人工知能(AI)ソフトウェアシステムを特許出願の発明者として記載することはできないとしたCAFC判決紹介
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、米国特許法は「発明者」が自然人であることを要求しているので、人工知能(AI)ソフトウェアシステムを特許出願の発明者として記載することはできない、と判断しました。
Thaler v. Vidal, Case No. 21-2347 (Fed. Cir. Aug. 5, 2022) (Moore, Taranto, Stark, JJ.)
1.事件の背景
弊所ホームページの「国・地域別IP情報(米国)」における2022年5月10日付配信記事「AIが作成したアートの著作権保護」において報告いたしましたように、米国著作権局の審査委員会(Review Board)は、著作権が生じるためには著作物が人間によって創作されなければならないとし、コンピュータで作成された風景画像の著作権登録を拒絶しました。
上記のAIによる著作物の著作権登録申請者であるStephen Thaler氏は、特許可能な発明を生成するAIシステムを開発し実施しています。これは、彼が“Device for the Autonomous Bootstrapping of Unified Science”(DABUS)と呼んでいるシステムを含みます。Thaler氏は世界の10ヶ国以上でDABUSのみを発明者とする特許出願を行っています。
そのうちの米国出願についてCAFCは、上記の米国著作権局審査委員会の決定に引き続いて、特許の分野においても人工知能(AI)ソフトウェアシステムを特許出願の発明者として記載することはできないと判断しましたので以下に紹介いたします。
2.事件の経緯
2019年にThaler氏は、DABUSによる2つの発明と思われるものの特許保護を求めて米国特許商標庁(PTO)に特許出願を行いました。Thaler氏は、双方の出願の唯一の発明者としてDABUSを挙げました。PTOは、これらの特許出願に有効な発明者がいないことを発見し、Thaler氏に有効な発明者を特定するよう要求する補充指令を送付しました。
Thaler氏はPTOの長官に補充指令を撤回するよう請願しました。PTOは、機械は発明者としての資格がなく、特許出願の発明者は自然人でなければならないと説明して、請願を却下しました。
Thaler氏はその後、バージニア州東部地区連邦地方裁判所でPTOの却下の決定について司法審査を求めました。地方裁判所はPTOに同意し、特許法に基づく「発明者」は「個人」でなければならず、「個人」の通常の意味は自然人であると結論付けました。
Thaler氏は、CAFCに控訴しました。
3.CAFCの判断
CAFCでの控訴審における唯一の争点は、AIソフトウェアシステムが特許法の下で「発明者」になり得るかどうかでした。CAFCは、特許法の条文の文言解釈から始めて、発明者は「個人」であることを明確に規定していると認定しました。CAFCは、特許法は「個人」について定義していないが、議会が別の読み方を意図したという何らかの兆候がない限り「個人」という用語は人間を指すと最高裁判所が説明している、と述べました。CAFCはまた、この結果は、法人も国家も発明者にはなり得ず、自然人のみが発明者になり得るとしたCAFC自身の先例とも一致している、と認定しました。
CAFCは、AIによって生成された発明は、イノベーションおよび公への開示を促進するために特許可能とすべきであるというThaler氏の政策的議論を却下しました。CAFCは、これらの政策的議論は推測であり、特許法の文言にはどのような根拠もなく、特許法の明確な文言に反するものであると認定しました。CAFCはまた、南アフリカ特許庁がDABUSを発明者として特許を付与したという事実にThaler氏が依拠していることを拒絶し、南アフリカ特許庁は米国特許法に基づいて判断しているわけではないことを説明しました。CAFCは、米国議会が自然人のみが発明者になることができると決定していたため、AIは発明者になることはできないと結論付けました。CAFCはまた、人間がAIの助けを借りてなした発明が特許保護適格性を有するかどうかという問題には直面していないと述べました。
4.AIによる発明の米国以外の状況および今後の見通し
冒頭に述べたようにThaler氏は、DABUSのみを発明者とする同様の特許出願を米国以外の国でも行っており、各国で同様の問題が生じています。上記のように南アフリアでは、DABUSを発明者とする特許が登録された事実はありますが、これは南アフリカでは特許は無審査で登録されることによるものです。オーストリアでも連邦裁判所の一審で特許を認める判決が出されましたが控訴審で一転して特許を認めないとの判決が出されました。その他に、英国、ドイツ、EPOなどにおいても同様にDABUSのみを発明者とする特許出願に対して特許付与を拒絶する判決や審決が出されております。
いずれの国においても、現状では発明者は自然人であるということが大原則となっており、何らかの法改正をすることなく現行法のままでAIを発明者として特許を付与することは難しいと思われます。
ただ、AIを発明者とするかどうかということは、AIによる発明の特許適格性の問題というよりもいわば手続き的な要件に関することであり、CAFCが上述したように、人間がAIの助けを借りてなした発明が特許保護の適格性を有するかどうかという実体的に重要な問題については、米国では未だ司法判断がなされていないとのことであります。したがいまして、現時点では、AIを発明者と認定することは否定されたとしても、AIを駆使した発明の特許権取得の道が閉ざされたわけではないことに留意すべきです。
[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | August 11, 2022 “Rage against the machine: Inventors Must Be Human”
② Thaler v. Vidal, Case No. 21-2347 (Fed. Cir. Aug. 5, 2022) (Moore, Taranto, Stark, JJ.)CAFC判決原文
[担当]深見特許事務所 堀井 豊