USPTO長官による職権レビュー
米国特許商標庁(USPTO)長官は、複数の関連する当事者系レビュー(IPR)手続きにおいて特許審判部によってなされた特許権者に不利な審決について、長官による職権レビュー(sua sponte Director review)を開始しました。そして長官は最終的に審決を無効にし、さらなる検討のために特許審判部への差戻しを命じました。
Apple Inc. (Petitioner) v. Zipit Wireless, Inc., (Patent Owner) IPR2021-01124; -01125; -01126; -01129 (Dec. 21, 2022) (Vidal, Dir.)
1.事件の経緯
(1)IPRの提起
Apple Inc.(以下、Apple社)は、Zipit Wireless Inc.(以下、Zipit社)の所有する2件の特許の各々に対して、3件のIPR請願書を提出しました。合計で6件のIPR(2021-01124, -01125, -01126, -01129, -01130, -01131)はすべて手続が開始され、同じ特許審判官の合議体に割り当てられました。
IPRの開始後、Zipit社は、6件のIPRのうち2件のIPR(2021-01130, -01131)についてのみ答弁書を提出しましたが、残りの4件のIPR(2021-01124, -01125, -01126, -01129)については答弁書を提出しませんでした。
(2)特許審判部の判断
特許審判部は、Zipit社が答弁書を提出した2件のIPRに関してヒアリングを開催しました。ヒアリングの終わりに、特許審判部はZipit社の弁護士に対して、答弁されなかった4件のIPRに関して、これらのIPRに対して最終的な書面による決定すなわち不利な審決が下された場合に、Zipit社は異議を唱えないつもりかを尋ねました。弁護士は、Zipit社が反論しなかったこれらのIPRに関して、特許性欠如の立証責任をApple社が果たしていると特許審判部が判断するのであれば、その通りである」と答えました。
このやり取りに基づいて、特許審判部は、これら4件のIPRについてZipit社が反論しなかったことは争うことを放棄したものとみなし、米国特許規則42.73(b)の「不利な判決の要求(request for adverse judgement)」がなされたものとして、請願人であるApple社の主張の是非についての実体的な判断は行わずにZipit社に不利な審決を下しました。
2.USPTO長官の職権レビュー
USPTO長官は、長官の職権レビュー(sua sponte Director review)を認める暫定プロセス(interim process)§§13, 22の下で、本件の審判記録の見直しを開始しました。長官は、そのような見直しが開始された場合には、手続の両当事者に対して通知がなされると述べました。長官による職権レビューの詳細については、USPTOのウェブサイトに説明されていますのでご参照ください(https://www.uspto.gov/patents/ptab/decisions/revised-interim-director-review-process)。
検討の結果、USPTOの長官は、特許審判部とは異なり、上記のヒアリングにおけるZipit社の弁護士の陳述を、「これらの手続きの争いの明確な放棄」とは見なしませんでした。IPRでは、請願人は、「証拠の優位性によって特許性の欠如の問題を立証する責任」と、「異議を申し立てる特許が特許性を欠く理由を始めから具体的に示す責任」とを負います(Harmonic Inc. v. Avid Tech., Inc., 815 F.3d 1356, 1363(Fed. Cir. 2016))。特許審判部によるヒアリング時のZipit社の陳述に関して、USPTO長官は、「Zipit社側が争わないということは、異議を申し立てるクレームが特許性を欠くことを証拠の優位性によって立証する責任をApple社が果たしたと特許審判部が判断することを条件としていた」と解釈しました。
したがって、USPTO長官は、この点について検討されていない特許審判部の審決を無効にし、Zipit社が実際に争うことを放棄したかどうかを明確にする命令または異議を申し立てられたクレームの特許性に対処する最終的な書面による審決のいずれかを発行するように、手続きを審判合議体に差し戻しました。
3.実務上の留意点
本件においては、特許審判部は、特許権者が答弁書を提出しなかったIPR事件に関して、別件のヒアリングの際に、特許権者が争うことを無条件に放棄するとは述べていなかったにも関わらず、答弁書を提出しなかったことからある種の欠席裁判とみなして、IPR請願者の主張の是非を実体的に検討することもせず特許権者に不利な審決を行いました。これに対して、今回のUSPTO長官による職権レビューでは、たとえ特許権者が答弁書提出などの防御策を取らなかった場合においても無条件に欠席裁判となる訳ではなく、IPR請願者は依然として、異議を申し立てたクレームが無効であることを立証する責任を負うことが明確にされたことで重要な意義を有すると考えられます。
[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | January 12, 2023 “Contingent Statement Doesn’t Unequivocally Abandon Defense of Challenged Claims”
② Apple Inc. (Petitioner) v. Zipit Wireless, Inc., (Patent Owner) IPR2021-01124; -01125; -01126; -01129 (Dec. 21, 2022) (Vidal, Dir.)(https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/IPR2021-01124_20221221_p14_20230104_.pdf)(USPTO長官の決定原文)
[担当]深見特許事務所 堀井 豊