UPCA発効に向けた最新状況
(最終更新日:2022年12月20日)
2022年1月19日配信の弊所IP情報「UPCA発効の予想されるスケジュールについて」においてUPCA発効に向けた最新状況についてご報告いたしましたが、その後、進展がありましたので以下にまとめてご報告いたします。
1.UPCAの現状と今後のスケジュールについて
(1)暫定適用期間の開始
欧州統一特許裁判所協定(Unified Patent Court Agreement: UPCA)を発効させて、欧州単一効特許(Unitary Patent: UP)および欧州統一特許裁判所(Unified Patent Court: UPC)を始動させるためには、UPCAのいくつかの条項の暫定適用を含む準備プロセスが実施されなければなりません。UPCAの開始準備のための二次的立法である暫定適用に関する議定書(Protocol on the Provisional Application: PPA)が発効するとそのような準備プロセスである暫定適用期間が開始されることになります。
既報の弊所IP情報「UPCA発効の予想されるスケジュールについて」では、2021年12月2日にオーストリアがPPAを批准したこと、およびオーストリアによる批准書の正式寄託により暫定適用期間が開始されることをご報告いたしましたが、その後、現地より2022年1月18日に批准書が寄託されたとの報告があり、1月19日から暫定適用期間が正式にスタートいたしました。これにより、UPC準備委員会は、UPCAがスタート時から完全に機能できるようにするための準備作業を正式に開始できるようになりました(準備作業には、各種手続法の採択、予算の策定、裁判官・管理スタッフの採用、議長の選出、ファイル管理システムの最終構成とテスト、ITインフラが適切にセットアップ・保護されていることの確認などが含まれます)。
(2)暫定適用期間の長さとUPCAの発効時期
UPCAは暫定適用期間の準備プロセスが完了すると発効することになっているので、UPCAの正確な発効日は暫定適用期間がどれくらいの期間を要するかによって決まります。UPC準備委員会は暫定適用期間はおそらくは8ヶ月程度はかかると予想しているようです。
また、ドイツはこれまで、UPC準備委員会がその作業を完了する時間を確保できるようにUPCAの批准書の正式寄託を差し控えてきましたので、UPCAの発効日はドイツがいつ正式にUPCAの批准書を寄託するかによって決まります。具体的には、UPCA加盟国が準備プロセスがほぼ完了したことに同意するとドイツはUPCAの最後の批准書を正式に寄託し、ドイツの寄託が行われた月のさらに4ヶ月経過後の月の最初の日にUPCAは発効することになります。たとえば、暫定適用期間開始の4ヶ月後の5月19日にドイツの寄託が行われたと仮定すると、その月のさらに4ヶ月経過後の9月の初日である9月1日にUPCAは発効することになります。
暫定適用期間の準備プロセスにどれだけの時間が必要か予測は困難ですが(8ヶ月では難しいとの見解もあり)、現時点ではおそらく2022年後半から2023年初頭にUPCAは発効するものとの見方が有力です。
(3)サンライズ期間
ドイツがUPCAの批准書を寄託してからUPCAが発効するまでの約4ヶ月の期間のうちUPCAの発効直前の3ヶ月がいわゆるサンライズ期間(Sunrise Period)となります。このサンライズ期間が開始すると、UPCAに加盟している1つ以上の国において有効化された既存の欧州特許、および係属中のEP出願について、UPCAが発効する前にUPCの裁判管轄からのオプトアウト(opt-out)を申請することができます(オプトアウトできる期間の終期はUPCの開始から少なくとも7年で最長14年の移行期間が満了する1ヶ月前まで)。オプトアウトについては後述します。UPCA発効までのスケジュールの概略は以下の通りです。
2.EPOの経過措置について
単一効特許への移行を円滑に行うために、欧州特許庁EPOは2022年1月のオフィシャルジャーナルにおいて以下に説明する経過措置を発表しました(https://www.epo.org/law-practice/legal-texts/official-journal/2022/01.html)。
(1)欧州特許付与の決定の発行を遅らせることを要求できること
単一効特許を取得するためには、UPCA協定が発効した後に特許付与された欧州特許について欧州特許公報におけるその旨の言及の公告(publication of the mention of the grant in the European Patent Bulletin)から1ヵ月以内に申請をEPOに対して行わなければなりません。したがって、UPCAの発効前の段階においてEPC規則71(3)によって許可可能とされたEP出願は、そのまま特許付与のための手続(EPC規則71(3)の通知への応答)を進めると、場合によってはUPCAの発効(今年の後半から来年の年初)前に特許付与決定されてしまい、出願人は単一効特許を選択する機会を失ってしまう恐れがあります。
そこでEPOは、EP出願の出願人がEPC規則71(3)の通知に応答する際に、欧州特許付与の言及の公告がUPCAの発効直後になるように特許付与決定を遅らせることをEPOに要求できるようにすることを予定しています。この手続きはドイツがUPCAの批准書を寄託した日から利用可能になり、規則71(3)の通知が発行されたEP出願に適用される予定です。より具体的に、EP出願に対してこのような特許付与決定の遅延請求を行おうとするときには、以下の3つ条件を満たしていることが必要です。
① ドイツによるUPCAの批准書の寄託が完了していること
② 当該EP出願に対してEPC規則71(3)の通知が発行されていること
③ EPC規則71(3)の通知において特許付与のために出願人に提示された明細書を未だ承認していないこと
したがって、現在すでに規則71(3)の通知が発行されていたり近日中に発行されるようなEP出願があった場合、その出願について上記の遅延の請求をすることができるか否かはドイツのUPCA批准書の寄託日との関係で決まります。
まず、下図のように規則71(3)の通知に対する4ヶ月の応答期間中にドイツによる批准書寄託があれば、その応答期間を最大限使ってドイツの批准書寄託後に規則71(3)の承認の応答とともに遅延の申請をすることができます。そうすればUPCAの発効後に特許付与の言及の公告がされるように特許付与決定が遅延され、単一効特許の選択の機会が得られます。
逆に、下図のようにドイツによる批准書寄託の前に、規則71(3)の通知に対する4ヶ月の応答期間の期日が到来しこれに応答した場合にはもはや遅延の申請はできなくなります。そうなると、UPCA発効前に欧州特許公報に特許付与の言及の公告がなされてしまい、単一効特許の選択の機会は失われてしまう場合がでてきます。
したがって、現在すでに規則71(3)の通知が発行されていたり近日中に発行されるようなEP出願があった場合、その出願について上記の遅延の請求をすることができるか否かはドイツのUPCA批准日との関係で決まります。前述のように現段階ではドイツの批准日は確定しておりませんので、遅延の申請を希望する場合には規則71(3)の応答をできるだけ引き延ばしながら批准の動向を注視する必要があります(なお、規則71(3)の通知の補正案を承認せずに規則71(3)の再発行によって応答期間の延長を狙う方法も考えられますが審査が再開されてしまうリスクも存在します)。
(2)単一効の要求を早期に行えること
新制度の下では単一効の請求は、欧州特許公報における欧州特許付与の言及の公告日から1ヶ月以内にEPOに対して行うことになっています。しかしながらEPOは新制度への移行準備で大変忙しく、UPCAが発効して新制度が開始した後から単一効特許の請求を受付け始めているとその登録処理に遅れが生じる懸念があります。
そこで、EPOは、ドイツによる批准書寄託からUPCA発効までの間に出願人が単一効特許の早期請求を提出することを容認する予定であり、これにより新制度がスタートすると単一効は直ちに登録されることが期待されます。
EP出願に対してこのような単一効特許の請求を行おうとするときには、以下の2つ条件を満たしていることが必要です。
① ドイツによるUPCAの批准書の寄託が完了していること
② 当該EP出願に対してEPC規則71(3)の通知が発行されていること
ただし、単一効特許の早期申請をすることは特許付与決定の遅延申請にはならないので規則71(3)に対する応答は、特許付与の言及の公告がUPCA発効後になるように行う必要があります。
これらの経過措置については、EPOのWebsiteに具体例を含めて詳細に説明されています(https://www.epo.org/law-practice/unitary/unitary-patent/transitional-arrangements-for-early-uptake.html)。
3.オプトアウトについて
(1)概要
オプトアウトとは、特許権者が統一特許裁判所UPCの裁判管轄から自身の欧州特許および欧州特許出願を除外するための手続きです。すべての欧州特許および欧州特許出願はオプトアウトされない限り、UPCの裁判管轄下に入ります。
特に、UPCA発効後に出願人が単一効を選択した単一効特許はオプトアウトできず必ずUPCで訴訟がなされますが、それ以外の欧州特許および欧州特許出願については、サンライズ期間の開始からUPCA発効後の移行期間(少なくとも7年で最長14年まで延長可能)の満了の1ヵ月前までオプトアウトが可能であり、自身の特許に関する訴訟を国内裁判所のみに提起できるようにすることができます。ただし、UPCでの訴訟が既に進行している場合には当該欧州特許はUPCの裁判管轄からもはやオプトアウトすることはできません。なお、オプトアウトの撤回も可能ですが一旦国内裁判所で訴訟が始まると撤回はできません。また一度撤回しても二度目のオプトアウトは認められません。
オプトアウトしていない場合であっても、上記の移行期間の間は、UPCだけではなく、欧州特許の侵害および無効に関する訴訟を国内の裁判所に提起することも依然として可能です。このようにオプトアウトしていない欧州特許は移行期間が満了するとUPCが専属管轄を有することになります。一方、一旦オプトアウトしていると、オプトアウトは移行期間が過ぎても当該特許が存続する限り有効です。
(2)オプトアウトの是非の判断について
一般的に、UPCの利点については以下のような点が挙げられています。
① 国ごとに訴訟を提起しなくてもUPCの集中化された裁判制度を介して権利行使が可能になります。コストの削減が図れる可能性もあります。
② UPCという集中化された裁判システムにより各国の国内裁判所によって判断が分かれるような事態を防ぐことができます。共通の控訴裁判所により地方部・地域部の判決の調和が図られていくことが予想されます。
③ UPCの第一審裁判所である地方部・地域部のほとんどにおける裁判手続きで英語を使用することができる見込みです。
④ 予備的な差し止め、証拠の押収や施設の検査が認められる見込みです。
一方、UPCの欠点しては以下のような点が挙げられます。
① UPCでの中央の手続き(1つの反訴または取消訴訟)により対象となる特許権が無力化されることがあり得ます(いわゆるセントラルアタック)。
② 現時点では制度がスタートしていないため裁判官のレベルが不明であり、かつ判決例の蓄積も無いため結果の予測性が低く、どのような判断や取り扱いがされるのかは制度がスタートするまで不明な点があります。
オプトアウトの是非について検討するときに重要な要素としては以下の点が挙げられます。
① 制度の様々な面が検証されていない現段階で中央での取消手続(セントラルアタック)を受けることのリスクがあります。このことから特許権者の多くは、新システムが始動してから初期の数年間は様子を見るために原則的にオプトアウトし、将来的にUPCでの手続きが望ましいと思えるようになった場合にオプトアウトを撤回することを考えるものと思われます(ただし国内で訴訟を起こされてしまうとUPCには復帰できなくなってしまします)。
② オプトアウトしていない場合であっても移行期間の間は、UPCだけではなく国内の裁判所に訴訟を提起することが可能である点は注目されます。当面はオプトアウトすることなく特許権者はどこで訴訟を起こすかを選択することが可能です。
オプトアウトの是非については特許の重要さ強力さを考慮してケースバイケースで判断する必要があると思われます。
[情報元]
① EPOのWebsite
https://www.epo.org/law-practice/unitary/unitary-patent/transitional-arrangements-for-early-uptake.html
https://www.epo.org/law-practice/legal-texts/official-journal/2022/01.html
② D Young & Co LLP “The Unitary Patent & The Unified Patent Court”18 February 2022
③ D Young & Co Patent Newsletter No.87 February 2022 “Countdown to the UPC: as launch preparations begin we answer your opt-out questions”
④ Newsletter February 2022 Maiwald Patentanwalts- und Rechtsanwalts-GmbH “The Unified Patent Court and the Unitary Patent”
⑤ IP Alert Munich – European Patent with unitary effect at the EPO LAVOIX IP ALERT “Preparations for the European Patent with unitary effect at the EPO”
[担当]深見特許事務所 堀井 豊