地裁のクレーム解釈が誤っているかどうかについて 判事の意見が真っ向から対立したCAFC判決
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、地方裁判所が、主張されたクレームを二重燃料システムを必要とするものとして不適切に限定解釈したと認定し、地方裁判所の非侵害の判決を破棄して地裁に差戻しました(反対意見あり)。
Ethanol Boosting Sys., LLC, Massachusetts Institute of Technology v. Ford Motor Co., Case No. 21-1949 (Fed. Cir. July 18, 2022) (Moore, Hughes, JJ.) (Newman, J., 反対意見)
1.事件の経緯
マサチューセッツ工科大学(特許権者)およびその独占的ライセンシーであるエタノール・ブースティング・システムズ社(以下、両者を集合的にEBS社と称する)は、直接噴射の燃料供給システムおよびポート燃料噴射の燃料供給システムを含む、スパーク点火エンジンのための燃料管理システムに関する3件の米国特許(第9,708,965号、第10,619,580号、第10,781,760号:以下、集合的に本件特許と称する)を侵害しているとして、Ford社をデラウェア州連邦地方裁判所に訴えました。
2.本件特許の説明
本件特許発明の内容について代表的な第10,619,580号特許(以下、580号特許)に基づいて説明します。
(1)明細書・要約書の記載
本件特許は、580号特許の明細書および要約書の記載によりますと、スパーク点火ガソリンエンジンの強化された動作のための燃料管理システムを開示しています(580号特許の要約書)。燃料管理システムは、アンチノック剤を燃焼シリンダ内に直接噴射することによってエンジンのノッキングを制御します(580号特許の明細書第1欄の第61行~第65行)。
1つの実施形態では、このシステムは、(1)アンチノック剤および燃料の混合物を直接噴射する直接噴射システム、および(2)燃料の一部をポート噴射するポート噴射システムを含んでいます。燃料はガソリンであり、アンチノック剤は好ましくはそれ自体燃料でもあるエタノールです(同第2欄の第8行~第12行)。すなわち、直接噴射システムは、エタノールおよびガソリンの混合物を直接噴射し、ポート噴射システムは、ガソリンをポート噴射します。
ここで、本件訴訟の結果を左右する非常に重要な点ですが、明細書中において、「燃焼の安定性を維持しながらも可能な最も高いオクタン価の増強を得るために、燃料の100%がエタノールからなり、その一部分がポート噴射されることが、ガソリンがポート噴射されることの代替として、有益でありえる。」ということが記載されております(580号特許の明細書の第3欄第34行~第38行)。
(2)クレームの記載
580号特許のクレーム1の冒頭部分は、以下のように規定しています。
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「1.スパーク点火エンジンのための燃料管理システムであって、前記燃料管理システムは、
直接噴射を使用する第1の燃料供給システムと、
ポート燃料噴射を使用する第2の燃料供給システムと
前記スパーク点火エンジンからの排出物を低減するように構成された三元触媒とを備え、
前記燃料管理システムは、・・・・・・・・・・・・・である、燃料管理システム。」
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クレーム1には、第1および第2の燃料供給システムの動作のタイミングとトルクレンジとの関係が規定されているものの供給される燃料の種類についての言及はありません。
3.第一審の地裁の判断
地裁でのクレーム解釈の手続中に、Ford社は、EBS社の本件特許では、第1の燃料供給システム(直噴燃料システム)には、「第2の燃料供給システム(ポート噴射システム)においてポート噴射に使用される燃料とは異なる・・・アンチノック剤を含む燃料が必要である」として、本件特許の燃料管理システムが二重燃料システムに限定されると主張し、これによってFord社は非侵害であるとの主張を行いました。一方、原告のEBS社は、直接噴射システムに用いられる燃料について解釈の必要はないと主張しました。
地裁は、特許の発明の名称、図面、および発明の背景部分の説明に依拠して、Ford社の解釈に同意しました。すなわち、発明の名称は、「ガソリンエンジンの直接噴射エタノール増強のための最適化された燃料管理システム」とあります。このことから、直接噴射燃料にはアンチノック剤としてエタノールが含まれることが示されています。また、背景技術の説明の部分や図面は単一燃料エンジンを用いることを示してはおりません。明細書は、本件発明がエタノールなどの非ガソリン燃料をガソリンエンジンに直接噴射するものであると繰り返し言及しています。
地裁は、明細書(上述の第3欄第34行~第38行)が100%エタノールの実施形態に唯一言及していることを認めましたが、この開示は単一燃料のエンジンを教示するものではなく、その言及は二重燃料のエンジンに関する文脈にあるもので単一燃料のエンジンの開示とはかけ離れたものであると認定しました。
このように地裁は、本件発明を二重燃料システムに限定解釈し、Ford社は非侵害との結論になりましたが、これに対してEBS社はCAFCに控訴しました。
4.CAFCの判断
CAFCは、クレームの解釈を新規に検討した結果、主張されたクレームの文言には、直接噴射システムとポート噴射システムとで異なる燃料を使用することを要求するものは何もないことを認定しました。CAFCはまた、「燃焼の安定性を維持しながらも可能な最も高いオクタン価の増強を得るために、燃料の100%がエタノールからなり、その一部分がポート噴射されることが、ガソリンがポート噴射されることの代替として、有益でありえる。」という1つの実施形態に依拠して、明細書は、直接噴射システムとポート噴射システムとで異なる燃料を使用するという要件を課していない、と認定しました。
CAFCは、2つの燃料の使用を要求する複数の記述は、全ての(すなわち上述の100%エタノールの実施形態を含む)実施形態を説明するものではないので、これらの記述は発明を全体として説明するものではないと認定し、2つの燃料を要求するこれらの記述に対するFord社の引用を却下しました。
Ford社はまた、主張された特許のファミリーメンバーが二重燃料を要求すると解釈された、以前のCAFC判決を引用しました。CAFCはこれに同意せず、これらの特許は100%エタノールの実施形態を開示していない異なる明細書を有している、と結論付けました。
CAFCは最終的に、主張された特許と同じ明細書を有する別の特許ファミリーメンバーの出願審査経過に目を向けました。その出願の審査経過において、特許権者は、先行技術文献が単一の燃料タイプのみを使用したという理由で先行技術文献を区別しました。CAFCは、その審査経過でなされた陳述はクレームの文言を反映していないという理由で、その陳述から二重燃料システムの限定を取り入れることを拒否しました。CAFCは、地裁が、クレームが二重燃料システムを必要とするものと解釈したことは、クレームの解釈を誤ったものであると結論付け、さらなる審理手続きのために本件を地裁に差戻しました。
5.Newman判事の反対意見
Newman判事は、パネルの多数意見は、確立されたクレーム解釈法であると彼女が見なしているものから逸脱したものであるとして非難する、痛烈な反対意見を発表しました。彼女は、100%エタノールの例は、文脈で考慮すると、「この二重燃料エンジンが、使用されるエタノールとガソリンとの相対量をどのように調整できるかを単に議論し、特定の条件下でエタノールの使用が100%にまでなるかもしれないという事実を考慮しているだけである」という点で、地裁に同意しました。
Newman判事はまた、100%エタノールの例は、クレームされた二重燃料システムの利点を実証するために含まれた比較データにすぎないというFord社の説得力のある説明に注目しました。Newman判事は、CAFCがクレームの文言と範囲を解釈し限定する際に特許の発明の名称を参照した他の複数の事件を引用して、多数意見が特許の発明の名称の文言を「無視」したことに異議を唱えました。
最後に、Newman判事は、同一明細書の特許ファミリーメンバーである親出願の審査経過から、特許権者が二重燃料システムを、単一燃料システムを使用する先行技術とは異なるものとみなしていたことを認定し、単一燃料システムを含むようにクレームを解釈することは、明細書と審査経過を無視するものであると結論付けました。
6.実務上の留意点
上記のように、明細書や審査経過などいわゆる内部証拠を参酌したクレーム解釈においてもCAFCの裁判官の間で判断の基準が大きく異なる場合があるようです。広い文言のクレームの解釈は裁判官によってどのような結果になるのか予測しがたい面があるため、出願書類の準備段階で、将来の権利行使を予測して予め十分な数の実施形態や変形例を準備して含めておくことが重要です。
[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | August 4, 2022 “Claim Construction Error Fuels Remand”
② Ethanol Boosting Sys., LLC, Massachusetts Institute of Technology v. Ford Motor Co., Case No. 21-1949 (Fed. Cir. July 18, 2022) (Moore, Hughes, JJ.) (Newman, J., 反対意見) CAFC判決原文
[担当]深見特許事務所 堀井 豊