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VLSI v. Intel CAFC判決紹介

 当事者系レビューにおける被請求人(特許権者)の禁反言の原則に基づくクレーム解釈の不当性を理由に、一部のクレームについて特許審判部によるクレーム解釈と自明性の認定を支持した、米国連邦巡回控訴裁判所判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、特許審判部(PTAB)における当事者系レビュー(IPR)手続におけるクレーム解釈についての2つの争点に対処し、そのうちの第1の争点については、IPR請求人の主張は禁反言の原則に反すると主張する被請求人のクレーム解釈の誤りを理由に、PTABのクレーム解釈および自明性の認定を支持し、第2の争点については、PTABのクレーム解釈および自明性の認定を覆し、差し戻しました。
VLSI Technology LLC v. Intel Corporation, Case Nos. 21-1826, -1827, -1828 (Fed. Cir. Nov. 15, 2022) (Chen, Bryson, Hughes, JJ.)

1.本件訴訟に至る経緯
 (1)訴訟対象の特許について
 VLSI Technology LLC(以下「VLSI社」)は、集積回路のボンドパッドに加えられる応力によって引き起こされる欠陥の問題を軽減するための技術に関する特許を所有しています。ボンドパッドは、相互接続された回路層の上に配置される集積回路の一部であり、チップをコンピューターやマザーボードなどの別の電子部品に取り付けるために使用されます。チップが別の電子部品に取り付けられると、チップのボンドパッドに力がかかり、相互接続層が損傷する可能性があります。この特許は、チップが別の電子部品に取り付けられているときに相互接続層が損傷する可能性を低減すると同時に、パッドの下にある各層が回路内で機能的に独立することを可能にする集積回路の構造の改善を開示しています。

 本件特許の代表的クレームは、「集積回路」の発明を記載した独立クレーム1および「集積回路の製造方法」の発明を記載した独立クレーム20です(本件特許クレーム1および20の原文および試訳、本件特許の図1~図3をご参照下さい)。
 (2)VLSI社による特許侵害訴訟の提起と、Intel社によるIPRの請求
 VLSI社は、Intel Corporation(以下「Intel社」)に対して特許の侵害を主張して、連邦地方裁判所(以下「地裁」)に訴訟を提起ました。特許クレーム1の解釈において、地裁は「力領域(force region)」の語句を、特許の明細書の記載を参照して、「ダイアタッチ(die attach)が実行されるときに相互接続構造に力が及ぼされる集積回路内の領域」を意味すると解釈しました。この侵害訴訟が提起された後、地裁によってクレーム解釈が行われる前に、Intel社は当該特許のIPRを請求し、その請願書の中で、地裁の審理でIntel社が後になって主張し地裁が最終的に採用することになったのと同じ「力領域」の解釈を主張しました。クレーム1の「力領域」の解釈が、本件訴訟における「第1の争点」となります。
(3)IPRにおけるVLSI社の主張、およびPTABの決定
 (a)第1の争点について
 VLSI社はIntel社の「力領域」に関するクレーム解釈に反論しませんでしたが、後に、解釈の一部を形成する「ダイアタッチ」の意味について、IPRでの両当事者の意見が一致していないことが明らかになりました。具体的には、Intel社は、「ダイアタッチ」という用語は、Intel社の請願書に含まれる先行技術文献(Oda引例)によって教示されたワイヤボンディングとして知られる方法を含む、チップを別の電子部品に取り付ける方法を指すと主張しました。Oda引例は、ワイヤボンディングを使用してチップを別のコンポーネントに取り付けることを開示していますが、フリップチッププロセスは開示していません。
 一方VLSI社は、「ダイアタッチ」は「フリップチップ」ボンディングとして知られる取り付け方法を指し、ワイヤボンディングは含まれていないと主張しました。
 PTABの最終書面では、「ダイアタッチ」という用語には触れていませんでしたが、PTABは「力領域」がフリップチップボンディングによって力が作用する領域に限定されない(すなわちワイヤボンディングにより力を受ける領域をも含む)ことを認めて、異議を申し立てられた特許クレーム1は、先行文献(Oda引例)により自明なものとして無効であるとの決定を下しました。
 (b)第2の争点について
 本件特許のクレーム20に関して、当事者は、「金属含有相互接続層」が「ボンドパッドに直接接続されていない電気的相互接続に使用される」との記載の解釈について意見が分かれました(第2の争点)。VLSI社は、この限定は能動回路への接続または電気を運ぶ能力が必要であると解釈すべきであると主張しました。Intel社は、このクレームは金属含有相互接続層が実際に電気を運ぶことを要求していないと主張しました。
 PTABは、この第2の争点についてもIntel社を支持し、主な先行文献であるKanaoka引例の図45が、一連の相互接続層を持ち、そのうちのいくつかは互いに接続されているダイを開示していることから、この先行文献は、「電気的相互接続に使用される」という限定を教示しているとして、特許クレーム20は特許性がないと判断しました。
(4)VLSI社によるCAFCへの控訴
 第1および第2の争点に関するPTABの上記決定に対して、VLSI社は、CAFCに控訴しました。VLSI社は控訴理由として、次の2点を主張しました。
 (i)第1の争点に関連して、PTABが地裁による「力領域」の解釈を十分に認識することなく、重要視しなかったことは不適切であること。
 (ii)第2の争点に関し、クレーム20の「電気的相互接続に使用される」という語句を、能動回路に接続されていない金属構造を含むと解釈したのは誤りであること。
 これらのVLSI社の主張に対するCAFCの判断は、以下のとおりです。

2.CAFCの判断
(1)第1の争点について
 (i)「力領域」の解釈
 CAFCは、地裁のクレーム解釈は、PTABでのブリーフィングと口頭審理で繰り返された議論の対象であったため、PTABは地裁の解釈を明確によく認識していたはずであると判断しました。さらに、CAFCは、PTABが地裁の解釈を否認したのではなく、むしろ地裁の解釈についての当事者の見掛け上の合意により、「力領域」の解釈に関して当事者間に根本的な意見の不一致があることが表に出なくなってしまったと認定しました。
 PTABは、地裁が「ダイアタッチ」プロセスに関連付けて「力領域」という用語を定義したものの、地裁は、特許で使用されている「ダイアタッチ」という用語にワイヤボンディングが含まれるのか、それともフリップチップボンディングに限定されるのかを決定しておらず、また決定を求められることもなかったと判断しました。したがって、CAFCは、PTABが、地裁では議論されていない問題点に対処し、地裁が到達した結論と矛盾しない結論に達したと判断しました。
 判決においてCAFCは、本件特許の明細書で使用されている「ダイアタッチ」という用語が「ワイヤボンディング」によるものを除外すべきかどうかをPTABが判断する必要がなかったことについて、次のように説明しました。
『過去のCAFCの判決で、クレームは「明細書中の好ましい実施形態または具体例に限定されるべきではない」と繰り返し述べられていることから、「ダイアタッチ」という用語が、本明細書の特定の部分においてフリップチップボンディングを意味するように明細書の一部で使用されたとしても、本発明がフリップチップボンディングに限定して解釈されるべきではない。』
 (ii)VLSI社の禁反言の原則に基づく主張
 VLSI社はさらに、最高裁判所およびCAFCの過去の判決を引用して、当事者が合意した解釈が実際にその用語の適切な解釈であるかどうかに関係なく、PTABは地方裁判所および当事者の合意されたクレーム解釈に拘束されると主張しました。(言い換えれば、VLSI社は、『地裁のクレーム解釈についてIntel社が反論しなかったことから、フリップチップによるものに限定することなく、「ダイアタッチ」に関連付けて「力領域」を定義した地裁のクレーム解釈にIntel社が合意したものとみなして、PTABでの「ダイアタッチ」に関するIntel社の主張、すなわち「ダイアタッチはフリップチップボンディングのみではなく、ワイヤボンディングによるものも含む」との主張は、禁反言の原則に反する』ということを主張したものと言えます。)
 このVLSI社の主張に対してCAFCは、過去の判決に基づくVLSI社の解釈を却下し、VLSI社が引用した判決のそれぞれが実際には、IPRの請願書の記載がIPR手続きの範囲を規定し、PTABは、当事者によって提出され、相手方当事者が応答する機会を与えられた論点に基づいて決定を下さなければならないという考え方を示していると指摘しました。またCAFCは、VLSI社によって引用された判決はいずれも、PTABが独自の分析に従ってクレームを解釈することを禁止しておらず、争いのあるクレーム用語の独自の解釈を採用することができると断言しました。具体的には、本件に関してCAFCは、「ダイアタッチ」という用語の意味に関して当事者の理解が互いに非常に異なることに注目し、クレーム解釈に関して実際には当事者間に合意がないことは、PTABでの審理内容の記録から明らかであると指摘しました。そしてCAFCは、そのような状況では、当事者間に争いのあるクレーム用語についてPTABが独自の解釈を採用したことは、適切であったと結論付けています。
 その結果CAFCは、PTABによる「力領域」の解釈を受け入れて、Oda引例に基づいて特許性を否定したPTABの決定を支持しました。
 なお、この決定に関連してCAFCは、判決の中で「注釈2」として、CAFCは次の点に言及しています。
『[注釈2]VLSI社は、PTABによる「力領域」の解釈に対して適法な手続きにより異議を申し立てること明示的に放棄したことに注目すべきである。特に、VLSI社は、PTABによるその用語の解釈についての通知がなかったこと、またはその解釈に異議を唱える機会がなかったことを示唆していない。』
 この注釈によりCAFCは、『Intel社が禁反言の原則と意図的な放棄によって地裁のクレーム解釈に拘束されるというVLSI社の主張が妥当であるとすれば、VLSI社がPTABの「力領域」の解釈に反論する機会があったにもかかわらず、反論しなかったことも、意図的な放棄に該当し、PTABの解釈に反対の立場を取ることが許されないことになって、不合理である』ということを、VLSI社の行為を逆手にとって示したものと思われます。
(2)第2の争点について
 クレーム20の「ボンドパッドに直接接続されていない電気的相互接続に使用される」という記述に関してCAFCは、PTABの解釈が広すぎると判断し、VLSI社が提示した解釈を支持して、PTABの決定を覆し、差し戻しました。
 クレーム20に関して、VLSI社は、PTABが「ボンドパッドに直接接続されていない電気的相互接続に使用される」という記述を解釈する際に誤りを犯したと主張しました。
 上記のように、PTABは、この記述は「互いに電気的に接続されているが、ボンドパッドや他のいかなる能動回路にも電気的に接続されていない」相互接続層を含むと判断していました。それに対してVLSI社は、『Kanaoka引例の金属層は、ビアによって互いにのみ接続され、電気を流さず、他のいかなる部品にも電気的に接続されていないため、この先行文献は、VLSI社による解釈の下では、クレーム20の「電気的相互接続に使用される」という限定を開示していない』と主張しました。
 この主張に対してCAFCは、クレーム20の以下の2つの側面を指摘して、「ボンドパッドに直接接続されていない電気相互接続に使用される」という記述についてのPTABの解釈が広すぎるというVLSI社の主張に同意しました。
 第一に、クレームにおける「使用されている」という言葉の使用は、電気を流すために金属相互接続層の何らかの実際の使用が必要であることを意味すること。
 第二に、クレーム20の他の箇所の「ダミー金属線」の記述は、主張された「金属含有相互接続層」が電気を流すことができることを意味しており、そのように解釈しなければ、ダミー金属線と相互接続層の残りの部分が区別されなくなること。
 またCAFCは、本件特許の審査の経緯と審査段階に行なわれた補正がこの結論をさらに裏付けるものであることを指摘しました。
 さらにCAFCは、「ボンドパッドに直接接続されることなく電気的相互接続に使用された結果として」という記述は、何らかの目的を果たすことを意図していることから、過去のCAFCの判決(Merck & Co. v. Teva Pharms USA, Inc., 2005)を引用して、何らかの独立した意味を持つと解釈されるべきであると指摘しました。
 そのような判断に基づいてCAFCは、第2の争点に関し、「電気相互接続に使用される」という限定についてのCAFCによる新たな解釈に照らしてIntel社の自明性の主張を改めて評価することを求めて、クレーム20の特許性を決定をPTABに差し戻しました。

3.実務上の留意点
(1)本件判決の第1の争点についての判旨から、PTABは、IPRの決定前に地裁の訴訟で決定したクレーム解釈によって拘束されるものではなく、PTABは、独自の分析に従ってクレームを解釈し、争いのあるクレームの用語の独自の解釈を採用することができることが読み取れます。
(2)第1の争点に関してVLSI社が主張した禁反言の原則の適用が認められなかったことは、相手方の特定の解釈に単に異議を唱えなかったことのみでは、適用の根拠とはならず、クレームに記載の用語の意味に関する当事者間の積極的な合意があった場合にのみ、禁反言の原則適用の対象となる可能性があることを示唆しています。
(3)本件判決の第2の争点についての判旨から、クレーム内の「使用されている」というような操作上の機能の記述は、クレーム解釈において無視されるべきではないこと、また、クレームの文言は全体として解釈されるべきであり、解釈に際してクレームの他の側面(本件の場合は「ダミーの金属線」)を考慮することが必要な場合があることが読み取れます。

[情報元]
1.McDermott Will & Emery IP Update | November 29, 2022 “Construing the Construction: Federal Circuit Chips Away at IPR Win” (By Thomas DaMario on November 29, 2022)
              https://www.ipupdate.com/2022/11/construing-the-construction-federal-circuit-chips-away-at-ipr-win/
2.WHDA, LLP “CAFC SPLITS THE DIFFERENCE BETWEEN VLSI AND INTEL ON CLAIM CONSTRUCTIONHTML” (December 28, 2022)
              http://cafc.whda.com/2022/12/cafc-splits-the-difference-between-vlsi-and-intel-on-claim-construction/
3.VLSI Technology LLC v. Intel Corporation, Case Nos. 21-1826, -1827, -1828 (Fed. Cir. Nov. 15, 2022) (Chen, Bryson, Hughes, JJ.) 判決原文
              http://cafc.whda.com/wp-content/uploads/2022/12/21-1826.OPINION.11-15-2022_2033485.pdf

[担当]深見特許事務所 野田 久登