特許法101条(特許適格性)に関連する米国特許商標庁の取組み紹介
米国特許商標庁(USPTO)は2022年8月9日、適格な特許主題とは何かを明らかにするため、「35U.S.C.§101に規定する主題の適格性に関するガイダンスおよびポリシー」と題した公開プレゼンテーションを行ないました。
1.背景
弊所ホームページの「国・地域別IP情報(米国)」における2022年8月15日付配信記事「米国最高裁が特許の主題適格性と自然法則に関するCAFC判決の裁量上告を却下」(URL: https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/8387/)の「VI. 実務上の留意点」でも述べましたように、連邦巡回控訴裁判所(CAFC)の多数意見に対する司法省の反対意見、判事の反対意見に表れているようなCAFC内部での見解の相違、最近の米国特許商標庁の報告書で紹介された見解の多様性等に見られる通り、2012年のMayo最高裁判決および2014年のAlice最高裁判決以降、米国特許法101条の特許適格性を巡る状況は混沌としています。当該配信記事で紹介した上告審において、特許法101条の特許適格性の判断基準についての最高裁の見解が何ら示されることなく裁量上告が却下されたことにより、特許法101条の適用基準の不明確さが解消されていません。このような混沌とした状況を解消するため、最高裁の判断を待つことなく、議会による立法や米国特許商標庁(USPTO)によるガイダンスの策定により、特許適格性の法理の明確化が図られることが期待されていました。
2.USPTOによるプレゼンテーションの内容
(1)概要
このような状況下、USPTOは2022年8月9日、適格な主題とは何かを明らかにし、可能な限り35U.S.C.§101に基づく特許出願の拒絶をなくすことを目的として、§101に規定する主題の適格性に関するUSPTOのガイダンスおよびポリシーを説明する公開プレゼンテーションを行ないました。詳細は、下記「情報元2」(USPTO作成のプレゼンテーション用資料)をご参照下さい。
主題の適格性は、最高裁判所の主な判例(Bilski (2010); Mayo (2012); Myriad (2013); Alice (2014)等)の判旨に従って決定する必要があることを踏まえて、USPTOは、主題適格性分析の2段階(two steps)のフローチャート(添付の「フローチャート1」参照)について詳細に説明するとともに、主題の不適格なクレームを適格な主題を包含するように作成し直す方法を示すいくつかのバイオテクノロジーの例を提示しました。
なお、§101に規定する主題の適格性、および、フローチャートの分析手法の元になるAlice/Mayoの2パートテストについては、弊所ホームページの「国・地域別IP情報(米国)」における2021年11月2日付配信記事「コンテンツベースの識別子特許の特許適格性に関する米国CAFC判決」(URL: https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/7327/)の「1.背景」の項目(1)および(2)で説明しています。その説明において、”step”の訳として「ステップ」の語を用いておりましたが、2020年6月改定の特許審査便覧(MPEP)§2106の公式日本語訳文(下記「情報元3」)に準拠し、以下「段階」の語を用いて説明します。
(2)主題の適格性分析のフローチャートの説明
USPTOは、2019年1月に公表した「特許法第101条(特許適格性)審査ガイダンス」において、主題適格性分析のフローチャートの段階2Aを2つの分岐(prong)に分けるように改定するとともに、2019年10月に公表された改定審査ガイダンスにおいて、改定された段階2Aの2つの分岐を含む分析による新たな4つの事例(事例43~46)を追加しました。改定されたフローチャートは、2020年6月改定のMPEP§2106(下記「情報元3」の公式日本語訳文をご参照下さい)において反映されています。
今回のプレゼンテーションにおいてUSPTOは、特許審査便覧(MPEP)の§2106に規定する、主題適格性分析の2段階のフローチャートの説明において、段階2Aの2つの分岐(prong)の違いを強調しました(添付の「フローチャート2」参照)。「分岐1」では、クレームが適格性に対する判例法上の除外事項(judicial exception:自然法則、自然現象、抽象的アイデア)を述べているかどうかを評価します。
クレームに判例法上の除外事項が記載されていない場合、それらは適格な主題とみなされます。クレームが判例法上の除外事項を述べている場合、分析は段階2Aの「分岐2」に進みます。「分岐2」では、クレームが判例法上の除外事項を実際的適用(practical application)に組み込む(integrate)付加的要素を述べているかどうかを評価します。
クレームが判例法上の除外事項を実際的適用に組み込む付加的要素を記載している場合、それらは主題としての適格性があります。クレームがそのような付加的要素を含まない場合、分析は段階2Bに進み、クレームが判例法上の除外事項よりも著しく上回る(significantly more)特徴を有する付加的要素を述べているかどうかを判断します。すなわち、判例法上の除外事項を伴うクレームに、当該分野において周知で,日常的,かつ,慣例的な活動以外の特定の限定が詳述されている場合には「著しく上回る」ものとして主題適格と判断されます(MPEP2106.05(d) の公式日本語訳文(下記「情報元3」)参照)。
USPTOは、段階2Aの分岐2の下では、上述の段階2Bの判断手法とは異なり、付加的な要素が、「周知で(well understood)、日常的(routine)、かつ、慣例的な活動(conventional activity)である」(MPEP2106.05(d)の公式日本語訳文(下記「情報元3」)参照)場合であっても主題適格性を有すると判断される可能性があることに注目しました。例えば、疾患または病状の特定の治療または予防に作用する(affect)ように従来の手順が使用された場合、または従来の材料が従来とは異なる用途で使用された場合、クレームは主題適格となります。言い換えれば、付加的な要素が、「周知で、日常的、かつ、慣例的な活動である」場合以外のかなりの部分において、段階2Aの分岐2と段階2Bとの間に重複があります。この重複については、添付の「段階2A分岐2と段階2Bとの対比説明用参考図」(下記「情報元2」の14コマ目のスライドのコピー)において、MPEPの該当項目番号を挙げて説明されています。
前述のように、USPTOは、主題の不適格なクレームを主題の適格なクレームに変換するための技法を強調しました。これらの技法には、天然に存在する組成物が有していない特性を記載すること、クレームされた組成物が天然に存在する組成物には見られない特性を有することを示すこと、従来とは異なる用途で従来の材料または従来の方法を使用すること、および特有の処理(particular treatment)を特定する(specify)ことが含まれます。
(3)具体事例の追加
上述のように、2019年10月に公表された改定審査ガイダンスにおいて、改定された段階2Aの2つの分岐を含む分析による新たな4つの事例(事例43~46)が追加されました。追加された事例のうち、「事例44の日本語試訳」を添付します。
3.主題の適格性に関する、その他のUSPTO等の取組み
(1)USPTOは2022年7月25日、MPEP§2106改訂版に関するpublic commentを、9月15日までの予定で募集していましたが、9月1日付の官報で10月15日まで期間を延長しました。特許主題の適格性に基づく拒絶理由は減少傾向にあり、審査の一貫性は向上してきたものの、さらなる改善を図ることが望まれるため、延長したとのことです。
(2)Thom Tillis上院議員(ノースカロライナ州選出、共和党)は8月2日、特許適格性(特許法第101条)に関する法案である”Patent Eligibility Restoration Act1″を連邦議会上院に上程しました。この法案は、適格性を有するものについてカテゴリーを整理し、適格性を有しないものを特定して列挙することで、多分野における重要な発明について適格性を回復することを目指すものであるとのことです。法案のより具体的な内容については、下記「情報元1.(4)」、「情報元4.(4)」をご参照下さい。
4.101条の主題適格性に関する最近のCAFC判決
上記2022.8.15配信の裁量上告却下判決の他に、主題適格性に関し、2022年の7月から8月にかけて、CAFCにより下記の判決が出されています
(1)弊所ホームページの「国・地域別IP情報(米国)」において2022年9月22日付で配信した、「臓器移植診断方法の特許適格性を否定した地裁判決を支持したCAFC判決紹介」(URL: https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/8735/)で紹介した判決(2022.7.18言渡し)において、CAFCは、少なくとも慣用的であるかどうかの調査の観点から、上記「段階2Aの分岐2」と「段階2B」にそれぞれ対応するMayo/Aliceのステップ1とステップ2との間に重複があり得ると指摘しました。
(2)2022.8.10言渡しの判決(In re McDonald, Case No. 21-1697)においてCAFCは、USPTOの特許審判部(PTAB)の決定を支持し、「出願中に放棄された主題の特許再取得を禁止する規則は、特許適格性(§101)の拒絶を克服するために放棄された主題にも適用される」と初めて判断しました。詳細は、下記「情報元1.(2)」をご参照下さい。
(3)2022.8.23言渡しの判決(In Re Killian, Case No.21-2113)においてCAFCは、Killian氏の特許出願のクレームが「社会保障障害保険の給付を受ける資格があるかどうかを決定する」という抽象的なアイデアに向けられているとする、35U.S.C.§101に基づく審査官およびPTABの拒絶を支持する判決を下しました。判決においてCAFCは、クレームに記載の付加的要素である「決定」および「選択」という限定は、単に一般的なコンピュータ機能の一般的な記載に過ぎず、残りのステップは単にデータ収集またはデータ出力に向けられていることから、判例法上の除外事項を実際的適用に組み込まず(段階2Aの分岐2で”No.”)、抽象的なアイデアを大幅に超える付加的要素(発明概念)も欠いている(段階2BでNo.)という、PTABの判断を支持しました。この判決の詳細は、下記「情報元1.(3)」をご参照下さい。
[情報元]
1.McDermott Will & Emery: IP UPDATEより
(1) “PTO Presentation Seeks to Clarify Subject Matter Eligibility Requirements” (By Bernard P. Codd on August 18, 2022)
https://www.ipupdate.com/2022/08/pto-presentation-seeks-to-clarify-subject-matter-eligibility-requirements/
(2) “Recapture Rule Applies to Subject Matter Surrendered to Overcome §101 Rejection” (By Colin J. Stalter on August 18, 2022)
https://www.ipupdate.com/2022/08/recapture-rule-applies-to-subject-matter-surrendered-to-overcome-%C2%A7-101-rejection/
(3) “PTO Can and Should Use Alice/Mayo Framework to Assess Eligibility” (By Mike Baldwin on September 1, 2022)
https://www.ipupdate.com/2022/09/pto-can-and-should-use-alice-mayo-framework-to-assess-eligibility/
(4) “New Patent Eligibility Bill May Impact What Subject Matter Is Patentable” (By Brian J. Malkin on August 18, 2022)
https://www.ipupdate.com/2022/08/new-patent-eligibility-bill-may-impact-what-subject-matter-is-patentable/
2.”Subject Matter Eligibility Under 35U.S.C.§101:USPTO Guidance and Policy” (Aug. 9, 2022) USPTO作成のプレゼンテーション用資料
(https://www.uspto.gov/sites/default/files/documents/2022_08_09_TXRO_101_SME_in_Medical_Area.pdf)
3.米国特許審査便覧(MPEP)第2100章 特許性 第10版,R-10.2019,(2020年6月25日施行)の公式日本語訳文
(https://www.jpo.go.jp/system/laws/gaikoku/document/mokuji/usa-shinsa_binran2100.pdf)
4.JETRO NY 知的財産部の特許適格性関連記事より
(1)「USPTO、特許適格性に関する審査便覧への意見を募集」(2022.7.27)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2022/20220727.pdf
(2)「USPTO、特許適格性に関する審査便覧への意見募集の期間を延長」(2022.9.1)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2022/20220901.pdf
(3)「USPTO 特許法第101条(特許適格性)審査ガイダンスの改訂版を公表(2019.10.18)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2019/20191018.pdf
(4)「Tillis 議員が特許適格性に関する法案を上程」(2022.8.5)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Ipnews/us/2022/20220805.pdf
[担当]深見特許事務所 野田 久登
添付書面:
(1) フローチャート1:MPEP公式日本語訳文(上記「情報元3」)第32頁に掲載の「物及び方法の主題適格性テスト」全体のフローチャート
(2) フローチャート2:MPEP公式日本語訳文(上記「情報元3」)第41頁に掲載の、「段階2A」の「分岐1」、「分岐2」を説明するための詳細フローチャート
(3) 段階2Aの分岐2と段階2Bとの対比説明用参考図:上記「情報元2」の14コマ目のスライドのコピー
(4) 事例44の日本語試訳