準備書面における矛盾する主張により非侵害と判断されたCAFC判決紹介
CAFCは、準備書面における侵害の主張の基礎となるクレーム解釈が、当該準備書面の他の部分における無効論の陳述と矛盾するとして、侵害の主張を却下しました。
CommScope Technologies LLC v. Dali Wireless Inc., Case No.20-1817; -1818(Fed. Cir. Aug. 24, 2021)
1.事件の概要
米国連邦巡回控訴裁判所(the US Court of Appeals for the Federal Circuit: CAFC)は、特許権者によるクレーム解釈の不十分な展開による攻撃を却下するとともに、特許権者が、被疑侵害品と先行技術とが共有する重要な特徴によって当該先行技術がクレーム発明から区別されると主張した場合においては、特許は非侵害であることを認定しました。
2.事件の経緯の概要
(1)事件の発端
CommScope Technologies社とDali Wireless社とはどちらも無線通信業界に属する企業です。まず、CommScope社が電気通信技術に関する5件の自社特許に対する侵害でDali社をテキサス州北部地区連邦地方裁判所に訴え、その後、Dali社は、同じく電気通信技術に関する2件の自社特許をCommScope社が侵害したとして反訴しました(事件番号No. 3:16-cv-00477-M)。
(2)地裁での経緯
第一審において、地裁は、双方の当事者による「法律問題としての判決(Judgement as a Matter of Law: JMOL)」を求める申立と新たな事実審を求める申立を却下した上で判決を下しました(JMOLとは連邦民事訴訟規則50(a)により当事者に不利な陪審評決を支持する証拠が十分に存在しない場合に当事者の申立(motion)により裁判官が下す判決です)。
(3)CAFCへの上訴
これに対して当事者双方がCAFCに上訴および交差上訴しました。
上訴および交差上訴は、数件の特許を対象とし、侵害と特許の有効性に関する非常に多くの争点を含んでおりましたが、今回のCAFC判決では、Dali社の反訴に係る特許の1つ(米国特許第9,031,521号:以下、521号特許)の侵害および有効性の2つの争点のみに対処しました。なぜならこれら2つの争点を除く他の多くの争点は、取り立てて議論することなく地裁の判断を肯定することができるものであったからです。地裁では、Dali社の521号特許に関してCommScope社は、非侵害および特許無効のJMOLの申立をしておりましたが、いずれも却下されました。
CAFCは地裁の判断について、非侵害の申立を却下した判断を覆す一方、特許無効の申立を却下した判断は支持しました。すなわち、Dali社の512号特許は有効であることは認めましたが、CommScope社による侵害は認めませんでした。
3.521号特許、被疑侵害品、先行技術の内容
(1)521号特許の内容
Dali社の521号特許は、携帯端末や携帯電話との無線通信技術に関するものです。これらの装置は通常は信号を増幅するための電力増幅器を備えていますが、そのような増幅は信号に意図しない歪みを生じさせることがあります。521号特許は、信号が増幅されたときに発生する歪みを相殺するために信号を予め歪ませる方法に関するもので、そのためにフィードバックループとルックアップテーブルとを使用しています。
より具体的に521号特許は、2つのモードを開示しています。
①トレーニングモード:
フィードバックループが動作してルックアップテーブルを更新するモードです。このトレーニングモードにおいてフィードバックループは、電力増幅器からフィードバックされた出力信号を用いて予め歪ませる値をデジタル的に算出しルックアップテーブルに記憶させておきます。
②動作モード:
特定のコントローラがオフになってルックアップテーブルが更新されなくなるモードです。この動作モードにおいては、信号が電力増幅器に送られる前にルックアップテーブルに記憶された値を用いてこの信号を意図的に予め歪ませておくことによって、信号が増幅された後には歪みが生じていないようにされます。
特に、521号特許のクレーム1は、「動作モード」に関連して、“switching a controller off to disconnect signal representative of the output of the power amplifier”と記載しております。
(2)CommScope社の被疑侵害品の内容
CommScope社の製品は、無線の届く範囲を拡張するために電柱に接地するアンテナシステムであり、521号特許と同様に、予めの歪みを計算するために電力増幅器からのフィードバック信号を解析します。521号特許と異なるのは、被疑侵害品には2つの電力増幅器があり、予め歪ませる値を計算するために2つの電力増幅器からのフィードバック信号間でセレクタスイッチが継続的に選択を行うことにあります。
(3)先行技術の内容
CommScope社が主張した先行技術文献の1つ(Wright引例: 米国特許第6,587,514号)は、521号特許と同様に、予めの歪みの値を計算するために電力増幅器からのフィードバック信号を用いる、デジタル的な歪みを予めもたらすシステムを開示しています。このWright引例はまた一方で、CommScope社の被疑侵害品と同様に、複数の電力増幅器と、電力増幅器のフィードバック信号のうちの1つを連続的に選択するスイッチ(マルチプレクサ)とを含むシステムを開示しています。
4.CAFCの判断
侵害および有効性に関する中心的な争点は、521号特許のクレーム1において、「動作モード」に関連する“switching a controller off to disconnect signal representative of the output of the power amplifier”というステップの解釈であり、このうち“switching a controller off”という記載を「コントローラを非動作状態(a nonoperating state)に切り換えること」を意味するものと解釈できるかどうか、ということでした。
CAFCへの上訴に際して、CommScope社は、CommScope社の製品がDali社の521号特許を侵害しているという陪審員の判断をサポートする実質的な証拠がない、と主張しました。CommScope社は特に、上記の“switching a controller off”という521号特許のクレームの文言は「コントローラー自体を非動作状態に切り換えること」を意味しており、これにCommScope社の被疑侵害品が適合するということを証明する証拠をDali社が提出していないと主張しました。
Dali社は準備書面においてこのクレーム解釈に対する反論を行いました。すなわち、システムがトレーニングモードに戻る際にはコントローラがスイッチをオンに戻す必要があるので、コントローラ自体がオフになるという主張はナンセンスである、という主張を行いました。しかしながら、CAFCは次の理由により、Dali社の主張を否定しました。
第一に、Dali社はその準備書面の脚注においてのみ上記の主張を提示していますが、そのような主張は有効ではありません(SmithKline Beecham Corp. v. Apotex Corp., 439 F.3d 1312, 1319–20 (Fed. Cir. 2006))。
第二に、たとえその主張が脚注ではなく準備書面の本文にあったとしても、その議論は十分には展開されていません。CAFCが控訴審において実体審理を行うためには十分な議論が展開されていなければならず、控訴人がわずか1つのパラグラフで争点を提起しているような場合にはそのような争点は有効に扱われません(Game & Tech. Co. v. Wargaming Grp.
Ltd., 942 F.3d 1343, 1350 (Fed. Cir. 2019))。
最後に、そして最も重要なこととして、その主張は、その準備書面の他の部分でのDali社の陳述と矛盾します。CAFCは、被疑侵害品と先行技術とが同じ動作をするスイッチを持っていることを前提に、Dali社が521号特許のクレームを被疑侵害品に適用することと先行技術(Wright特許)に適用することと関して、一貫性のない立場をとっていると批判しました。
すなわち、Dali社は準備書面において、侵害論については、システムがトレーニングモードに戻る際にはコントローラがスイッチをオンに戻す必要があるので、コントローラ自体がオフになるというCommScope社の主張はナンセンスである、と主張する一方で、無効論については準備書面の別の部分において、Wright特許から区別するために521号特許のクレーム1は、トレーニング回路からの電力増幅器の出力を切断するために、コントローラがコントローラ自体とスイッチとを非動作状態に置く、と主張しています。
CAFCは、本件訴訟は、「特許は、一方では新規性拒絶を回避するために、そして他方では侵害と判断するために、『人の言いなりになる人(a nose of wax)』のように、ねじれた状態で解釈することはできない」という原則の下にあると述べました。
CAFCは、侵害を裏付ける実質的な証拠はないと判示しました。なぜなら、被疑侵害品におけるコントローラ自身が、クレームされた「非動作状態」に入るという証拠がなかったからです。この結果、結論としては、CAFCは521号特許に関しては、CommScope社による非侵害のJMOLの申立を却下した地裁の判断を覆し、一方でCommScope社による521号特許は無効であるとのJMOLの申立を却下した地裁の判断を支持しました。
[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | September 2, 2021 “Footnote Doesn’t Preserve Claim Construction Argument, but Patent Owner Must Observe ‘Nose of Wax’ Principle”
② CommScope Technologies LLC v. Dali Wireless Inc., Case No.20-1817; -1818(Fed. Cir. Aug. 24, 2021)判決原文
[担当]深見特許事務所 堀井 豊