をした、と判断しました。特許権者が主張するように、多数項従属クレームは複数のクレームとして扱わなければならず、これら複数のクレームの各々は、その従属クレームおよびそれが引用するクレームのいずれか1つを含み、これら複数のクレームの各々の有効性は個別に検討しなければならない、ということは法律から明らかであると述べました。また、このような解釈は歴史のあるMPEPの指針とも一致しています。
USPTO長官は、CAFC、連邦地裁、USPTO審判部の過去の判例法を分析した結果、いずれの法廷も今回提起された解釈上の争点について正面切って対応してこなかったと分析しました。
USPTO長官は、上記のように今回のIPRでの審判部の審決は誤りであり、特許性を否定されなかった独立クレーム1に従属する従属クレーム3-16についても審判部は特許性を否定されないものと審決するべきであった、として審判部の審決を修正するよう命じました。そしてこの審決を先例として指定しました。
[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | March 9, 2023 “Claim Duality: Multiple Dependent Claims Can Be Both Patentable and Unpatentable”
② Nested Bean, Inc. v. Big Beings US Pty. Ltd. et al., IPR2020-01234 (PTO 2023年2月24日) (Vidal, Dir.)(USPTO長官の審決レビューの原文)
[担当]深見特許事務所 堀井 豊