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特許表示と損害賠償に関するCAFC判決紹介

CAFCは、米国特許法第287条(a)の現実の通知の要件は、特許と侵害であると信じられる行為との同一性が侵害者に通知されたときにのみ満たされると説明しました。
Lubby Holdings LLC v. Chung, Case No.19-2286(Fed. Cir. Sept.1, 2021

1.事件の概要
 米国連邦巡回控訴裁判所(the US Court of Appeals for the Federal Circuit: CAFC)は、特許侵害訴訟の提起前に発生した侵害の責任に関する地方裁判所の認定を覆しました。
 CAFCは、特許表示と損害賠償について規定する米国特許法第287条(a)の現実の通知の要件は、主張された特許の存在を訴訟の提起前から認識していたことを被告が認めたにもかかわらず、特許と侵害であると信じられる行為との同一性が侵害者に通知されたときにのみ満たされる、と説明しました。

2.米国における特許表示と損害賠償
 米国特許法第287条(a)は、米国における特許表示と損害賠償との関係について規定しています。その原則は以下のように要約されます:
(1)米国においては特許権者(実施権者を含む)は原則として、その特許に係る物品に特許表示をしていなければ侵害訴訟によって損害賠償を得ることができません。特許表示を適切に行っていたことの立証責任は基本的に特許権者にあります(後述のArctic Cat事件参照)。
(2)ただし、特許表示をしていない場合であっても、侵害者が侵害について特許権者から通知を受けており、その後も侵害を継続したことが証明されれば、通知の後に生じた侵害については損害賠償を得ることができます。特許権者が侵害訴訟を提起したことは上記の通知を行ったことに相当します。

3.事件の経緯
(1)事件の発端
 Lubby Holdings社は、気化媒体の漏れ耐性のある電子タバコに関する自社特許(米国特許第9,750,284号)についてHenry Chung氏と交渉していましたがまとまらず、その後Lubby社は、この特許をChung氏が侵害しているとしてカリフォルニア州中部地区連邦地方裁判所に訴えました(No.2:18-cv-00715-RGK-JC)。Lubby社は、自社の特許製品が第287条(a)の特許表示要件に適合していることを主張し、そのような主張に基づいて訴訟提起前におけるChung氏の販売に対する損害賠償を求めました。
(2)第1審の審理
 Chung氏は、Lubby社の製品が第287条(a)で要求されているように適切に特許表示されていたかどうかという争点を提起し、例としてLubby社の製品の1つを指摘しました。
 審理においてChung氏は連邦民事訴訟規則50(a)の下で「法律問題としての判決(Judgement as a Matter of Law: JMOL)」を求める申立を行い、Lubby社は自社の製品が第287条の特許表示要件に適合していることを示す立証責任を果たさなかったと主張しました。なお、連邦民事訴訟規則50(a)のJMOLとは、陪審評決前に当事者に不利な陪審評決を支持する証拠が十分に存在しない場合に当該当事者の申立(motion)によって裁判官が下す判決であり、当該当事者は不利な評決が出た後には連邦民事訴訟規則50(b)に基づいてJMOLの申立を更新して新たな事実審理を求めることができます。
(3)第1審の結論
 地裁はJMOLの申立に対して判決を出すことはなく、陪審員は最終的に、Chung氏が直接侵害の責任を負うと判断し、Lubby社に約900,000ドルの損害賠償を認めました。不利な評決が出たためChung氏は、連邦民事訴訟規則50(b)に基づいてJMOLの申立を更新し、連邦民事訴訟規則59(a)に基づいて新たな事実審理を申立てました。地裁はこの申立を却下したためChung氏はCAFCに上訴しました。

4.CAFCの判断
(1)当事者の主張
 Chung氏は、Lubby社が第287条(a)の特許表示または通知の要件に適合しているという証拠はないと主張しました。Lubby社は、Chung氏が特許表示なしで販売された製品を指摘するという当初の立証責任を満たしていないと主張しました。
(2)直接侵害と損害賠償について
 CAFCは、Chung氏が本件特許を直接侵害していたとする第1審の地裁の陪審評決を支持する証拠があると判断しましたが、侵害品の販売による損害への賠償については地裁は判断を誤ったと結論付けました。この点に関してCAFCは、第287条(a)に基づき、特許権者は自身の発明を実施する物品に適切に特許表示しなければならず、さもなければ特許権者は、侵害していると主張された者に「現実の通知」がもたらされる前に発生した特許侵害に対する損害の賠償を受ける資格はないことを説明しました。
(3)特許表示の立証責任について
 CAFCは、Arctic Cat事件(Arctic Cat Inc. v. Bombardier Recreational Prods. Inc., 876 F.3d 1350, 1365 (Fed. Cir. 2017))の下で、Chung氏が、特許表示されていない特許製品であると信じた製品を明確に指摘するという「低い」立証責任の障壁を一旦超えれば、特許表示の要件への適合を証明する責任は特許権者に移る、と述べました。裁判所は、Chung氏がLubby社の「J-Penスターターキット」という製品を具体的に特定することでこの低い立証責任に対処したと説明しました。
 裁判所は続けて、立証責任がLubby社に移っており、そしてLubby社は、その製品が適切に特許表示されていることまたはその製品がその発明を実施した製品ではなかったことに関する証拠を提示しなかった、と述べました。その結果、Lubby社は、Chung氏が「現実の通知」を与えられた時点、すなわち侵害訴訟が提起された時点から後の期間についてしか損害賠償を得ることができないことになってしまいました。
(4)現実の通知の要件について
 CAFCは、§287(a)に基づく現実の通知は、「特許と侵害と思われる行為との同一性について、侵害を防止するための提案を伴って」通知する必要があると説明しました。CAFCはさらに、被告が特許を知っていたのか、または被告が自身の侵害行為を知っていたのか、は無関係であると説明した。CAFCは、Lubby社がChung氏に対しChung氏は特許技術を使用できないと言ったこと、またはChung氏が基礎となる技術に関する秘密保持契約に署名していたことは無関係であると判断しました。これらの事実はいずれも、「訴えられた特定の製品または装置による特定の侵害の告発についての(Lubby社からの)積極的なコミュニケーション」とはなりませんでした。このようにChung氏は訴訟が提起されるまで通知を受けていませんでした。したがって、CAFCは、訴状が提出される前に販売された個数に対する損害を除外するというChung氏の連邦民事訴訟規則50(b)の申立てに対する地方裁判所の却下決定を覆しました。CAFCは、訴状が提出された後にChung氏が行った販売数を決定するための新たな事実審理のために本件を地裁に差し戻しました。

5.実務上の注意点
 CAFCの「Arctic Cat事件」判決を踏まえると、この訴訟は、米国特許法第287条(a)に基づいて自分の商品に適切に特許表示することに注意を払っていない特許権者に対して、損害賠償が実質的に限定されるリスクをもたらしています。特許権者とその弁護士は、ライセンシーが販売した商品も含め、すべての商品が適切に特許表示されることを確実にするよう絶えず努力することが求められます。

[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | September 16, 2021 “Notice Under § 287 Means Knowledge of Infringement, Not Knowledge of Patent”
② Lubby Holdings LLC v. Chung, Case No.19-2286(Fed. Cir. Sept.1, 2021)判決原文

[担当]深見特許事務所 堀井 豊