国・地域別IP情報

ライセンス契約合意管轄条項とIPRに関するCAFC判決紹介

 ライセンサーである特許権者が、特許ライセンス契約の合意管轄条項を利用して、特許の有効性を争う手段としての当事者系レビューの利用を間接的に排除する事例に関する、最近のCAFC判決紹介

1.ライセンシー・エストッペルの法理について
 米国連邦最高裁判所は、1969年、Lear Inc. v. Adkins判決において、ライセンシー・エストッペル(Licensee Estoppel)の法理(特許ライセンスを受けた者が後にその特許の有効性を争うことは許されないという法理)を排除しました。この判決以降、特許についてはライセンシー・エストッペルの法理は適用されていません。(この最高裁判決に至る、譲渡人禁反言に関する米国判決の推移については、弊所ホームページの「国・地域別IP情報」において2021年9月2日に配信した「譲渡人禁反言の制限を認めた米国最高裁判決」と題した記事で説明しておりますので、併せてご参照下さい。)
 一方、改正特許法(America Invents Act: AIA)によって当事者系レビュー(Inter Partes Review: IPR)が導入されて以降、特許権の有効性を争う手段としてIPRが広く利用されています。IPRの当事者間にライセンス契約がある場合にも、原則的にはライセンシー・エストッペルの法理は適用されませんが、ライセンサーである特許権者が、ライセンス契約の合意管轄条項によって、特許の有効性を争う手段としての特許庁特許審判部(Patent Trial and Appeal Board: PTAB)におけるIPRや付与後レビュー(Post Grant Review: PGR)を間接的に排除することができるかどうかが問題となります。

2.契約の合意管轄条項によるIPRの排除に関するCAFC判決事例
 以下、特許権ライセンス契約の合意管轄条項を利用してIPRの利用を間接的に排除する事案の3件の米国連邦巡回控訴裁判所(the US Court of Appeals for the Federal Circuit: CAFC)判決を紹介した、在外代理人からのニュースレター(下記「情報元1」)に沿って、当該3件のCAFC判決の概要を紹介します。
(1)Dodocase VR Inc. v. MerchSource LLC (CAFC 2019)
 本事件のライセンス契約書は、合意管轄(「どこの裁判所で裁判を行うか」を合意で決めておくこと)条項として、「カリフォルニア州法が、本契約に起因または基づくいかなる紛争にも適用されるものとする。」という文言を含んでいました。
 本事件の争点は、米国特許庁に対するIPRの申請が、この条項で言うところの「本契約に起因または基づく紛争」に含まれるか否か、すなわち、米国特許庁が管轄から外されるかどうかでした。連邦地裁およびCAFCの両者とも、IPRの申請は本条項の「本契約に起因または基づく紛争」に含まれ、したがって管轄外の米国特許庁へのIPRの申請は排除されるべきものであると認め、IPRを取り下げる旨の命令(仮差し止め命令)を支持しました。
 なお、CAFCがこの判決をnon-precedential(判例として扱わない)としたため、先例としての拘束性を有するものではありませんが、特許の有効性に関する問題は原則として、契約の合意管轄条項に従うべきであるというCAFCの考え方を示していると言えます。

(2)Kannuu Pty Ltd. v. Samsung Electronics (CAFC 2021)
 秘密保持契約(Nondisclosure Agreement: NDA)に含まれた合意管轄条項の違反が争点となった本件判決において、NDAの合意管轄条項に基づいたIPRの排除が否定されました。NDAは以下の合意管轄条項を含んでいました。
「本契約または本契約で企図されている取引に起因または関連する法的措置、訴訟、または手続きは、ニューヨーク州ニューヨーク市のマンハッタン行政区内にある連邦または州の管轄裁判所でのみ提起される必要があり、その他の管轄区域へは提起できない。」
 この合意管轄条項について、CAFCは以下のように判断しています。
『NDAの一般的な文言解釈によれば、IPRは、「本契約または本契約で企図されている取引に起因または関連する」とは言えない。具体的には、NDAは守秘義務に関するものであり、特許権に関するものではない。NDAと特許ライセンスとは別物であり、混同してはいけない。特許ライセンス契約であれば、特許から生じる権利侵害や特許の有効無効の争いは「関連する(relate to)」に含まれる。
 Kannuu社はDodocase判決(上記(1)の判決)を根拠に引用しているが、Dodocase判決は特許ライセンスに関するものであり、本件は特許ライセンスに至らなかったNDAのみを対象とするものである。』

(3)Nippon Shinyaku Co., Ltd. v. Sarepta Therapeutics, Inc. (CAFC 2022)
 (i)本件訴訟の背景(主として下記「情報元2」参照)
 Nippon Shinyaku社とSarepta社は、「デュシェンヌ型筋ジストロフィーの治療に関連する将来可能性のあるなビジネス関係」の協議を促進するために、秘密保持契約(Mutual Confidentiality Agreement: MCA)を締結しました。このMCAにおいて、「他の当事者に対して、契約期間中のデュシェンヌ型筋ジストロフィーの分野における知的財産の米国または日本の管轄区域における訴訟等の法的または行政的手続きを取らない」ことを確約していました。MCAにおいては、この「訴訟等の法的または行政的手続き」について、「特許侵害訴訟、確認判決訴訟、米国特許商標庁または日本特許庁での特許有効性の異議の申し立て、および米国特許商標庁での再審査手続き」が含まれるがそれらに限定されないことが規定されています。さらに、MCAには、当事者間の知的財産紛争を管理するための、次のような趣旨の裁判地選択条項も含まれています。
『特許侵害または特許の有効性に関連して米国法に基づいて発生し、規約期間の終了から2年以内に提起されるすべての将来起こり得る訴訟は、デラウェア地区の米国地方裁判所に提起されるものとし、いずれの当事者もデラウェア地区の裁判管轄を争わない。』
 契約期間が終了した日、Sarepta社は、特許審判部に7件のIPRを申請しました。また
Nippon Shinyaku社は、契約違反、非侵害および無効の確認判決および特許侵害について、デラウェア地区の米国地方裁判所に訴訟を提起し、Sarepta社にIPR申請の手続きを撤回させるための仮差し止め命令を求めました。しかしながら地方裁判所は、この要求を却下しました。
 これに対してNippon Shinyaku社は、CAFCに控訴しました。
 (ii)CAFCの判断
 本事件では、CAFCは、ライセンス契約中の合意管轄条項の解釈によれば、「IPRを含む特許の有効性に関する争いはデラウェア連邦地裁に提出しなければならない」ので、特許権の有効性を争うためにIPRを選択して提出したSarepta社の行為はライセンス契約違反であり、Nippon Shinyaku社の仮差し止めの請求(IPRの取り下げ命令の要請)は認められるべきであると判断しています。
 また、CAFCは、上記(2)で紹介したKannuu Pty Ltd. v. Samsung Electronics事件と本件との相違を以下のように説明しています。
『Kannuu事件では、合意管轄条項がIPRに及ばないと判断したが、それは当該案件の秘密保持契約の具体的な条項の文言である「本契約または本契約で企図されている取引に起因または関連する法的措置、訴訟、または手続き」に、ライセンス契約対象の特許の有効性に関するIPRの申請は含まれない(すなわちIPRは排除されない)との判断に基づくものである。言い換えれば、合意管轄条項の文言の書き方によっては、IPRを排除する可能性もあることを意味したものである。本件では、そのような(IPRを排除する)文言が提示されており、一義的にIPRをカバーしていると言える。』

3.実務上の留意点
 弊所ホームページの「国・地域別IP情報」において2022年3月18日付で配信した「IPRの決定からCAFCへ控訴する際の控訴人適格に関するCAFC判決」と題した記事で、当事者間にライセンス契約がある場合には、控訴人適格としての「実際の損害」の立証に困難性が伴うことを、判決から読み取れる実務上の留意点として挙げておりました。
 上記3件の判決は、「実際の損害」の立証とは無関係ですが、特許権のライセンスを受ける場合には、契約の合意管轄条項により、PTABで特許の有効性を争うこと自体が排除される可能性があることを示しています。よって、ライセンス契約を受ける際には、ライセンスを受ける特許権を無効にする手段がライセンス契約の内容によりさらに制限されるおそれがあることに留意して、契約書の条項の記載に注意を払う必要があります。

[情報元]
1.WHDA NEWSLETTER March 2022「Exclusion of IPR Forum Selection Clause (ライセンス契約合意管轄条項とIPR)」(編集責任者 中村剛(パートナー弁護士))
2.IP UPDATE (McDermott Will & Emery) “Bargained-Away Rights to File for IPR
May Not Be Recovered” (February 17, 2022)
3.Dodocase VR Inc. v. MerchSource LLC CAFC判決原文
4.Kannuu Pty Ltd. v. Samsung Electronics CAFC判決原文
5.Nippon Shinyaku Co., Ltd. v. Sarepta Therapeutics, Inc. CAFC判決原文

[担当]深見特許事務所 野田 久登