UPCA発効の予想されるスケジュールについて
欧州統一特許裁判所協定(UPCA)の発効のための準備段階(暫定適用期間)が間もなく始まろうとしています。
1.UPCA発効に向けたこれまでの経緯
欧州統一特許裁判所協定(Unified Patent Court Agreement: UPCA)を発効させて、欧州単一効特許(Unitary Patent: UP)および欧州統一特許裁判所(Unified Patent Court: UPC)を始動させるためには、まずUPCAの暫定適用に関する議定書(Protocol on the Provisional Application: PPA)を発効させることが必要です。UPCAの開始準備のための2次的立法であるPPAが発効すると、そこに規定されたUPCAのいくつかの条項の暫定適用を含む準備プロセスが開始されます。このPPAを発効させるためには13の欧州連合(European Union: EU)加盟国の批准が求められ、この13の加盟国のグループには、2012年に最も多く欧州特許が発行された3つの加盟国、すなわちドイツ、イタリア、フランスが強制的に含まれていました。
ドイツがUPCAおよびPPAの双方を批准する法律を2021年8月13日に発効させたことにより、PPA発効に必要な上記の必須3ヶ国による措置は完了しました(ドイツはPPAについては2021年9月に批准書をEU理事会に寄託しましたが後述するようにUPCAの協定本体については未だ寄託していません)。
しかしながら全体で13の加盟国によるPPAの批准を達成するためにはさらに2つの加盟国(オーストリア、ギリシャ、ルーマニア、スロベニア、マルタ、ポルトガルが候補)による批准が求められていました。UPC準備委員会はこれらの批准が2021年の秋の内に行われるであろうと予想しておりました。
2.UPCA発効に向けた最新状況
その後、予想通り2021年10月にまずスロベニアがUPCAおよびPPAを批准し、次いで2021年12月2日にオーストリア議会の上院(連邦参議院)がPPAを満場一致で承認し、オーストリアはPPAに参加する13の加盟国の最後の国になりました(オーストリアはUPCAの協定自体を2013年に批准済み)。オーストリア政府はPPAの批准書を早期にEU理事会に正式寄託することを期待されており(寄託の前にオーストリア連邦大統領による認証、連邦首相による署名、連邦公報への掲載が必要)、オーストリアによる批准書の寄託により暫定適用期間が発効し、UPC準備委員会は、UPCがスタート時から完全に機能できるようにするための準備作業を正式に開始できるようになります。
3.今後のスケジュールの予想
(1)暫定適用段階について
暫定適用段階のスケジュールは設定されていませんが、UPC準備委員会はその段階に6〜10ヶ月(おそらくは8ヶ月程度)かかると予想しています。
2021年9月24日にEU理事会の議長国が発表した覚え書きに記載されているように、この段階には、各種手続きを含むUPCAの二次立法(一次立法である基本協定を根拠に制定される法令)の採択、予算の策定、裁判官および管理スタッフの採用、議長の選出、ファイル管理システムの最終構成とテスト、およびすべてのITインフラが適切にセットアップおよび保護されていることの確認が含まれます。さらに、特許出願および特許付与後の有効化(validation)の手続きに関する欧州特許庁(European Patent Office: EPO)との作業協定はまだ完了していません。関係者の多くは、これらのステップのいくつかは重要な議論を必要とする可能性が高いことに注目しており、準備を完了するためのスケジュールを挑戦的なものであると考えています。
(2)UPCAの発効時期について
EU理事会議長国の声明で述べられているように、UPCAは、これらの準備が完了すると発効しますが、UPおよびUPCの正確な開始日は、暫定適用段階がどれくらいの期間を要するかによります。また、ドイツはこれまで、UPC準備委員会にその作業を完了する時間を与えるためにUPCAの批准書の正式寄託を差し控えてきましたので、UPCAの発効日はドイツがいつ正式にUPCAの批准書を寄託するかによって決まります。
今後の具体的スケジュールを時系列的に示すと以下の通りです。
① オーストリアが近日中にPPAの批准書を寄託し、暫定適用段階(6~10ヶ月)が開始します。
② UPCA加盟国が暫定適用段階がほぼ完了したことに同意すると、ドイツはUPCAの最後の批准書を正式に寄託します。
③ その寄託が行われた月のさらに4ヶ月経過後の最初の日にUPCAはようやく発効することになります。そしてUPCはその最初のケースを正式に取り上げることが可能になり、EPOでは単一効を持つ欧州特許UPが利用可能になります。すなわち、UPCは、欧州特許および単一効欧州特許に関する紛争を解決するための加盟国に共通の裁判所として設立されることになります。
その具体的な開始時期は推測の域を出ませんがおそらく2022年後半から2023年初頭になるものと思われます。
(3)サンライズ期間(Sunrise Period)について
上記のようにドイツがUPCAの批准書を寄託すると寄託の月の4ヶ月後にUPCAは発効しますが、この4ヶ月の期間のうちUPCAの発効直前の3ヶ月がいわゆるサンライズ期間となります。このサンライズ期間が開始すると、特許権者は、UPCAに加盟している1つ以上の国において有効化された既存の特許について、UPCがその活動を開始する前にUPCの裁判管轄からオプトアウト(opt-out)することができます(なお、オプトアウトできる期間はUPCの開始から7年(延長可能)が予定されている経過期間が満了する1ヶ月前までとなっております)。
4.UPCAの新しい法的形態
UPCAは単一効を有する欧州特許UPには必ず適用されて統一特許裁判所UPCで訴訟がなされますが、それだけではなく、UPCAを批准した加盟国については、既存の(単一効を有さない)欧州特許および欧州特許出願にもUPCAは自動的に適用されます。ただし、上記のようにUPCの開始から7年が予定されている経過期間の間は欧州特許の侵害および無効に関する訴訟を国内の裁判所に提起することが依然として可能です。
さらに、7年が予定される経過期間中にのみ欧州特許の特許権者は、自身の欧州特許に関する訴訟をUPCAから適用除外(オプトアウト)として国内裁判所のみに提起できるようにする手続きを取ることが可能です(撤回は可能)。このオプトアウトは経過期間が過ぎても当該特許が存続する限り有効ですが、経過期間満了後に付与された欧州特許はUPCの排他的な裁判管轄下に入ることになります。
オプトアウトすることにより特許権者は、この新しいシステムに参加しているすべての加盟国における特許の有効性に異議を唱える中央での取消訴訟を回避することができます(UPCがスタートして第三者が特許に異議を申し立ててしまってからではUPCの裁判管轄からオプトアウトすることはできません)。
5.実務上の注意
EUで事業を行う事業体はその知的財産戦略が、UPCが発効することおよび単一効果のある欧州特許が利用可能になることに適合しているかどうかを確認する必要があります。
特に特許権者はオプトアウトについて、オプトアウトの制度を使用するのか、するのであれば整然と行うためにどのように使用するのか、について早期に検討を開始する必要があります。その際の考慮点として以下のような項目があります。
(1)特許権者にとって有利と考えられる点
① UPCのシステムにおいては当該特許が有効なUPCA加盟国について単一の侵害訴訟を単一の裁判所で迅速に行うことができること。
② 訴訟のコストは、単一の国内裁判所で行う場合よりは高くなることが予想されるが、2ヶ国以上での国内裁判所で侵害訴訟を行う場合よりは安価になると予想されること。
③ UPCでの訴訟ではフランス式の差し押さえを認めており、裁判所が施設の検査を命じることができること。
(2)特許権者にとって不利と考えられる点
① UPCでの中央の無効手続きにより各国の特許が一度に失われるリスクがあること。
② UPCAとその手続規則によって訴訟の枠組みが形成されるが裁判例は制度がスタートしてから蓄積されていくので、今のところ均等論や差し押さえなどに関してUPCによってどのような判断や扱いがされるのかは不明であること。
[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | December 9, 2021 “European UPC Almost Ready to Launch as Austrian Parliament Approves Ratification”
② HOFFMANN EITLE QUARTERLY | December 2021 “UPC Update: Austria’s Federal Council Approved Ratification of the Protocol for Provisional Application – Unified Patent Court About to Be Established and Preparatory Phase to Commence”
③ TBK スナップショット|2021年12月 「UPC(統一特許裁判所)特別編」
④ D Young & Co Patent Newsletter | No.86 December 2021 UP & UPC: “latest update as Austria progresses towards ratification of PAP”
[担当]深見特許事務所 堀井 豊