ビデオ会議による口頭審理に関する欧州特許庁拡大審判部の決定
欧州特許庁(EPO)拡大審判部は、当事者が対面での口頭手続に出席できないような緊急事態においては、当事者の全員の同意を得ずに開催されたビデオ会議による口頭審理は、欧州特許条約の規定に反しないとの決定を下しました。
1.背景
(1)COVID-19パンデミックへの対応策としての、口頭審理でのビデオ会議の活用
ビデオ会議による審査部および異議部における口頭手続は、COVID-19の状況下でEPOの機能を確保するために2020年の4月から5月にかけてすでに実施されているものです。EPOの審査および異議手続において、毎月数百件の口頭手続が行われているところ、2020年にビデオ会議の口頭手続が導入される前は、予定されていた審査および異議の口頭手続がほとんど実施できなかったため、コロナウイルスのパンデミックが、当事者および公衆にとっての法的確実性に重大な悪影響を及ぼしました。
(2)拡大審判部への質問の付託
審判事件T1807/15における2021年3月12日の中間決定で、当該審判事件の担当部門である技術審判部は、EPC第112条(1)(a)に基づき、拡大審判部に、「EPC第116条(1)に照らして、審判手続において、全ての当事者の同意がなくてもビデオ会議により口頭審理を行なえるかどうか」という質問を付託しました。この付託には、拡大審判部の事件番号「G1/21」が付されています。この付託に関しては、以下の項目2で述べるように、2021年7月16日に決定が公表され、その理由については、2021年10月8日に発表されています。
(3)審査部、異議部における口頭手続に関するEPOの決定
上記付託G1/21は審判手続に関するものですが、審査部および異議部における口頭手続にも関連することから、EPO長官は2021年3月24日のプレスリリースで、「法的確実性および司法アクセスへの影響を慎重に検討した結果、当該付託の係属中も、引き続き、審査部および異議部における口頭手続を、現在の運用のとおり、当事者の明示的な合意を必要とせずにビデオ会議により実施することを決定した」と発表しました。
(4)審判部の新たな手続規則第15a条の施行
他方、EPO審判部は、2021年3月24日、ビデオ会議による口頭手続に関する審判部の手続規則の新たな第15a条が、2021年3月23日に欧州特許機構管理理事会によって承認され、2021年4月1日に施行する旨、ニュースリリースにて公表しました。
審判手続規則第15a条は、審判部がEPC第116条に基づく口頭審理を行なうことが適切であると判断した場合には、当事者の要請または自らの発議により、ビデオ会議による口頭審理を行なうことを決定できることを定めています。
当初は全ての当事者が同意した場合にのみ実施されていた、審判事件におけるビデオ会議による口頭審理が、2021年1月1日以降は、適切な場合には当事者の同意がなくても実施されていました。この規則第15a条は、COVID-19パンデミックと、それに伴う渡航制限等を考慮して、そのような実務を確認的に規定するために、審判部委員会および管理理事会が導入されたものであるとされています。
2.付託G1/21に関する拡大審判部の決定とその理由
(1)審判部におけるビデオ会議による口頭手続の欧州特許条約(EPC)との整合性に関する決定の公表
欧州特許庁(EPO)拡大審判部は、2021年7月16日、EPO審判部のプレスリリースで、ビデオ会議による口頭手続の欧州特許条約(EPC)との整合性に関する質問付託(G1/21)について、次のような決定を公表しました。
『審判部における口頭手続は、EPOの敷地内で対面での口頭手続に当事者が出席する可能性を損なうような、社会の大部分に共通の緊急事態(general emergency)の期間中は、当事者の同意がなくてもビデオ会議により実施可能である。』
質問付託(G1/21)が出されてからこの決定に至るまでに時間を要したのは、拡大審判部での審理中、EPC第24条(除斥および忌避)の規定に基づく参加異議が、その拡大審判部の構成員の何人かに対して提起されたため、拡大審判部が、議長と構成員1名を、審判手続規則第15a条の制定の準備に彼らが以前関与していたとの理由で、交代させることを決定したことによるものです。
(2)拡大審判部の上記決定の理由の発表
拡大審判部は、質問付託(G1/21)についての、2021年7月16日に公表した決定の理由について、2021年10月28日のプレスリリースで、次のように発表しました。当該理由については、下記「情報元2」に、56項目に渡って詳細に述べられています。
(i)付託の範囲の限定
拡大審判部は、まず、付託された質問が、付託した技術審判部において事件の決定を行なう上での必要性を超える広い範囲をカバーしていると判断し、付託の範囲を、審判部での口頭審理に限定するとともに、付託が出された時の具体的な状況であるCOVID-19パンデミックという緊急事態の場合に限定しました。
(ii)EPC第113条、第116条との整合について
拡大審判部は、ビデオ会議の形での口頭審理は、口頭審理について規定するEPC第116条の意味における口頭審理であり、通常、手続の公正性の原則およびEPC第113条(1)に基づく審理を受ける権利を遵守するのに十分であると判断しました。拡大審判部は、EPC第116条に基づく口頭審理の対象と目的は、当事者に彼らの言い分を口頭で主張する機会を与えることであると述べました。EPC第116条からは、決定機関での対面での口頭審理のみへの制限は読み取れません。
(iii)ビデオ会議による口頭審理の弱点の認定
また拡大審判部は、ビデオ会議による口頭審理は、少なくとも当面は、すべての参加者が法廷に実際に出席している(physically present)場合に可能なレベルのコミュニケーションを提供できないことを認めました。
(iv)当事者の同意について
拡大審判部はまた、当事者の同意の役割を評価しました。これに関連して、対面でのヒアリングが最適な形式であると述べました。当事者が口頭審理を対面で行なうことを希望する場合には、事件がビデオ会議による口頭審理に適しており、かつ、口頭審理に出席する当事者の能力に影響を与える制限および障害が、対面で行なわないことを正当化する場合にのみ、審判部の裁量による決定によって、対面での口頭審理を行なうことを拒否することができます。
COVID-19パンデミックなどの、社会の大部分に共通の緊急事態の間や、当事者が対面で口頭審理に参加する能力に影響を与える障害は、口頭審理を対面で開催したいという彼らの希望を否定する正当な理由を構成する可能性があります。このような障害は、渡航制限または渡航の混乱、検疫義務、欧州特許庁の敷地内へのアクセス制限、または病気の蔓延を防ぐことを目的としたその他の健康関連措置等が挙げられます。
拡大審判部はまた、パンデミックの際にビデオ会議による口頭審理が当事者の同意を得てのみ開催されるとした場合、多数の事件を延期しなければならず、延期すべき期間も予測困難であるため、司法の管理に深刻な損害をもたらすと考えました。
3.実務上の留意点
拡大審判部の上述の理由からは、拡大審判部は、対面での口頭審理が「ゴールドスタンダード」であって、ビデオ会議による口頭審理はあくまで、COVID-19パンデミックの状況下における特例的措置であると考えていることが伺えます。拡大審判部がCOVID-19パンデミック後のビデオ会議による口頭審理の問題に直接的には言及しておらず、パンデミック後に、対面での口頭審理を拒否してビデオ会議による口頭審理を求めることの「正当な理由」として認められるためには、かなり高いハードルを越える必要があるものと予想されます。
たとえば、ビデオ会議により効率が向上することや、口頭審理をビデオ会議で適切に行える設備(会議室、通訳施設等)を有すること等は、「正当な理由」にはなりません。
また、EPO長官が2021年3月24日発表した、「当該付託の係属中も、引き続き、審査部および異議部における口頭手続を現在の運用のとおり当事者の明示的な合意を必要とせずにビデオ会議により実施する」との決定についても、拡大審判部は必ずしも肯定的には見ていないことが読み取れることから、パンデミック後には、審査部、異議部における口頭手続に関するEPOのそのような決定を否定する可能性があることに留意すべきです。
したがって、日本の当事者は、COVID-19パンデミック後を考慮して、EPOでの口頭審理に際して、単に遠隔であることの不利益を解消する目的でビデオ会議に頼ることを避けて、原則対面での審理を受け入れることが好ましく、それでもなおビデオ会議での出席を求める場合には、対面ではなくビデオ会議を採用することの「正当な理由」を、予め綿密に準備しておくことが推奨されます。
[情報元]
1.「Press Communiqué of 28 October 2021 on referral G 1/21 to the Enlarged Board of Appeal」Oct.28, 2021(EPOホームページ)
2.BoA Bibliographic files より、”G0001/21 (Oral proceedings by videoconference) of 16.7.2021″(EPOホームページ)
3.D Young & Co.”T1197/18:clarification of the video conferencing order issued on G 1/21″ October 20, 2021
4.「欧州特許庁(EPO)拡大審判部、審判部におけるビデオ会議による口頭手続の欧州特許条約(EPC)との整合性に関する決定を公表」2021年7月16日(JETROデュッセルドルフ事務所)
5.「欧州特許庁(EPO)、ビデオ会議による口頭手続の実施の継続等について公表」2021年3月25日(JETRO デュッセルドルフ事務所)
6.「欧州の知財関係当局、新型コロナウイルスの手続等への影響に関する情報を公表・更新」2020年11月19日(JETROデュッセルドルフ事務所)
[担当]深見特許事務所 野田 久登