権利範囲確認審判制度の概要、および最近の権利範囲確認(特許)訴訟判決紹介
以下、韓国特許法第135条に規定する権利範囲確認審判制度の概要を、本制度に関連する主な大法院判決とともに説明し、権利範囲確認審判の審決に対する最近の複数の審決取消訴訟の判決を紹介します。
1.韓国における特許等の権利範囲確認審判制度について
(1)制度概要
権利範囲確認審判制度は、日本では1959年に特許法における判定制度導入の際に廃止されていますが、韓国では現在も存置されており、韓国における特許紛争の解決において相当の役割を果たしていると言えます。
韓国特許法第135条に規定されている権利範囲確認審判には、特許権者が被疑侵害者の実施する技術等に関して、それが特許権者自身の特許権の権利範囲に属することの確認を求める積極的権利範囲確認審判(特許法135条1項)、第三者が自身の実施する技術や、自身の特許権等が他人の特許権の権利範囲に属さないことの確認を求める消極的権利範囲確認審判(特許法135条2項)があります。
権利範囲確認審判の請求人は、特許権者、専用実施権者または利害関係人でなければなりません。利害関係人には、特許権者から警告を受けた者、特許権と関連した製品の生産者等が含まれます。
(2)本制度に関連する主な大法院判決
権利範囲確認審判制度に関し大法院は、これまでに、同審判において特許性有無を判断することの可否や、特許侵害訴訟係属中に請求された消極的権利範囲確認審判の確認の利益の有無について、次のような判決を言渡しています。
(i)権利範囲確認審判での特許性有無の判断の可否に関する判決
(a) 1983年7月26日言渡しの大法院全員合議体判決(81HU56)などにおいて、「特許の一部または全部が出願当時に公知公用である場合には、特許請求の範囲に記載されているという理由から、権利範囲を認めて独占的・排他的な実施権を付与することはできないため、権利範囲確認審判でも特許無効の審決の有無に関係なくその権利範囲を否定することができる。」との判断が示されました。
(b) 大法院は、2014.3.20言渡しの全員合議体判決(2012HU4162)において、「権利範囲確認審判では、特許発明または登録実用新案の進歩性の有無を審理・審判することはできない」との判断を示しました。その理由として大法院は、権利範囲確認審判は、確認対象技術および製品が特許権の効力が及ぶ客観的な範囲に属するか否かを確認する目的を有した手続きであるため、その手続きにおいて特許発明の進歩性の有無まで判断することは、制度目的から外れ、また、特許無効審判の機能を相当部分弱める恐れがあるという点で望ましくないと述べています。
ただし、「特許発明が公知公用である場合には、権利範囲確認審判でも特許無効の審決の有無に関係なくその権利範囲を否定することができる」とした上記(a)の大法院判決については、進歩性判断の場合とは異なり、適用されるべきであることが、確認的に述べられています。(この判決については、弊所ホームページの「国・地域別IP情報」における2014年7月10日付配信記事で紹介していますので、併せてご参照下さい。)
(ii)特許紛争解決手段としての意義を示した判決
韓国の大法院は2018年に、「特許侵害訴訟中に特許審判院に提起された消極的権利範囲確認審判は、確認の利益がなく不適法であるにもかかわらず、これを認容した特許審判院の審決は違法である」という趣旨の審決取消判決(特許法院判決)に対して、これを破棄差戻した判決(2016フ328号、2018.2.8)を下しました。
その理由として大法院は、権利範囲確認審判が、簡易かつ迅速に確認対象発明が特許権の客観的な効力範囲に含まれるかどうかを判断することにより、当事者間の紛争を事前に防止したり、早期終結させることに貢献するという点で固有な機能を持つことから、侵害訴訟で特許権の効力が及ぶ範囲を確定することができたとしても、別個に請求された権利範囲確認審判の審判請求の利益が否定されると見ることはできないと述べています。(この判決については、弊所ホームページの「国・地域別IP情報」における2018年4月26日付配信記事で紹介していますので、併せてご参照下さい。)
2.最近の権利範囲確認(特許)訴訟判決について
(1)積極的権利範囲確認審判において特許権者が特定した確認対象発明を、被告が実施していると言えないため、確認の利益がないと判断された事例
(特許法院 2021年07月22日言い渡し、2020HO7333権利範囲確認(特))
この判決の概要は次のとおりです。
(i)本件判決に関連する法理
本件特許法院判決において、次の2件の大法院判例を基礎となる法理として引用しています。
[法理1]特許権者が、審判請求の対象となる確認対象発明が特許発明の権利範囲に属するという内容の積極的権利範囲確認審判を請求した場合、被疑侵害者により実施されている発明として審判請求人が特定した確認対象発明と審判被請求人が実施している発明との間に同一性が認められなければ、確認対象発明が特許発明の権利範囲に属するという審決が確定したとしても、その審決は審判請求人が特定した確認対象発明に対してのみ効力を及ぼすだけで、実際に審判被請求人が実施している発明に対しては何ら効力がない。したがって、審判被請求人が実施していない発明を対象とした積極的権利範囲確認審判の請求は確認の利益がないため不適法であり、却下されなければならない(大法院2003年6月10日付言渡し、2002フ2419判決など参照)。
[法理2]また、この場合、確認対象発明と審判被請求人が実施している発明との同一性は、審判被請求人が確認対象発明を実施しているかどうかの事実確定に関する問題であるため、これらの発明が事実的観点から同一であると言える場合に限ってその同一性を認めなければならない(大法院2012年10月25日付言渡し、2011フ2626判決など参照)。
(ii)本件における確認対象発明と被告が実際に実施している発明との同一性の検討
発明間の同一性について特許法院は、以下のように判示しています。
『原告が提出した証拠だけでは、確認対象発明の特定の要素について、被告が確認対象発明を実施しているとは言い難く、他にこれを認める証拠がない。
具体的には、確認対象発明の「照明装置」の構成要素である「投射スクリーン」は、投射される像の形態を多様に変化させることができるように意図的に形成された構成であることから、「投射スクリーン」を備えない照明装置により、時期や種類に応じて形態が変わり得る自然の地形地物である街路樹を照明する被告の使用は、確認対象発明を実施しているとは言えない。
よって、確認対象発明と被告が実施している発明との間には同一性が認められない。』
(iii)結論
以上の理由により特許法院は、原告の積極的権利範囲確認審判の請求は、被告が実施していると言えない発明を対象としたものであって、確認の利益がないため不適法であると結論付けています。
(2)特許発明と確認対象発明とが均等な関係にあるかどうかが問題になった事件
(大法院2022.1.14言渡し、2021HU10589[権利範囲確認(特許)上告棄却])
(i)本件判決における均等関係の判断の方法
本件判決は、特許発明と確認対象発明との均等関係の判断において、以下に要約する2019年言渡しの大法院判決の判旨を引用しています。
『発明の詳細な説明の記載と出願当時の公知技術等を参酌して把握される、特許発明に特有の解決手段が基礎となっている技術思想の中核が、確認対象発明において実現されていれば、作用効果が実質的に同一であると見るのが原則である。しかし、上記のような技術思想の中核が、特許発明の出願当時に既に公知になっている場合は、特許発明が先行技術で解決されなかった技術課題を解決したとは言えない。かかる場合、特許発明の技術思想の中核が確認対象発明で実現されているか否かにより作用効果が実質的に同一か否かを判断することはできず、均等か否かが問題となる構成要素の個別的機能や役割等を比較して判断しなければならない(大法院2019.1.31.宣告2018DA267252判決参照)。』
(ii)本件大法院判決の概要
本件判決において大法院は、以下の理由により、確認対象発明が本事件特許発明の権利範囲に属すると判断した原審を首肯し、上告を棄却しました。
・「蓄電池極板コンベアシステムの極板集束体移送装置」という名称の本事件特許発明の技術思想の中核は、本事件特許発明の出願当時に公知となっていない。
・確認対象発明に本事件特許発明の技術思想の中核がそのまま実現されており、油圧シリンダーの配置方法等の差異にもかかわらず実質的に同一の作用効果を示す。
・油圧シリンダーの配置方法等(技術思想の中核以外)の変更は、通常の技術者であれば誰でも容易に考え出せる程度に過ぎないので、確認対象発明は特許発明と均等な関係にある。
(3)特許発明は、特許法第29条第3項に違反し権利範囲を認めることができないと判断した事件(特許法院2021.11.19.言渡し、2021HEO1752[権利範囲確認(特許)])
(i)事件の概要
特許発明の特許権者である被告が、本件訴訟の原告を相手に、「上部開放ボックス用包装装置」に関する確認対象発明は、本事件請求項1および3の発明の権利範囲に属すると主張して、権利範囲確認審判を請求したのに対して、特許審判院は、確認対象発明は本事件請求項1の発明の権利範囲に属し、本事件請求項3の発明と確認対象発明の対応構成とは均等関係にあるので、本事件請求項3の発明の権利範囲にも属するという理由で、請求を認容する審決をしました。それに対して原告(審判被請求人)は、特許法院に上訴しました。
(ii)本件判決の要旨
特許法院は、請求項1および3の特許発明の全ての構成要素は、本件特許の出願前に出願され、本件特許の出願後に公開された先行発明1の対応構成と実質的に同一であることから、本件特許の請求項1,3の発明は、拡大された先願に関する特許法第29条第3項の規定に違反して無効にされるべきであり、その権利範囲が認められないので、残りの点に関してさらに見る必要はなく、確認対象発明はその権利範囲に属さないとの理由で、審決を取消しました。
3.実務上の留意点
(1)上記「3.(1)」で述べた判決によれば、特許権者が特定した確認対象発明と、審判被請求人が実施している発明との同一性がなければ、請求の利益なしとして請求が棄却されることから、特許請求項の作成時に必須の構成要素を慎重に選別することが登録後の権利行使に重要であることや、特許出願段階で、第三者による実施態様の可能性を最大限考慮して、特許の明細書および特許請求の範囲を作成することの重要性が改めて認識されます。たとえば、権利範囲の側面では、上記「3.(1)」で述べた判決の事例において、「投射スクリーン」を必須構成要素として含まない独立請求項を作成しておくことが推奨されます。
(2)上記項目「3.(2)」で述べた判決から、権利範囲確認審判により、均等の関係の判断を得ることができ、その際の均等の判断においては、2019年1月31日の大法院判決で示された判断手法に基づく「作用効果の同一性」が重要な根拠となることが伺えます。
(3)2014.3.20言渡しの韓国大法院判決に関連して述べたように、従来より、特許発明が公知公用の場合には、権利範囲確認審判において、特許無効の審決の有無に関係なくその権利範囲が否定されるものとされていますが、上記項目「3.(3)」で述べた判決から、権利範囲確認審判を請求する場合において、その請求の利益を確実に得るためには、特許の一部または全部が、公知公用かどうかだけでなく、特許法第29条第3項の規定に該当する(拡大された先願の地位を有する先行発明と同一)かどうかということにも留意するべきであることが伺えます。
[情報元]
1.HA & HA 特許&技術レポート(2022-2)「特許法院2021.11.19.宣告2021HE01752[権利範囲確認(特許)]」
2.HA & HA 特許&技術レポート(2022-3)「大法院2022.1.14.宣告2021HU10589[権利範囲確認(特許)]上告棄却」
3.知財判例データベース(ジェトロ)「積極的権利範囲確認審判において……確認の利益がないと判断された事例」(特許法院2021.07.22.言渡し、2020HO7333)
4.知的財産に関する情報(ジェトロ)(The Daily NNA [韓国版]より)「韓国の権利範囲確認審判について -特許紛争解決手段としての意義-」2018年05月09日
[担当]深見特許事務所 野田 久登