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「本来的な実験的使用目的を伴わない契約は“On-Sale Bar”に対する防御にならない」と判示したCAFC判決紹介

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、“On-Sale Bar”(販売による新規性喪失)による攻撃に対して防御しようとする特許権者の主張について地裁の判断を覆し、地裁に差し戻しました。
Sunoco Partners Marketing & Terminals L.P., v. U.S. Venture, Inc., U.S. Oil Co., Inc., Case No. 2020-1640, 2020-1641(Fed. Cir. April 29, 2022)(Prost, Reyna, Stoll)

1.対象特許の説明
 Sunoco Partners Marketing & Terminals L. P. (以下、Sunoco社)は、米国特許第7,032,629号(以下629号特許)、第6,679,302号(以下302号特許)、第9,494,948号(以下948号特許」)、および第9,606,548号(548号特許)を有しています。
 これらの特許は、流通の末端に到達する前にブタンをガソリンに混合することに向けられたシステムおよび方法をクレームしています。ブタンをガソリンに混合することには2つの利点があります。第一に、ブタンを混合することによってガソリンの揮発性がより高まり、車が低温でより簡単に始動するのを助けます。第二に、ブタンはガソリンより安価なため、ブタンを加えることによって収益性が高まります。一方で、ブタンはより暖かな気温で燃焼すると大気汚染を引き起こすため、環境規制に適合する必要があります。したがって、上記のブタン混合の利点を達成するためには複雑な開発努力が必要となります。
 米国環境保護庁(the Environmental Protection Agency: EPA)は、ガソリンの揮発性を規制しており、季節および場所に応じたブタンの混合に関する規制を設けました。Sunoco社の特許技術は、EPAの規制に準拠しながら、ブタン含有量を最大化することを目指しています。
 より具体的に、ガソリンの流通は多くの段階を経るものであり、どの段階においてもブタンの混合は可能ですが、許容される揮発性の限界は段階によって異なるため、流通の途中の段階で混合しようとすると、制限が最も厳しい段階に適合させなければなりません。Sunoco社の特許技術は、ガソリンの流通段階でブタン混合が可能な最後の段階、すなわちガソリンを末端のガソリンスタンドに運搬するタンク車に分配する直前に、ガソリンの貯蔵施設であるターミナルにおいて、タンク車の行き先や季節に応じて、バッチごとに許容される最大限のブタンをガソリンに混合する自動化されたシステムおよび方法に関するものです。

2.事件の経緯
(1)訴訟の提起
 Sunoco社は、U.S. Venture, Inc.およびU.S. Oil Co., Inc.(以下、総称してVenture社)が運用するブタン混合システムが、上記の629号特許、302号特許、948号特許、および548号特許のクレームを侵害したと主張して、Venture社をイリノイ州北部地区連邦地方裁判所(地裁)に訴えました。
(2)地裁の判断
 地裁は、さまざまな略式判決の申立てを裁定し、ベンチトライアル(bench trial: 陪審によらない裁判官のみの審理)でSunoco側に立って200万ドルの損害賠償を肯定し、これは後に3倍の600万ドルになりました。
(3)CAFCへの上訴
 Venture社は地裁判決を不服とし、CAFCに控訴しました。また、Sunoco社も交差上訴しました。
 CAFCの控訴審において、Venture社は、地裁判決の以下の点について争いました。
(I)“On-Sale Bar”の主張による防御が拒否されたこと
(II)2件の特許を侵害したとする判断
(III)2つのクレームの用語の解釈
(IV)損害額を増加させる決定
 一方Sunoco社は、交差上訴において、逸失利益の損害および合理的なロイヤルティの補償を認めないという地裁の判決に異議を唱えました。
(4)CAFCの判決
 CAFCは、Venture社の提起した地裁判決の争点について以下のように判断しました。
(I)“On-Sale Bar”の主張による防御が拒否されたこと⇒判決を一部覆し、一部取り消し、地裁に差し戻し
(II)2件の特許を侵害したとする判断⇒判決を取消
(III)2つのクレームの用語の解釈⇒判決を支持
(IV)損害額を増加させる決定⇒判決を取消
 Sunoco社の交差上訴については、逸失利益の損害およびその合理的なロイヤルティの補償を認めないという地裁の判決を支持しました。

3.“On-Sale Bar”についてのCAFCの判断
 本判決の争点は多岐に渡りますが、本稿では以下に、“On-Sale Bar”の争点に焦点を当てて説明します。
 第一審の地裁において、被告であるVenture社は、原告であるSunoco社の特許を侵害しておらず、そしてSunoco社の特許は無効であり権利行使不能であると主張しました。Venture社は特に、Sunoco社の特許発明に係る製品は、それらの特許出願前の基準日よりもさらに前の段階で、当時発明者が属していた会社によって他の米国企業に販売されていたためSunoco社の特許は新規性を喪失していたと主張しました。Sunoco社はこのようなVenture社の“On-Sale Bar”による攻撃に対する防御として、問題となっている行為は実験目的のものであり商業的な販売には当たらないと主張し、地裁もこの主張を認めました。
 しかしながら、上記(I)のように、CAFCは、Venture社による“On-Sale Bar”の攻撃に対するSunoco社の防御の主張のいくつかについて、地裁の判断を覆しました。Venture社の“On-Sale Bar”の主張が認められた場合には、Sunoco社の特許のうち629号特許のクレーム2、および302号特許のクレーム2,3および16を無効にできるでしょう。
(1)“On-Sale Bar”
 “On-Sale Bar”とは、特許出願の1年前の基準日(the critical date)よりも前に、販売されている(on sale)発明については、誰も特許を取得する資格はない、という原則(新規性阻害事由)です。本件はAIA改正前の旧米国特許法102条(b)項の下で「販売されている(on sale)」の意義について争われたものですが、販売による新規性喪失はAIA改正後の現行法102条(a)(1)項においても規定されております。なお、本件の争点とは直接関係しませんが、旧法では「販売」は米国内の行為に限られていたのに対して、現行法ではそのような地域的制限は廃止されています。ただし、「販売されている(on sale)」の意義については現行法においても旧法と同様の解釈がなされます。
 裁判例による定義(Pfaff v. Wells Elec’s., Inc., 525 U.S. 55, 57(1998))に基づけば、「販売されている」を満たすためには、発明が基準日前に、販売のための商業的申し出の対象であり(Pfaff事件の論点1)、かつ、特許を受ける準備ができていること(Pfaff事件の論点2)、という2つの判断基準に適合しなければならない、というものであります。特許権者であるSunoco社は、販売が「本来的に実験の目的のためのものである」ことを証明した場合には、Venture社の“On-Sale Bar”の主張を否定することができます。
(2)具体的検討内容
 ① Pfaff事件の論点1について
 (i)販売の商業的性格について
 本件特許の発明者の会社であるMCE Blending(以下、MCE社)は、基準日の2日前の2000年2月9日に、Equilon Enterprise LLC(以下、Equilon社)に対して、自動化されたブタン混合システムを販売してデトロイトにあるEquilon社のターミナルに設置することを申し出ました。MCE社は、Equilon社が今後5年間にわたって少なくとも500,000バレルのブタンをMCE社から購入することを約束したことを考慮して、このシステムを提供しました。地裁は、「契約は、Equilon社がシステムと引き換えにMCE社に何らかの支払いをすることを自然の成り行きで求めていなかった」ので、機械は無償で譲られたものと認定し、さらにSunoco社のシステムが商業的な目的ではなく実験的な使用目的で販売されたと判断しました。
 しかし、CAFCは同意せず、売買契約は「商業的な売買契約のすべての特徴」を持っているとの見解を示しました。CAFCは、契約書に記載されているように、「何らかの実験目的について言及することなく、取引を販売として明示的に説明することから契約書が始まっている」と述べました。契約書には以下のように記載されていました。
 「ここに記載されるブタンの購入および販売を考慮して、ブタンとガソリンのストックとのコンピュータ化された混合に関するMCE社が所有する特定の技術およびソフトウェアを使用するライセンスとともに機器を、MCE社はEquilon社に販売することに合意し、Equilon社は購入することに合意する。」
 契約書のこの部分は、販売の商業的性格を補強するものであり、「MCE社は、Equilon社が購入したいと考えていた関連技術と機器をすでに『開発』していること、およびMCE社はそれを販売し、設置し、そのためのブタンを供給する意思があること」を述べていました。
 (ii)機器のテストについて
 Sunoco社の主張によると、本来的な実験目的は、契約書の「機器テスト」と題されたセクションに記載されており、設置前のテストおよび設置後のテストの2セットのテストが含まれます。しかしながらCAFCはこれらのテストが、この販売が商業的なものではなく、本来的に実験目的のものであったということを納得させるものではない、と述べました。契約書によりますと、MCE社の義務は、機器が最小限の動作基準を満たすことを保証することであり、これは販売には満足できる動作を保証するテストが条件付けられていることを示すものです。この契約条項はシステムの設計を実験すること意図したものであると立証することはできず、本来的な実験が目的であることを示すものとしては不十分です。
 パブリックドメインにある知識を公衆が保持する権利と、発明者がその発明について特許を受けるのかおよび受けるのであればいつにするのかをコントロールする権利との双方を保護する観点から、実験目的で使用される発明と商業的に販売される製品とは区別されます。随分昔のことになりますが、最高裁判所は“City of Elizabeth”事件(City of Elizabeth v. Am. Nicholson Pavement Co., 97 U.S. 126, 137 (1877))において、「発明者は、その発明を完全なものにするためのまたは意図した目的に答えているかを確認するための誠実な努力に従事するために特許取得を遅らせることがある」と述べていました。同時に、「基準日の前に、実験目的ではなく収益目的で発明を使用するどのような試みも、発明者から特許を受ける権利を奪うことになる」と述べています。
 CAFCは、テストはEquilon社ではなく第三者によって行われたと認定しました。Sunoco社はまた、2000年1月にEquilon社との契約を結ぶ前であればいつでもテストが出来たであろうことを認めました。したがって、このようなテストを行う必然性がEquilon社への販売の本来的目的ではあり得ません。
 CAFCは、「“City of Elizabeth”事件の発明である街路舗装は、その性質上、常に公衆に晒される街道上以外では、満足のいくようには実験することができないようなものであった」と指摘しました。Sunoco社は、“City of Elizabeth”事件との類似点を指摘しようとしましたがCAFCには通用しませんでした。
 設置後のテストについては、契約書の該当セクションに次のように記載されています。
 機器の設置が完了すると、MCE社はEquilon社に完了したことの通知を書面で提供するものとする。そのような完了の通知から3日以内に、Equilon社は(i)機器が適切にブタンを混合しているかどうかを判断するために、ターミナル内においてMCE社が機器をテストすることを可能にするための必要なすべての手配を実行し、(ii)そのような手配がなされたことをMCE社に通知しなければならない。MCE社は、スケジュール1.10に記載されているパラメータに従って機器をテストするものとする。MCE社は適時にテストを進め、Equilon社による当該通知の日から90日を超えない期間にそのテストを完了する。
 CAFCは、設置後のテストもまた実験ではなく、機器がブタンを適切にブレンドしていること、すなわち約束通りに動作していること、を確認するための検収試験であると認定しました。CAFCは、販売の「本来的な目的」が「実験を行うこと」であったという結論をサポートする客観的な証拠が存在しないことに注目しました。
 ② Pfaff事件の論点2について
 CAFCはさらに、地裁は、販売であると主張された段階では、発明は、開発中であるか、テスト中であるか、さもなければ未だ実験段階にあるものと考えたのであろう、と述べました。しかしながら、そのような考慮事項はPfaff事件の論点1の問題ではありません。地裁の「未だ開発中」という観察は、Pfaff事件の論点2においてさらに検討されるべきです。
 上記のようにCAFCは、Pfaff事件の論点1については商業的販売であることを認めて地裁の実験的使用との決定を覆しました。さらに“On-Sale Bar”の「販売されている」が満たされるためには、Pfaff事件の論点2、すなわち、発明が、特許を取得できる状態にあったかどうかを評価しなければなりません。CAFCはこの点を改めて評価するように地裁に差し戻しました。

4.実務上の留意点
 先に述べましたように、“On-Sale Bar”の販売による新規性阻害事由は、AIA改正前の旧米国特許法102条(b)項においては「米国内での販売」に限定されていましたが、AIA改正後の現行法102条(a)(1)項においては米国内に限られず「世界的な販売」によっても新規性が阻害されることになりました。
 したがって、米国で事業展開しようとする企業は、世界中での販売(および申し出)は米国で特許を取得する場合には新規性喪失事由になることに十分注意すべきであり、特に、たとえ販売の相手方に守秘義務があったとしても“On-Sale Bar”の対象となることに留意すべきです(Helsinn Healthcare S.A. v. Teva Pharmaceuticals USA, Inc.事件最高裁判決(2019年1月22日))。

[情報元]
① CAFC news from WHDA, LLP | June 3, 2022 “TRANSACTIONS WITHOUT PRIMARY EXPERIMENTAL-USE PURPOSE DO NOT INSULATE FROM THE ON-SALE BAR”
② Sunoco Partners Marketing & Terminals L.P., v. U.S. Venture, Inc., U.S. Oil Co., Inc., Case No. 2020-1640, 2020-1641(Fed. Cir. April 29, 2022)(Prost, Reyna, Stoll)CAFC判決原文

[担当]深見特許事務所 堀井 豊