国・地域別IP情報

UPC協定発効に向けた準備状況について

 弊所ホームページの「国・地域別IP情報(欧州)」の2022年3月28日付配信「UPCA発効に向けた最新状況」において報告いたしましたように、2022年1月19日に欧州統一特許裁判所(Unified Patent Court: UPC)の開始準備のための暫定適用期間がスタートし、UPC準備委員会(the Administrative Committee)は、UPC協定が発効したときから直ちにUPCが完全に機能することが出来るように準備作業を開始しました。
 UPC開始に向けた準備作業の最新状況について2022年7月14日にUPC当局から発表がありましたので、以下に報告いたします。

1.UPC準備委員会の活動
 UPC準備委員会は、2022年7月8日にルクセンブルグにおいて第2回会合を開催し、全締約国およびオブザーバが出席いたしました。これによってUPCのスタートに向けて大きな進展がもたらされました。とりわけ、UPCの手続規則と料金表を採択したことは重要な意義を有します。
 以下にこの会合での決定事項のうちで重要な点について概要を説明いたします。なお、決定事項は広範であり、その詳細については、UPC準備委員会のホームページで公開されていますので以下のURLをご参照ください。
(https://www.unified-patent-court.org/content/official-documents-2nd-meeting-upc-administrative-committee-8-july-2022)
(1)地方部および地域部の配置について
 UPCの一審の地方部および地域部の配置について、準備委員会は以下のように確認しました。
 ①地方部:オーストリア(ウィーン)、ベルギー(ブリュッセル)、デンマーク(コペンハーゲン)、フィンランド(ヘルシンキ)、フランス(パリ)、ドイツ(デュッセルドルフ、ハンブルグ、マンハイム、ミュンヘン)、イタリア(ミラノ)、オランダ(ハーグ)、スロベニア(リュブリャナ)、ポルトガル(リスボン)
 ②地域部:北欧-バルト(主としてスウェーデン(ストックホルム))
(2)UPCの手続規則および料金表について
 UPCの裁判所としての枠組みに関する重大な進展として、UPCの手続規則および料金表が採択され、UPCの機能が効率的に発揮されることが保証されました。これらの規定は2022年9月1日付けで既に発効しました。詳細については以下のURLをご参照ください。
 ①裁判の手続規則について
(https://www.unified-patent-court.org/sites/default/files/rop_en_25_july_2022_final_consolidated_published_on_website_0.pdf)
 ②裁判の料金表について
(https://www.unified-patent-court.org/sites/default/files/ac_05_08072022_table_of_court_fees_en_final_for_publication.pdf)
(3)UPCの判事候補者の推薦リストについて
 UPCの諮問委員会(the Advisory Committee)は、UPC協定第14条の規定に基づき、UPCの判事(法律的に資格を有する判事および技術的に資格を有する判事)として指名されるべき最適な候補者の推薦リストを準備委員会に提出しました。UPC協定第15条(1)の規定によりますと、判事は最高水準の能力が保証され、特許訴訟の分野での証明された経験を有していなければなりません。これらの判事はUPCがEU内のUPC協定締約国にとって「普通の裁判所」になるというUPCの成功のためには、キーとなる重要なポイントです。

2.UPC協定発効に向けた今後のスケジュールについて
 上記の準備委員会の会合に続いて、UPC協定は2023年の早い時期に発効しUPCがスタートするものと準備委員会は予想しています。UPCの発効に向けた準備プロセスに目途が立つとドイツがUPC協定の正式批准書をEU本部に正式に寄託し、その月の4ヶ月後の月の初日にUPC協定は発効します。たとえば今年の11月中にドイツが批准書を寄託するものと仮定すると、UPC協定は4ヶ月後にあたる来年3月の最初の日、すなわち3月1日に発効することになります(あくまでも可能性であって状況によって前後します)。

3.現段階で検討すべき事項について
(1)サンライズ期間中のオプトアウトについて
 ドイツが批准書を寄託してからUPC協定が発効するまでの約4ヶ月は「サンライズ期間」であり、この期間に入ると、従来型の欧州特許/欧州特許出願の特許権者/特許出願人は、その欧州特許/欧州特許出願をUPCの裁判管轄から除外するオプトアウト(opt-out)の手続を取ることが可能になります(単一効特許を選択するものを除く)。オプトアウトの詳細については、弊所ホームページの「国・地域別IP情報(欧州)」の2022年3月28日付配信「UPCA発効に向けた最新状況」の「3.オプトアウトについて」をご参照ください。
 サンライズ期間内にオプトアウトすることによって第三者がUPCに対して取消訴訟などの行動を起こす前にUPCの裁判管轄から安全に外れることができますので、UPCでの訴訟を望まない欧州特許権者/出願人は、サンライズ期間内にオプトアウトの申請をUPCに対して適時に行うことが推奨されます。現在のところ、サンライズ期間は今年の年内に開始する可能性が高いと思われますので、オプトアウトに関心のある欧州特許権者/出願人は早急に代理人と相談される必要があります。
(2)単一効特許の選択について
 UPC協定の発効と同時に欧州単一効特許制度もスタートし、欧州特許出願について単一効特許を選択することが可能になります。単一効特許を選択するためには、対象となる欧州特許出願がUPC協定の発効後に特許付与されることが必要です。単一効特許を希望する出願人は、特許付与の日から1ヶ月以内に欧州特許庁(EPO)に対して申請の手続をしなければなりません。
 現在係属中の欧州特許出願がUPC協定の発効前に特許付与されてしまうともはや単一効特許を選択できなくなることに十分留意すべきです。仮に2023年3月1日にUPC協定が発効すると想定したとき、典型的には以下のような場合が考えられます。
 ケース1
 EPC規則71(3)の通知を2022年9月1日に受領した場合、応答期間(4ヶ月+10日)の最終日である2023年1月11日に承認の応答をしたとしても、場合によってはUPC発効日である3月1日よりも前の2月の下旬には特許付与となってしまい、単一効特許を申請することはできなくなってしまいます。
 このような場合には、EPC規則71(3)への応答時にEPOに対し特許付与の遅延申請を行います。そうすれば、特許付与の日は2023年の3月上旬まで遅らされ、その日から1ヶ月以内に単一効特許の申請手続が可能になります。
 ケース2
 EPC規則71(3)の通知を2022年11月1日に受領した場合、応答期間の最終日は2023年3月11日となります。この時点でUPC協定はすでに発効していますが、仮に応答期限の最終日まで待って承認の応答をした場合、特許付与の日は4月の中旬から下旬となり、特許付与の遅延申請をしなくても単一効特許の申請手続を行うことが可能です。
 UPC協定発効のタイミングを注視しながら、単一効特許の申請を行うべきか、特許付与の遅延申請を行うべきか、について検討する必要があります。

[情報元]
① UPCのWebsiteのニュース(2022年7月14日)
“The Administrative Committee takes significant steps towards the setting up of the Unified Patent Court”
(https://www.unified-patent-court.org/news/administrative-committee-takes-significant-steps-towards-setting-unified-patent-court)
② D Young & Co Patent Newsletter No.90 August 2022の記事
“Unified Patent Court Doors expected to open in early 2023!”
③ TBK August 2022 Snapshotの記事
“Special edition on opt-out and request for unitary effect”
④ JETROデュッセルドルフ事務所の報告書(2022年7月18日)
「統一特許裁判所(UPC)準備委員会、UPC開始に向けた準備の進捗状況を公表」

[担当]深見特許事務所 堀井 豊