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デュープロセス等に基づく、PTABによる特許権者の権利侵害を認めた米国CAFC判決

 連邦巡回控訴裁判所は、クレームの用語の解釈に関する、当事者の以前の合意とは異なる特許審判部の独自の解釈について、当事者に対処する機会を与えなかったことに関し、特許審判部がデュー・プロセスおよび行政手続法に基づく特許権者の権利を侵害したとして、特許審判部の決定を破棄し、差し戻しました。
Qualcomm Inc. v. Intel Corp., Case Nos. 2020-1589~2020-1594 (Fed. Cir. July 27, 2021)

1.本件の背景
(1)Intel社による当事者系レビューの申請
 Qualcomm社が、複数の無線周波数信号を同時に処理する回路のパワートラッキング電圧を生成する技術に関する自社の特許を侵害するとしてIntel社を提訴した後、Intel社は、Qualcomm社の当該特許の有効性に異議を唱える6つの当事者系レビュー(inter partes reviews: IPR)を申請しました。
(2)IPRにおける当事者の主張
 Qualcomm社とIntel社とは、「複数のキャリア集約送信信号」というクレーム用語について、異なる解釈を提示していましたが、どちらの当事者も、特許審判部(Patent & Trial Appeal Board: PTAB)における審理、および、米国国際貿易委員会(US International Trade Commission: USITC)において並行して行われた手続きのいずれにおいても、「複数のキャリア集約送信信号」を、ユーザー帯域幅を増やすための信号であることに限定して解釈すべきことについては、当初から争いがなく同意したものとみなされました。なお、USITCにおいては、「ユーザー帯域幅の増加」の限定を含めた解釈により手続きが進められていました。
(3)PTABの決定
 しかしながら、IPRの口頭審理中に、クレーム解釈に帯域幅の増加の限定を含めることについて、PTABの審判官の一人がIntel社に対して、「帯域幅を増やすことを必要とするのは何が目的でサポートはどこにあるのか?」と質問し、Intel社は、「ユーザ帯域幅に関する部分を除去してもらって結構」という旨の回答をしました。これに対し、Qualcomm社に対してはどの審判官も、帯域幅の増加という要件についての質問は行っていません。その後は、クレーム文言の他の論点について議論があっただけで、結局、帯域幅の増大については議論されることなく審決に至りました。
 PTABは最終的に、異議を申し立てられたすべての特許クレームの発明は特許性がないと結論付けた、6つの最終的な書面による決定を発行しました。その決定に際してPTABは、「複数のキャリア集約送信信号」という用語を「複数のキャリアで送信するための信号」を意味すると解釈する際に、「信号が帯域幅を増加または拡張する」という限定を省きました。
 PTABはまた、パワートラッカーに関する「単一のパワートラッキング信号を決定するための手段」という限定は、ミーンズ・プラス・ファンクションの限定であることから、当該手段は、米国特許法第112条(f)の規定に基づいて、集積回路基板である「パワートラッカー582」の構造に限定して解釈すべきであると主張しました。
(なお、米国特許法第112条(f)は、ミーンズ・プラス・ファンクションクレームの解釈について、次のように規定しています。
『組合せに係るクレームの要素は,その構造,材料又はそれを支える作用を詳述することなく,特定の機能を遂行するための手段又は工程として記載することができ,当該クレームは,明細書に記載された対応する構造,材料又は作用,及びそれらの均等物を対象としているものと解釈される。』)
(4)Qualcomm社によるCAFCへの提訴
 Qualcomm社は、次の点を主張して、連邦巡回控訴裁判所(Court of Appeals for the Federal Circuit: CAFC)に提訴しました。
 (i) 「複数のキャリア集約送信信号」のPTABの解釈についての通知を受け取っておらず、また、それに対処するための適切な機会が与えられなかったこと、および
 (ii) PTABがパワートラッカーの構成にアルゴリズムの限定を含めなかったことから、パワートラッカーについてのPTABの解釈が誤っていたこと。
2.CAFCの判断
 CAFCは、PTABのクレーム解釈については支持しましたが、その解釈について当事者等に適切に通知していなかったと認定して、PTABの決定を破棄し、差し戻しました。
 CAFCの具体的な判断内容は、以下のとおりです。
(1)PTABによるクレーム解釈に対応するための当事者への通知と機会の付与について
 まず、CAFCは、判例に基づいて、IPRの場合、PTABは特許所有者に、主張された事実と法律の問題を適時に通知し、また、すべての利害関係者に事実の検討の機会を与えなければならず、また、憲法で保障されたデュープロセスがさらに、事実の完全かつ正確な開示のために、当事者に反論の機会を与えることを要求していると述べました。
 一方、CAFCは、解釈に争いのあるクレームの用語について、行政手続法(Administrative Procedure Act: APA)に抵触することなく、どちらの当事者も提示しない解釈をPTABが採用することができ、またPTABは、解釈に争いのあるクレームの用語について、当事者により提示された解釈から逸脱した解釈をしたとしても、必ずしもAPAに違反するわけではないとの判断を示しました。
 しかしながらCAFCは、当事者間ですでに合意されている「帯域幅の増加」を要件とするクレーム解釈から逸脱しているPTABの解釈について、当事者が通知を受けておらず、また、USITCが「帯域幅の増加」の要件をすでに採用して手続きを進めていたという状況下において、当事者が、クレームの用語の解釈が依然としてが問題となっていると考えることは非現実的であると判断しました。その結果CAFCは、当事者に反論等を行なう適切な機会を提供するために、PTABのクレーム解釈について当事者等に通知する義務を、PTABが有していたと結論付けました。
 それに対してIntel社は、次のように主張しました。
『PTABに手続的な違反があったと想定しても、
 (i) Qualcomm社は、PTABの措置により不利益を受けたことを立証しておらず、
 (ii) IPRの口頭審理において、すでにQualcomm社に対して通知がなされ、対応する機会が提供されており、
 (iii) Qualcomm社にとって、PTABに再審理を要請するという選択肢を有していたことは、PTABのクレーム解釈に対応する機会が適切に提供されていたと言える。』
 CAFCはIntel社のこれらの主張に同意しませんでした。CAFCは、Qualcomm社が、特許性の主張に際して、「先行技術は帯域幅の増加について開示していない」と主張していたため、PTABによる「帯域幅の増加」の要件を削除した解釈により、Intel社が立証責任を負う要素が排除され、Qualcomm社の主張には妥当性がなくなったと認定しました。
 CAFCはまた、「Qualcomm社が通知を受けて、対応の機会を与えられていた」とするIntel社の主張に同意しませんでした。CAFCは、PTABがクレーム解釈を当事者に通知せず、この点に関してQualcomm社に質問もせず、また、PTABが命じたブリーフィングにおけるヒアリングの内容は、他の用語の問題に限定されていたため、PTABの解釈についてQualcomm社に反論する機会を提供しなかったと認定しました。
 Intel社の上記(iii)の主張に関して、CAFCは、過去の判決の判旨に基づいて、当事者が、上訴対象となるPTABの決定からの救済を求めるために、上訴前にPTABに対して再審理を求める必要はないと述べました。
 さらにCAFCは、過去の最高裁判決(Darby v. Cisneros)に基づいて、IPRにおけるPTABの最終的な書面による決定は、それによってIPRの手続きが終了していることから、行政法上の「最終」の手続に該当し、APAの下で、行政法上の救済が尽くされたかどうかを判断するまでもないとの見解を示しました。
(2)ミーンズ・プラス・ファンクションクレームによる回路アルゴリズムについて
 CAFCは、PTABによるパワートラッカーの限定の解釈に誤りはないと判断しました。両当事者は、この限定がミーンズ・プラス・ファンクションの表現で記載されていることに同意していました。PTABは、「単一のパワートラッキング信号を判定する」ことがパワートラッカーの機能であると判断し、この機能を果たす手段が、コンピュータではなく、開示された具体的なパワートラッカー回路に対応すると認定しました。
 それに対してQualcomm社は、パワートラッカーを実装できるICに加えて、対応する構造にその回路をプログラミングするためのアルゴリズムを、クレームの解釈に含める必要があると主張しました。
 これに応えてCAFCは、過去の判決に基づいて、以下の点を確認しました。
『(i)開示された構造が、汎用コンピューターではなく、アルゴリズムを実行するようにプログラムされたコンピューターまたはマイクロコンピューターであり、開示されたアルゴリズムを実行するようにプログラムされた特別な目的のコンピュータである。
 (ii)汎用コンピュータは非常に異なる方法で非常に異なるタスクを実行するようにプログラムできるため、特定の機能を実行するように設計された構造としてのコンピュータを単に開示するだけでは、クレームの保護範囲を、米国特許法第112条(f)に規定する機能を実行する「対応する構造、材料、または作用」に限定したことにはならない。』
 またCAFCは、判例によれば、「特定された構造が汎用コンピューターまたはプロセッサーでない場合、特定のアルゴリズムを必要としない」と述べました。ここでQualcomm社は、パワートラッカーが汎用コンピューターまたはマイクロプロセッサーであるとは主張していませんでした。内部記録(明細書、審査履歴等)により、パワートラッカーは集積回路基板であることが明らかになりました。したがって、「プログラミングするためのアルゴリズムを、クレームの解釈に含める必要がある」とのQualcomm社の主張は否定されました。

3.実務上の留意点
 本件CAFC判決から、実務上考慮すべき事項として、次の点が読み取れます。
 (1)当事者が、上訴対象となるPTABの決定からの救済を求めるために上訴する場合、上訴前にPTABに対して再審理を求める必要はない。
 (2)IPRにおいてPTABは、当事者間で争いがない事項について、当事者とは異なる内容の判断を行なうこと自体は許容されるとしても、そのような判断を行なった場合には、デュープロセスやAPAに基づいて、当事者保護の観点から、当事者等に通知する義務がある。
 (3)本件判決で、CAFCがPTABのクレーム解釈や特許無効の決定自体を覆してはいないことから、「ミーンズ・プラス・ファンクション表現でクレームに記載された手段に対応する開示が汎用コンピュータである場合には、アルゴリズムを含めて解釈すべきであるが、開示された構造が回路である場合には、アルゴリズムを含めないで解釈すべきである」との判断は変わらない。

[情報元]
 1.IP UPDATE (McDermott) “As Due Process Recognizes, it’s Hard to Shoot at a Moving Claim Construction Target” (By Jiaxiao Zhang on Aug 5, 2021)
 2.QUALCOMM INCORPORATED v. INTEL CORPORATION事件CAFC判決全文

[担当]深見特許事務所 野田 久登