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コンテンツベースの識別子特許の特許適格性に関する米国CAFC判決

 コンテンツベースの識別子に関する特許について、連邦巡回控訴裁判所は、米国特許法101条の下で特許適格性がないと認定した、地裁の決定を維持する判決を下しました。
PersonalWeb Techs. LLC v. Google LLC, YouTube, LLC, Case No. 20-1543 (Fed. Cir. Aug. 12, 2021)

1.背景(1)特許適格性に関する米国特許法101条の規定について
 米国特許法101条は、「方法、機械、製造物若しくは組成物」を、特許の対象とするものと規定していますが、同条の規定にかかわらず、「自然法則(laws of nature)」、「自然現象(natural phenomena)」、および「抽象的アイデア(abstract idea)」については、判例の蓄積による「判例法上の例外(judicial exception)」として、特許適格性が否定されています。米国では、判例に基づいて規定されたUSPTOの審査基準にしたがって、特許適格性があるかどうかが判断されています。
(2)Mayo/Aliceの2パートテストについて
 特許の適格性を評価するために、本件判決においてCAFCは、Mayo事件最高裁判決(2012年)およびAlice事件最高裁判決(2014年)に基づくMayo/Aliceの2パートテストを適用しました。Mayo/Aliceの2パートテストは、米国特許法101条に規定する特許適格性を、次の2つのステップにより判断するものです。
 ステップ1:特許クレームが、判例法上の例外としての「自然法則」、「自然現象」、「抽象的アイデア」のいずれかを対象とするかどうかを判断。
 ステップ2:これらのいずれかを対象とする場合、特許適格性を有しない主題を、特許適格性を有する応用(patent eligible application)に変換するのに十分な発明概念が、付加的要素としてクレームに含まれるかどうかを判断。
(3)PersonalWeb社による提訴
 PersonalWeb社は2011年に、テクノロジー企業を3件の自社特許を侵害するとして、テキサス州東部地区の地方裁判所に提訴しました。これらの特許は、ハッシュアルゴリズムによって生成され、コンテンツが変更されると変更され、データ管理機能を実行するために使用される、実質的にユニークなコンテンツベースの識別子(すなわち、データ項目の内容に応じて実質的に一意に特定される識別子)を各データ項目に割り当てるデータ処理システムを対象とするものです。
 テキサス州地裁でのクレーム解釈の後、被告の申し立てにより、訴訟はカリフォルニア州北部地区の地方裁判所へ移送されましたが、対象の特許について米国特許審判部(Patent & Trial Appeal Board: PTAB)でいくつかの当事者系レビュー(Inter Partes Review: IPR)が行われる間、訴訟の審理が中断されました。
 対象となる特許に関するIPRの審決に対してCAFCに上訴された審決取消訴訟の判決においてCAFCは、「データ管理にハッシュベースの識別子を使用することが先行技術で開示され、バックアップなどのファイル管理機能を実行する際のコンテンツベースの識別子も既知であり、クレームのその他の記載も独立して特許性を有する特徴とはならない」というPTABの決定を支持していました。
 IPRが行われる間の訴訟の中断が解除された後、カリフォルニア州北部地区地裁は、「特許クレームは特許法101条の下で特許不適格である」という判決を求める被告の申立てを認めました。
 それに対してPersonalWeb社は、CAFCに上訴しました。

2.CAFCの判断
 CAFCは、PersonalWeb社の上訴に対して、クレームは特許法101条の下で特許不適格であるとする地裁の決定を支持する判決を下しました。CAFCの具体的な判断内容は、以下のとおりです。
 (1)Mayo/Aliceの2パートテストに基づく認定
 上述のMayo/Aliceの2パートテストを適用して、CAFCは次のように認定しています。
 (i)ステップ1による判断
 まずMayo/Aliceの2パートテストのステップ1により、CAFCは、クレームされた発明の先行技術に対する改良点を中心に検討し、クレームが抽象的なアイデアに向けられていると認定しました。その理由としてCAFCは、以下のように述べています。
『クレームはデータ項目へのアクセスの制御、データ項目のコピーの取得と配信、データ項目のコピーの削除のマーク付けなど、クレームされたデータ管理機能を実行するためのアルゴリズム生成のコンテンツベースの識別子の使用に向けられている。
 これらの機能は「人間の心の中で実行できる」、あるいは「鉛筆と紙を使用して」行なう単なる思考プロセス(mental process)であり、クレームされた発明が焦点を当てているのは、「一般的なコンピュータを使用した、手動プロセスの単なる自動化」である。
 Mayo/Aliceのステップ1による判断では、クレームの各限定を個別に評価するのではなく、クレームの「全体としての性格」が注目される。そのような観点から、クレームされた発明は、個々の抽象的アイデアのプロセスの単なる組合せに過ぎない。』
 それに対してPersonalWeb社は、特許クレームは「コンピュータネットワークの領域で特に発生する問題を克服するために、コンピュータ技術に根ざした解決策を提供する」と主張して反論しましたが、CAFCは、クレームされた発明による効率の改善は、被告が挙げた、「図書館」の例におけるものと変わりなく、やはり抽象的アイデアに過ぎないとの見解を示しました。(被告は、特許無効の主張に際して、『特許クレームの発明は、本の大きさなどに応じて一意的に決まる、図書整理番号(call number)としての識別子(unique identifiers)を本に割り当てる「図書整理システム(call system)」に基づいて、しばしば図書館員が本を捜し出したり、内容の特定により見出された本の重複を排除したりすることを、コンピュータ環境で実行しているに過ぎない』という趣旨の主張をしていました。)
 (ii)ステップ2による判断
 またMayo/Aliceのステップ2による判断では、CAFCは、特許適格性を有しない主題を特許適格性を有する応用に変換するのに十分な発明概念を、クレームに見出せないとの判断を示しました。
 PersonalWeb社は、クレームに記載の発明は、暗号化ハッシュの独創的な使用を適用していると主張しましたが、CAFCは、このようなハッシュアルゴリズムの使用は新規でも非自明でもないことがすでに判明しており、従来の名前の代わりにコンテンツ依存の暗号化ハッシュを使用しているとしても、抽象的アイデア以上のものを提供しないとの見解を示しました。

3.実務上の留意点
 本件CAFC判決から、実務上留意すべき点として、次の事項が読み取れます。
 (1)発明の進歩性を主張するに際しては、技術的進歩の説明において、コンピュータ環境で実行することによる単なる自動化に過ぎないと判断されるような主張を避けるように心掛ける必要がある。
 (2)上記本文中では言及しておりませんが、下記の情報元1によれば、本件判決と同時に発表されたCAFCの付帯意見において、クレームでの「または」の語の使用が問題にされました。この付帯意見に基づけば、クレームにおける「[A]または[B]」との表現は、[A]と[B]との間に互換性がある(interchangeable)場合に用いる必要があり、クレームでそのような表現を用いる場合には、明細書およびクレーム全体において、[A]と[B]とが互換性を有するという意図をもって発明を説明する必要があることに留意すべきであるとのことです。

4.特許適格性に関する、その他の最近の主なCAFC判決
 Mayo事件最高裁判決(2012年)およびAlice事件最高裁判決(2014年)以降、米国特許法101条の特許適格性に関する多くのCAFC判決が出ています。それらのうち、本件判決より前に出された最近の2件のCAFC判決に、簡単に触れておきます。
 (1)American Axle事件CAFC修正パネル判決(2020年7月)
 Mayo/Aliceの2パートテストを適用して、CAFC修正パネルは、「自動車のシャフト部材の製造方法」を記載した特許クレームの文言は、質量と剛度の振動数に関する自然法則であるフックの法則を利用することに向けられたにすぎず(ステップ1)、また、これを特許適格性のある主題に変換する発明概念を開示していない(ステップ2)として、特許適格性を否定しました。
 本件判決については、American Axle社によりCAFC大合議による再審理が請求されましたが却下され、その後2020年12月に、最高裁に上告受理申し立てがされています。
 なお、American Axle事件については、下記情報元3に詳細に論説されています。
 (2)Yu v. Apple事件判決(2021年6月)
 この判決が対象とする特許クレームは、デジタルカメラの発明を記載しており、当該デジタルカメラは、2つの画像センサのそれぞれから生成される画像をデジタル化するA/D変換回路、デジタル画像を記憶する画像メモリ、この画像メモリに接続され、1つのデジタル画像によって他のデジタル画像の画質を向上する、デジタル画像プロセッサとを備えています。
 CAFCは、複数の画像を用いて相互の画像を向上させるという概念は公知であり、クレームには従来的なカメラの一般的構成要素とその基本的な機能が記載されているに過ぎないとして、特許法101条の特許適格性を有しないと判示しました。

[情報元]
 1.IP UPDATE “Without More, Mere Automation is Abstract—Not Construing interchangeable Terms Doesn’t Give Them the Cold Shoulder (By Jiaxiao Zhang on Aug. 19, 2021)
 2.PersonalWeb Technologies LLC v. Google LLC, 他(Case No. 20-1543他) CAFC判決原文
 3.IPジャーナル18号「American Axle事件における特許適格性要件の解釈と米国特許法101条改正の最新動向」(知的財産研究教育財団)
 4.パテントVol.73, No.10 「米国特許法101条(特許適格性)関連のCAFC判決から見た101条拒絶に対する対応策」(日本弁理会)
 5.Yanbin Yu, Zhongxuan Zhang v. Apple Inc. (Case No. 2020-1760) CAFC判決原文

[担当]深見特許事務所 野田 久登