出願人が自認した先行技術に関するCAFC判決
当事者系レビューにおける「出願人が自認した先行技術」に基づく特許審判部の特許性欠如の認定を取消して、連邦巡回控訴裁判所は、「出願人が自認した先行技術」が特許無効の根拠を形成するかどうかの判断のための手続を差し戻しました。
Qualcomm Inc. v. Apple Inc., Case Nos. 20-1558, -1559 (Fed. Cir. Feb. 1, 2022)
1.背景
Qualcomm社は、複数の供給電圧を有するシステム用の電力検出回路を備えた集積回路デバイスに関する特許(US8,063,674)を所有しています。この特許は、集積回路のレベルシフタが送信用の入力/出力デバイスをトリガーし、回路からの誤った出力信号をもたらす漂遊電流に関連する問題を解消することを目的としています。この特許は、その優先日前にすでに使用されていた漂遊電流問題を解決するための様々な方法を記載していますが、それらの従来技術を記載した先行する特許や文献を特定していません。
Apple社は、2つの理由に基づいて当事者系レビュー(Inter Partes Review: IPR)を申請しました。第1の理由は、4件の先行技術文献の組合せに基づいていました。最終的な書面による決定において、特許審判部(PTAB)は、IPR対象の特許はこれら4件の先行技術文献の組合せにより無効にはならないと認定しました。第2の理由は、別の先行技術文献(Majcherczak)と、IPR対象特許の明細書に記載された、出願人が自認した先行技術
(Applicant Admitted Prior Art: AAPA)との組合せに依存していました。
IPR手続中、Qualcomm社は、AAPAと、先行文献であるMajcherczakの開示との組合せがIPR対象特許の発明のすべての要素を教示することを認めましたが、特許無効の根拠としてのApple社によるAAPAの使用は、IPR手続では禁止されていると主張しました。
PTABはQualcomm社に同意せず、Apple社の第2の根拠に基づいて、IPR対象の特許発明は特許性がないと判断しました。それに対してQualcomm社は連邦巡回控訴裁判所(Court of Appeals for the Federal Circuit: CAFC)に控訴しました。
2.本件判決概要
(1)控訴審における当事者の主張
Qualcomm社は控訴審において、「IPRの申請は『先行技術の特許または先行技術を記載した刊行物』にのみ基づくことができ、IPRの手続きを規定する35USC(米国特許法)§311(b)は、先行文献ではない文書に含まれる『特許所有者による自認の記載』の使用を認めていない」と主張しました。
これに対してApple社は、「特許または刊行物に含まれる先行技術は、その特許または刊行物自体が先行文献であるかどうかにかかわらず、特許無効の主張の根拠として使用できる」と主張しました。
(2)CAFCの判断
(i)米国特許法§311(b)の規定の解釈について
CAFCは、IPRで提起される特許無効の理由は、IPR申請対象の特許に先行する特許または刊行物に基づいている必要があるというQualcomm社の見解に同意し、IPR申請対象の特許に記載のAAPAは、IPR手続における特許無効の主張の根拠を形成しない可能性があることを認めました。
この結論に達するにあたり、CAFCは、Return Mail Inc. v. US Postal Serv. 最高裁判決(2019年)における最高裁判所の見解に依拠しました。この見解は、米国特許法§311(b)における「特許または刊行物」を「特許出願の時に存在する」ものに限定解釈すべきであるというものです。なお、米国特許法第311条(b)は次のように規定しています。
『§311(b):当事者系レビューの申請者は、第102条または第103条の規定にのみ基づく理由であって、かつ特許または刊行物(printed publications)からなる従来技術(prior art)にのみ基づき、特許の1以上のクレームの特許性が無いとして取り消しを請求できる。』
(条文の日本語訳は、ヘンリー幸田著「米国特許法逐条解説」に基づいています。)
またCAFCは、「特許および刊行物」を「特許出願の時に存在する」ものに限定解釈するという判断が、米国特許法§301および§303に規定する査定系再審査(ex parte reexamination)に関する、過去の判決(In Re Lonardo, (Fed. Cir. 1997)等)における「特許または刊行物からなる先行技術」の解釈や、2011年の改正特許法(American Invents Act: AIA)制定時における議会の意図とも整合すると述べています。
(ii)IPRにおいてAAPAが考慮される可能性について
(a)CAFCは、米国特許法§311(b)の下で、IPR対象の特許に記載されたAAPAは「特許または刊行物からなる先行技術」には該当しないことを認めたものの、「AAPAがIPRから完全に除外されるわけではなく、CAFCの先行する判決において、IPRで特許の無効を主張する場合に、少なくともある程度はAAPAを考慮することを認めている」ことに言及しています。具体的には、「特許クレームに記載の発明の非自明性を評価する際には、特許の明細書における先行技術の自認の記載に依存することが適切である」という判断を示した判決(Koninklijke Philips N.V. v. Google LLC.,(Fed. Cir. 2020))を挙げて、その判決が、さらに先行する判決(PharmaStem Therapeutics、Inc. v. ViaCell, Inc. (Fed. Cir. 2007))の「先行技術に関する明細書の承認は、後の自明性の調査の目的で特許権者を拘束する」という見解を引用していることに言及しています。
(b)またCAFCは、IPRにおいてある程度はAAPAを考慮することが認められる理由として、米国特許法§312(a)(3)(B), §314(a), §316(a)(3)に規定されているように、IPR申請者がIPRにおいて先行技術文献以外の証拠(証拠や意見をサポートする宣誓供述書等)に依拠することができること、および、上述のKoninklijke Philips判決において実際に、「当業者の一般的知識は、米国特許法§311(b)に規定する『特許または刊行物からなる先行技術』を構成しないため、IPRにおいて依拠することはできない」という主張を却下していることに言及しています。
(c)さらにCAFCは、IPRにおけるAAPAの使用は、IPR手続の能率向上のために、米国特許法§102に規定された先行技術のうちの、より立証が困難な「販売」や「公の使用」を除外して、先行技術文献に限定した、改正法制定時の議会の意図に反するものではないと述べています。
(iii)判決
上記判断に基づきCAFCは、「IPR対象の特許発明は特許性がない」とするPTABの決定を取消して、Apple社が依拠するAAPAが特許無効の根拠を形成するかどうかをさらに審理させるため、PTABに差し戻しました。
3.実務上の留意点
本件判決において、「IPRで提起される無効の理由は、IPR申請対象の特許の先行技術である特許または刊行物に基づいている必要がある」というQualcomm社の主張を認めて、PTABの特許無効の決定を取消す判決を出したにもかかわらず、CAFCは、過去の判決を例示して、当業者の知識または技術水準の特定や、先行文献を組み合わせる動機付けの提供など、IPR手続において特許発明の非自明性を評価する際に、AAPAが役立つ可能性があることを示しました。
言い換えれば、PTABの特許無効の決定自体を否定したのではなく、特許無効の理由としてのAAPAの使用の根拠の審理が十分ではないために、PTABに差し戻したものです。よって、AAPAに基づいて特定される、当業者の知識または技術水準や、先行文献を組み合わせる動機付けにより、特許発明の非自明性欠如が立証されれば、PTABが再度特許無効の決定を行なう可能性があります。
したがいまして、IPR申請における特許無効の主張に際してAAPAに依拠する場合には、「特許出願時に既に存在する特許および刊行物」に開示された先行技術と同様に位置づけるのではなく、当業者の知識または技術水準の特定や先行文献を組み合わせる動機付けの提供など、本件判決においてAAPAに依拠することが有効であるとされた主張を行なうことが、有効であると言えます。
[情報元]
1.IP Update (McDermott Will & Emery, February 10, 2022) “IPR Petition Cannot Be Based on Applicant Admitted Prior Art”
2.Qualcomm Inc. v. Apple Inc., Case Nos. 20-1558, -1559 (Fed. Cir. Feb. 1, 2022) 判決原文
3.Return Mail Inc. v. US Postal Serv. 2019年最高裁判決原文
[担当]深見特許事務所 野田 久登