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種概念選択要求後に補正されたジェネリッククレームの解釈に関するCAFC判決紹介

 連邦巡回控訴裁判所(Court of Appeals for the Federal Circuit; CAFC)は、種選択要求(species restriction requirement)後に応答して取り下げられた(withdrawn)クレームを審査官が誤って再度組み込んだ(rejoined)と地裁が結論付けたことを誤りと判断し、地裁がクレーム区別の法理(doctrine of claim differentiation)を無視したとして、種選択要求後に補正された包括的(generic)な独立クレームに関する地裁の解釈を取り消して、差し戻しました。
 Littelfuse, Inc. v. Mersen USA EP Corp., Case No. 21-2013 (Fed. Cir. Apr. 4, 2022)

I.事件の背景
 1.本件特許が特許されるまでの経緯
 Littelfuse社は、ヒューズと電気導体との間の電気的接続を提供するためのヒューズエンドキャップに関する特許(米国特許第9,564,281号)を所有しています。本件特許の明細書は、本件特許発明の次の3つの実施形態を教示しています。
 (1)「取付カフ」と「端子」からなる機械加工された単一ピースのエンドキャップ
 (2)「取付カフ」と「端子」からなる型打ち(プレス)成形された単一ピースのエンドキャップ
 (3)「取付カフ」と、「端子」と、取付カフを端子に取り付ける「留めステム(fastening stem)」とを備える2ピース組立エンドキャップ。
 なお、上記実施形態(1)∼(3)はそれぞれ、本記事に添付する「本件特許の発明の実施形態説明用参考図」の参考図2∼4(本件特許の図2B,3B,4B)に示す実施形態に対応します。
 出願当初のクレームには、取付カフおよび端子を有するエンドキャップを包含する独立クレーム、および3つの実施形態のそれぞれに向けられた従属クレームが含まれていました。実施形態の2ピース組立エンドキャップに向けられた従属クレームには、「端子が留めステムに圧入される」という限定が含まれていました。
 審査段階において審査官は、選択要求を発行し、独立クレームは従属クレームの3つの種を包括していると主張しました。Littelfuse社は、組み立てられたエンドキャップの種を選択し、審査官は他の実施形態に向けられたクレームを審査対象から除外(withdrew)しました。新規性欠如の拒絶理由に応答して、Littelfuse社は、端子がステムに圧入されることを特定せずに、留めステムを構成要件に追加することによって、独立クレームを補正しました。Office Actionに応答して補正された独立クレームを許可した後、審査官は、以前に取り下げられたクレームは「許可可能な独立クレームのすべての限定を含む」として、それらを再び許可クレームに組み込みました(rejoined)。
 本記事に、本件特許の独立クレーム1と、再び組み込まれた2つの従属クレーム8,9のそれぞれの英語原文と、日本語試訳を添付しています。
 2.連邦地裁への提訴
 Littelfuse社は、本件特許を侵害するヒューズを販売したとして、Mersen社をマサチューセッツ地区連邦地方裁判所に提訴しました。両当事者は地方裁判所に対し、再び組み込まれた(rejoined)従属クレームが単一ピースの実施形態に向けられているにもかかわらず、独立クレームの留めステムの要素が、Littelfuse社の特許発明をマルチピースエンドキャップに限定するかどうかを決定するよう求めました。
 地裁は、クレーム言語、明細書、および審査履歴により、発明がマルチピース構造を有することに限定されると判断しました。そう判断するに際して地裁は、まず、「留め(fastening)ステム」の普通の(plain)意味は、「装置の他の2つの構成要素を取り付けたり接合したりするステム」であると判断しました。
 また地裁は、留めステムは、端子が留めステムによって取付カフに接合されるマルチピース実施形態に関連してのみ、明細書において言及されていると指摘しました。
 Littelfuse社は、取り下げたクレームの再組み込み(rejoinder)は、独立クレームが単一ピースおよびマルチピースの実施形態を網羅していることを意味すると主張しましたが、地裁は、審査対象から除外された従属クレームが元の独立クレームに従属していたため、「誤解」に基づいて再組み込みされたと推論しました。独立クレームがマルチピースのエンドキャップのみを対象とする地裁の判決に照らして、Mersen社は非侵害を主張し、それ対して特許権者であるLittelfuse社はCAFCに控訴しました。

IICAFCの判断
 クレーム区別の法理(Doctrine of Claim Differentiation)を適用して、CAFCは、独立クレームがマルチピースデバイスのみを対象としているとの地裁の結論に誤りがあると結論付けました。またCAFCは、再び組み込まれた従属クレームは、エンドキャップが単一の材料から形成されることを記載することによって、独立クレームの発明を限定していると指摘しました。さらにCAFCは、独立クレームは従属クレームよりも広いため、独立クレームは単一ピースの実施形態を包含しなければならず、そうでなければ、従属クレームは無意味になると判断しました。
 ここで「クレーム区別の法理」は、同一出願中の複数のクレームは全て異なる保護範囲を有していると推定されることを意味し、米国特許実務では特に、メインクレームのある構成要素をサブクレームで限定して規定した場合、メインクレームは、サブクレームで明示した内容よりも広い保護範囲を有するという原則の意味に用いられます。
 CAFCはまた、クレームの区別の推定(the presumption of claim differentiation)は、明細書または審査経過によって覆されなかったと判断しました。CAFCは、本明細書のいかなる部分も、留めステムが単一ピースのエンドキャップ内に存在できないと述べていないと認め、クレームされた発明を明細書中の好ましい実施形態に限定することに対して警鐘を鳴らしました。
 CAFCはまた、独立クレームはマルチピース構造に限定されず、いずれの従属クレームも筋の通った(coherent)発明を形成するため、再び組み込まれた従属クレームを含む許可クレームには矛盾がない(logical)として、「取り下げられたクレームが許可クレームのすべての限定を含む」という審査官の決定を、筋が通っていると認定しました。
 このように、CAFCは、留めステムは取付カフを端子に取り付けるためのものである必要はなく、独立クレームはマルチピースのエンドキャップの実施形態に限定されないと結論付けました。CAFCは、地裁の判決とクレーム解釈を無効にし、さらなる手続きのために差し戻しました。

III.クレームの補正に関する、日本の審査基準および欧州特許庁の決定について
 1.日本での、補正が新規事項を提起するかどうかの判断基準について
 日本の特許・実用新案審査基準第IV部第2章の「3.新規事項の具体的な判断」の「3.2 当初明細書等の記載から自明な事項にする補正」において、『補正された事項が「当初明細書等の記載から自明な事項」である場合には、当初明細書等に明示的な記載がなくても、その補正は、新たな技術的事項を導入するものではないから許される。』と規定され、「3.3.1 特許請求の範囲の補正」の「(2) 発明特定事項を下位概念化又は付加する補正の場合」において、「a 請求項の発明特定事項の一部を限定して、当初明細書等に明示的に記載された事項又は当初明細書等の記載から自明な事項まで下位概念化する補正は、新たな技術的事項を導入するものではないので許される。」と規定されています。
 2.欧州特許庁における最近の決定について
 欧州特許庁拡大審判部の2021.12.21付け決定(T2282/16)において、「1つのメインクレームのみに従属する複数の単従属クレームがある場合に、当該複数の単従属クレームの記載をメインクレームに追加する補正に対して、メインクレームと当該複数の単従属クレームの特徴の組合せが、出願当初の書面から直接的かつ明確に導き出せない」との理由で、新規事項の追加と判断されました。

IV.実務上の留意点
 実務上、補正後の独立クレームに、従属請求項の記載をそのまま維持して従属させる場合、当該従属クレームに記載の発明が出願当初の開示によってサポートされていない場合、新規事項を追加するものとして補正が却下されるかどうか、懸念されます。
 本件CAFC判決では、「当初明細書等に開示がないためにクレームの保護範囲となりえない」との地裁の判断は誤りであって、明細書または審査経過において補正後のクレームの保護範囲を排除する何らかの積極的理由がなければ、当該従属クレームの再組み込みは認められるものと判断しています。地裁への差し戻しに際しては、そのような積極的理由の有無を改めて審理することを求めており、理由がないことが確認されれば、従属クレームの再組み込みの妥当性が裏付けられることになります。本件判決は、種概念選択要求に応答して選択されなかった従属クレームの再組み込み(rejoinder)という特殊な状況下の事例ではありますが、クレームを減縮補正する場合の新規事項の追加に該当するかどうかの判断にもつながるものと思われます。
 今回のCAFC判決、上述の日本の審査基準、欧州特許庁拡大審判部の決定を比較すると、クレームの減縮補正が新規事項の追加に該当するかどうかの判断基準に少なからず差異があることが伺え、クレームの補正に際しては、国ごとの判断基準の相違を見極めた上での対処が望まれます。

[情報元]
1.IP UPDATE (McDermott Will & Emery) “Missed Connection: Avoid Claim Construction Rendering Independent Claim Narrower Than Dependent Claim” (April 14, 2022)
2.Littelfuse, Inc. v. Mersen USA EP Corp., Case No. 21-2013 CAFC判決原文
3.本件米国特許(No.9,564,281)公報

[担当]深見特許事務所 野田 久登

 添付書面:本件特許の実施形態説明用参考図1-4(本件特許の図1B、図2b、3B,4B)
      本件特許クレーム1,8,9原文およびその日本語試訳