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出願発明と先行発明における数値範囲の技術的意義の差と先行発明の否定的教示を考慮して、数値限定発明の進歩性を認定した韓国大法院判決の紹介

 韓国大法院は、(a)先行発明の全体的な記載を通じてその数値範囲を出願発明の第1の数値範囲に変更することが先行発明の技術的意義を喪失させるものであるとき、そのような変更は通常の技術者には容易に考えにくいこと、および(b)先行発明において出願発明の第2の数値範囲に対する否定的教示をしている場合、先行発明の数値範囲を出願発明の第2の数値範囲に変更することは困難であること、を判示しました(大法院2022.1.13.言渡し2019フ12094判決)。

1.事件の経緯
(1)特許庁の審査および特許審判院の拒絶決定不服審判において、出願発明の数値範囲は臨界的意義を認めるほどの理由や実施例の記載がなく単純反復実験を通して先行発明から設計変更できる程度に過ぎないという理由で進歩性が否定されました。
(2)出願人はこれを不服として審決取消訴訟を提起しましたが、特許法院でも進歩性が否定される判断がなされました。
(3)出願人は大法院に上告し、本件発明は進歩性が否定されないとの判断がなされました。

2.大法院の判断
・以下の(1)と(2)の過去の大法院の判決内容をもとに、以下の(a)と(b)の進歩性が否定されない理由を示しました。

<過去の大法院の判決>
(1)進歩性の判断において、出願発明の明細書に開示されている技術を知っていることを前提として、事後的に通常の技術者が容易に発明できると判断してはならない(大法院2009.11.12.言渡し2007フ3660判決、大法院2018.12.13.言渡し2016フ1840判決など参照)。
(2)先行文献を根拠にして進歩性が否定されるかを判断するためには、進歩性否定の根拠になり得る一部の記載だけでなく、その先行文献全体により通常の技術者が合理的に認識できる事項に基づいて比較・判断しなければならない(大法院2016.1.14.言渡し2013フ2873,2880判決参照)。

<進歩性が否定されない理由>
(a) 先行発明には溶融塩浴の望ましい粘度が「100ポアズ以下」と記載されているが、鋼帯表面に凝固皮膜を形成させることを前提とする発明と通常の技術者は認識できる。このため、例え「100ポアズ以下」の範囲内としても、凝固皮膜が形成されない程度となる本件請求項1の「0.003ポアズ~3ポアズ」の範囲(第1の数値範囲)まで粘度を低くすることは先行発明の技術的意義を喪失させるものであるため、通常の技術者は容易に考えにくい。
(b) 先行発明の記載には、「6.0%wを超過するLi2Oの添加」に対する否定的教示があるので、本件請求項1の発明を知らない場合、通常の技術者が当該否定的教示を無視して先行発明のLi2Oの組成比率を本件請求項1の「10%w≦Li2O≦45%w」(第2の数値範囲)に変更することは困難である。

3.コメント
・数値限定発明における先行発明の否定的教示の事例としては、弊所の以前の韓国報告(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/8255/)もあります。本事例では、先行文献の進歩性否定の根拠になり得る一部の記載だけで判断するのではなく、その先行文献全体により比較・判断しなければならないことを数値限定発明に当てはめた点が以前と異なる点と考えられます。
・先行発明の数値範囲が上限値もしくは下限値の一方しか示されていない場合でも、技術的意義から、他方の限度値を推定でき、出願発明の数値範囲と異なるとの主張ができる場合に参考になる事例とも考えられます。

[情報元]
 King & Chang IP Newsletter 2023 Issue 1 Japanese「大法院、出願発明と先行発明における数値範囲の技術的意義の差と先行発明の否定的教示を考慮して、数値限定発明の進歩性を認定」(2023.02.16)

[担当]深見特許事務所 栗山 祐忠