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意図された用途に関するプリアンブルの文言は限定であるとしたCAFC判決紹介

1.事件の概要
 米国連邦巡回控訴裁判所(the US Court of Appeals for the Federal Circuit: CAFC)は、9つの米国特許の有効性に関する一連の当事者系レビュー(inter partes review: IPR)における特許審判部(the Patent Trial & Appeal Board: PTAB)の審決を支持するとともに、クレームのプリアンブルの文言の限定および組合せの動機付けの問題を取り扱う3つ判決を発行しました。これらのCAFC判決は、偏頭痛の治療のための競合製品をめぐるTevaとEli Lillyとの間の紛争における最新の出来事です。
 本稿では、この大型訴訟事件の多くの争点の中で主としてクレームのプリアンブルの文言の限定に関する争点について報告いたします

2.事件の経緯
(1)Tevaは、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(calcitonin gene-related peptide: CGRP)を標的とするヒト化アンタゴニスト抗体に関する9つの特許を所有しています。2018年、米国の食品医薬品局(the Food and Drug Administration: FDA)は、最初にTeva版の生物学的フレマネズマブ(Ajovy®)を承認し、その8日後にLillyの生物学的製剤承認申請をガルカネズマブ(Emgality®)について承認しました。どちらの薬も、カルシトニン遺伝子関連ペプチドアンタゴニストと呼ばれる新しいクラスの偏頭痛治療薬の一部です。
(2)Lillyは、一連のIPRの請求において、Ajovy®を対象とするTevaの9つの特許の有効性に異議を唱え、クレームは自明であると主張しました。PTABは、9つのTeva特許すべてに対してIPRを開始しました。
(3)PTABは、主題と議論の類似性を考慮して、9つのTeva特許を、各々が3つの特許からなる3つのグループに分類し、3つのグループそれぞれに対応して3つの審決を示しました。
(4)これらのIPRの審決において、PTABは、偏頭痛を抗体で治療する方法をカバーする3つの特許の有効性を認定しましたが(第1の審決)、抗体自体に向けられた他の6つの特許のクレームは無効であると認定しました(第2および第3の審決)。
(5)Lillyは、偏頭痛を治療する方法をクレームした特許を有効とするPTABの第1の審決をCAFCに上訴し、Tevaは、抗体自体をクレームした特許を無効とするPTABの第2および第3の審決をCAFCに上訴しました。
(6)今般CAFCは、PTABの第1~第3の審決に対応する3件の判決を出し、PTABの審決をすべて支持しました。本稿においてはこれらつのCAFC判決のうち、主として方法クレームのプリアンブルの文言の限定を争ったPTABの第1の審決に対するCAFC判決について報告いたします
(7)本件判決を特定する情報は以下の通りです:
 ①対象となった原審IRP番号(PTABは以下の3件についてまとめて第1の審決を発行)
 ・IPR 2018-01710(対象特許8,586,045)
 ・IPR 2018-01711(対象特許9,884,907)
 ・IPR 2018-01712(対象特許9,884,908)
 PTABの審決⇒これらの特許は有効との審決
 ②上記の第1の審決に対する控訴審CAFCの本件判決
Eli Lilly Co. v. Teva Pharmaceuticals
CAFC事件番号20-1876, -1877, -1878(Fed. Cir. 2021年8月16日)(Lourie, J.)
 CAFCの判決⇒PTABの判断を支持

3.原審のIPRでのPTABの判断について
 対象となった3件の特許は、ヒト化抗CGRPアンタゴニスト抗体を投与する治療方法に関するものであり、各特許のクレーム1のプリアンブルにはそのような用途が規定されています。代表例として特許8,586,045のクレーム1を以下に示します。
        “1. A method for reducing incidence of or treating at least one vasomotor symptom in an individual, comprising administering to the individual an effective amount of an anti-CGRP antagonist antibody, wherein said anti-CGRP antagonist antibody is a human monoclonal antibody or a humanized monoclonal antibody.”(045特許 col. 99 ll. 2–7.)
(1)クレームの解釈について
 PTABは、主張された先行技術について分析する前にまず以下のようなクレーム解釈を行いました。
 PTABは、クレーム1のプリアンブルは、「個人における少なくとも1つの血管運動症状の発生を減少させ、またはそのような症状を治療する(reducing incidence of or treating at least one vasomotor symptom in an individual)」という意図的な目的を持って、記載された方法が実行されなければならないことをクレームが要求する程度にまで限定するものである、と判断しました。その上で、PTABはこのようなクレーム1のプリアンブルの解釈が、クレームされた発明を達成するように先行技術の教示を組み合わせる際におけるLillyの立証責任にどのように影響するのかについて検討しました。
 この点に関してPTABは、必要とされる証拠は、記載された方法が記載された結果を現実にもたらすであろうという証拠ではなく、記載された方法を実行することが記載された結果をもたらすであろうという合理的な予測を当業者が持ったであろうという証拠である、と判断しました。
 PTABはまた、クレーム1における「有効量(an effective amount)」という言葉と、有効性を示す潜在的な臨床的効果との間の関係について検討しました。PTABは、「有効量」という言葉は臨床的な結果を包含するかもしれないが、臨床的な効果を必要とするものとしては解釈しないと判断しました。なぜなら、明細書の記載によると、この言葉は「臨床的」という修飾語を伴わずに単に「有益なまたは望ましい結果を実現するのに十分な量」を意味するものと定義されているからです。このクレームの「有効量」という言葉は、クレームのプリアンブルに記載されている「個人における少なくとも1つの血管運動症状の発生を減少させ、またはそのような症状を治療する」という目的を達成するための有効量であり、プリアンブルの目的の記載を限定として扱うことの根拠となるものと考えられます。
(2)自明性の判断について
 PTABはまず、Lillyが主張した先行技術が、有効性を争っているクレームの各々のかつ全ての構成要素を開示または示唆していることに注目しました。PTABは次に、当業者は、抗CGRPアンタゴニスト抗体を投与することにより偏頭痛のような血管運動症状の要因を低減させまたは治療するための方法を追求するために先行技術の教示を組み合わせるように動機付けされたであろうと認定しました。さらにPTABは、主張された安全上の懸念事項は、特許された治療方法を思い止まらせたり妨げたりして阻害要因になるようなことはない、と認定しました。
 先行技術の教示を組合せる動機付けを認定した後に、PTABは、前述のクレーム解釈の方法に則り、当業者であれば成功の合理的な予測を持ち得たかどうかを検討しました。このような「成功の合理的な予測(a reasonable expectation of success)」はいわゆる後知恵防止の観点から、クレーム発明を達成するために先行技術を組み合わせる理由があるときにクレームを自明であるとして拒絶するために必要とされています(米国特許審査便覧MPEP2143.02)。
 PTABは主張された先行技術を検討し、どの先行技術も、偏頭痛の治療のために抗CGRP抗体を投与することによる成功の合理的期待を提供しておらず、そのための情報やデータも提供していない、と認定しました
 PTABはさらに両当事者から提出された証拠を検討し、2005年の時点では、偏頭痛の原因について主導的立場の研究者たちの間で見解の相違があり全体として未解決であったことを当業者であれば認識していたであろう、と認定しました。
 結論としてPTABは、当業者であれば有効性を争われたクレームのいずれについても合理的な成功の予測を有していたであろうということをLillyは立証できず、これらのクレームは先行技術の組み合わせにより自明であったであろうということを立証する責任をLillyは満たさなかったと判断しました。

4.控訴審(CAFC)における当事者の主張
(1)控訴人(Lilly)の主張
 Lillyは、PTABが以下の点で判断を誤ったと主張しました。すなわち、PTABは、プリアンブルの解釈および「有効な量」という用語の解釈に結果を読み込んだことにより、当業者であれば「クレームされてはいなかった結果を達成するための合理的な期待」を持っていたであろうことを証明するようにLillyに誤って要求しており、当業者であればが成功の合理的な期待を持ったであろうかどうかを判断するための証拠を評価する際に高すぎる基準を適用した点でPTABは誤っていた、と主張しました。
 Lillyは、目的の記述のみを含むクレームのプリアンブルはクレームの限定にはなり得ず、プリアンブルは重要視するべきではないと主張しました。
(2)被控訴人(Teva)の主張
 Tevaは、Lillyが、「限定として機能するプリアンブル」と、単なる目的の記述であるプリアンブルとの間の誤った二分法に基づいて偏った分析を行っている、と主張しました。

5.CAFCの判断
 CAFCはまず、PTABによるプリアンブルのクレーム解釈の方法について、組成物の使用方法に向けられたクレームにおける意図された目的の記載に関する過去の裁判例を検討するとともに、IPRの対象となった本件特許のクレームの文言や詳細な説明を含む内部証拠を検討し、PTABの結論に誤りはないものと判断しました。
 CAFCは特に、クレームのプリアンブルは限定であると認定し、その理由付けとして、組成物を使用する方法に向けられたクレームは、「その方法が何であるか」に向けられたものではなく、「その方法が何をするか」に向けられたものであり、そのことは通常はプリアンブルに記載されるものである、と述べました。プリアンブルは、クレームを実施する者が投与された量が「有効な量」であるかどうかを、それによって判断できる唯一の判断基準を提供し、かつ独立クレームにおける後出のクレーム用語に対する前置語を提供していました。すなわち、クレーム1の“administering to the individual …”という表現はプリアンブルの“treating … in an individual”を前置語として引用するものであります。Lillyはこの点について、プリアンブルにおける意図された用途の記載は、もしもプリアンブルにおける異なる言葉が後出のクレーム用語に対する前置語を提供しているのであれば、限定にはなり得ないという裁判例を引用しました(Cochlear Bone Anchored Solutions AB v. Oticon Med. AB)。しかしながら、CAFCは、この裁判例は、装置クレームに関するものであり、プリアンブルにおける意図された用途の記載は、明細書の本体部分に記載されているクレームされた構造的装置について全く構成を提供していないことを指摘しました。これに対して、本件クレームでは、“treating at least one vasomotor symptom in an individual”における“individual”は意図された用途の一部であり、全体として後出の“administering to the individual”に対する前置語を提供しています。
 CAFCはさらに特許の無効を申し立てる者の立証責任について、過去の裁判例を参照して、当業者であれば先行技術文献を組み合わせるように動機付けされたであろうことを証明する立証責任と、当業者であればそのような組合せからクレーム発明を成功裡に達成する合理的な予測を持ったであろうことを証明する追加の立証責任とは、明確に区別されなければならないことを強調しました(Procter & Gamble Co. v. Teva Pharms. USA, Inc., 566 F.3d 989, 994 (Fed. Cir. 2009))。
 CAFCはプリアンブルが限定であると認定した後、このような追加の立証責任に鑑みTevaの特許は自明ではないと判断しました。すなわちCAFCは、Lillyが「無効を申し立てられたクレームの各々のそしてすべての要素を引例が開示しまたは示唆していること」および「当業者であれば先行技術の教示を組み合わせるように動機付けされたであろうということ」については立証責任を果たしているというPTABの見解に同意しましたが、「当業者は治療が効果的であると予測したであろう」という成功の合理的予測についてはLillyは立証責任を満たさなかったと判断したPTABの見解にも同意したからです。

[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | August 26, 2021 “When it Comes to Method of Use Claims, Preamble Language Regarding Intended Use is Limiting”
② Eli Lilly Co. v. Teva Pharmaceuticals
CAFC事件番号20-1876, -1877, -1878(Fed. Cir. 2021年8月16日)(Lourie, J.)判決原文
③ PTABの審決(IPR2018-01710, -01711, -01712)原文

[担当]深見特許事務所 堀井 豊