ダブルパテントに関して付託された質問に対するEPO拡大審判部の審決紹介
EPO拡大審判部は、EPC第125条を法的根拠としてダブルパテント禁止を理由に欧州特許出願を拒絶できると判断しました。(G 4/19)
1.事件の概要
欧州特許庁(EPO: European Patent Office)審判部は、審判事件T 0318/14の審決(2019年2月7日付)において、EPO拡大審判部に、ダブルパテントの禁止に関する質問を付託しました(弊所の「外国知財情報レポート」2019年4月発行の「4.(欧州)ダブルパテントに関する質問が拡大審判部に付託される」をご参照ください)。
この質問に対して、EPO拡大審判部はこの度、審決G 4/19(2021年6月22日付)を発行し、欧州特許と同じ有効出願日を有し、同じ主題をクレームする同じ出願人による欧州特許出願を拒絶できると回答しました。拡大審判部は、EPC第125条(一般原則の参照)をダブルパテント禁止の問題に対する法的根拠として使用できると結論付けました。
2.事件の背景
(1)EPOにおけるダブルパテントの審査
欧州特許条約(EPC: European Patent Convention)では、先行特許と同一出願人による同一発明に係る欧州特許出願は、第54条(3)の自己衝突の規定により、技術水準の一部を構成するものとして拒絶され、同一発明についてのダブルパテントは防止されます。しかし、EPCの条文上は、同日出願の場合のダブルパテントに関する明文の規定はありません。
審査便覧G-IV-5.4には、「1つの発明について同一の出願人に2つの特許を付与できないことはほとんどの特許制度で認められている原則である」と記載されています。実務上、クレームされた発明主題が同一である場合にのみダブルパテントとして拒絶され、2つの出願のクレームに実質的な重複があることは容認されています。上記審査便覧には、「同一出願人の複数の欧州出願が同一の発明を権利請求するという稀な場合に、当該出願人は、発明主題を同一でなくするようにいずれかの出願を補正するか、または手続遂行を希望するいずれか1つの出願を選択することを求められる」、「クレームが単に部分的に重複している場合には拒絶されない」と記載されています。このようなアプローチに従って、多くの審決がなされてきました。
(2)本件の争点
今回の拡大審判部の審決の発端となったT 0318/14は、審査部の拒絶査定に対して不服申立された審判事件です。審査段階において審査部は、出願人の欧州特許出願(10718590.2)のクレーム1は、この出願の優先権主張(EPCの内部優先権:internal priority)の基礎出願である欧州特許出願(09159932.4)に対して付与された欧州特許(2 251 021)においてクレームされた主題と100%同一の主題に向けられていると認定しました。これにより審査部は、本件欧州特許出願(10718590.2)を、拡大審判部の従前の審決G 1/05およびG 1/06を参照してダブルパテント禁止の原則に反するとして、EPC第125条に基づいて拒絶しました。これに対して出願人は審判を請求しました。審判請求人の主張は以下のようなものでした。
従前の審決G 1/05およびG 1/06では、ダブルパテントの禁止は、すでに特許が付与されている場合に同じ発明についての同日出願や分割出願に対して2件目の特許を付与することは正当な利益がない(同日出願および分割出願の場合は権利期間に影響がない)という考えに基づくものでした。一方、本件のように内部優先権主張の場合は、審決T 1423/07において、最初の欧州特許出願に基づく優先権を主張して優先期間内に同一権利範囲の第2の欧州特許出願を行い、これら双方の出願に基づく特許権を有効に維持することにより、保護期間を最大21年まで実質的に長期化することが認められておりました。審判請求人は、同日出願や分割出願と異なり、本件のような内部優先権主張の場合は存続期間の延長という正当な利益が認められているので、ダブルパテント禁止は適用されない、と主張しました。
審判部の合議体は、この問題について、EPCでのダブルパテント禁止の法的根拠(特にEPC第125条の適用)について疑義を感じていたため、拡大審判部に以下の質問を付託しました。
(3)拡大審判部への質問事項
質問事項1:
欧州出願が、EPC第54条(2)(3)に規定される技術水準を構成しない同一出願人の欧州特許と同一の発明主題を権利請求する場合に、拒絶されるか?
質問事項2.1:
第1の質問の答がYESであれば、拒絶される条件は何か?
また、審査中の欧州特許出願が、
a)同一出願人の欧州特許と同日に出願された欧州特許出願である、
b)同一出願人の欧州特許の分割出願である、または
c)同一出願人の欧州特許を基礎とする優先権を伴う欧州特許出願である、
という場合に、適用されるべき異なる条件は何か?
質問事項2.2:
特に、優先権を伴う場合に、EPC第63条(1)に規定される存続期間の起算日は優先日ではなく現実の出願日であるという事実を鑑みて、後続の出願に特許を認めることに出願人は正当な利益を有するか?
3.EPO拡大審判部による回答
ダブルパテント禁止に関するこれらの質問に対するEPO拡大審判部の回答は以下の通りです。
質問事項1に対する回答:
欧州特許出願は、同じ出願人に付与され、EPC第54条(2)(3)に規定される技術水準の一部を構成しない欧州特許と同じ主題をクレームする場合、EPC第97条(2)および第125条に基づいて拒絶することができる。
質問事項2.1に対する回答:
欧州特許出願は、以下のいずれの場合にも、その法的根拠に基づいて拒絶することができる:
a)同一出願人の欧州特許と同日に出願された欧州特許出願である場合、
b)同一出願人の欧州特許の分割出願である場合、または
c)同一出願人の欧州特許を基礎とする優先権を伴う欧州特許出願である場合。
質問事項2.2に対する回答:
ダブルパテントは拒絶されるという上記の回答に照らして、この質問事項については回答の必要はない。
以上のように、考えられるすべての状況において、ダブルパテントの禁止が適用されることが明示されました。
4.考察
(1)法的根拠について
一般的に、ダブルパテントの禁止の適用性は、拡大審判部の以前の審決G 1/05とG 1/06で確認されていましたが、これらの審決は分割出願に関連したものであり、内部優先権の状況に適用されたものではありませんでした。したがって、今回の事案のような状況(内部優先権への適用の可否)を含むすべての状況について全体的な結論を出すために、EPO拡大審判部はまず、純粋に法制度的な観点から、EPC第125条がダブルパテント禁止のための法的根拠を提供する可能性があると判断しました。EPC第125条は「一般原則の参照」に関する規定であり、「本条約に手続規定がない場合は、欧州特許庁は、各締約国において一般に承認されている手続法の原則を考慮する。」と規定しています。
拡大審判部は、条約法に関するウィーン条約やEPCの準備段階の資料をも検討し、この規定の「手続規定(procedural provisions)」について、クレームされた発明の実体審査にまで拡張し、ダブルパテント禁止は「手続法の原則(principles of procedural law)」に該当し、締約国で一般的に承認されていると述べました。拡大審判部はこれらの文書を考慮して、EPC第79条の重複指定(先に付与された特許と審査中の出願とが重複する指定国を有していること)という追加の前提条件を確認した上で、EPC第125条をダブルパテント禁止の問題に対する法的根拠として使用できると結論付けました。
(2)今後の出願人への影響について
上記の今回の決定は、最初の欧州特許出願から内部優先権を主張する欧州特許出願の出願人が考慮に入れるべき大きな問題です。
このように出願人にとって内部優先権の場合にダブルパテントを正当化できるものではなくなり、優先権を主張する後の出願日を有することによって、より長い保護期間を得るという出願人の利益は失われることになりました。最初の欧州特許出願、および優先権を主張して1年以内に提出された後続の欧州特許出願を介して、同じ発明について20年以上をカバーしようとする出願人がいたとしても、今後はそのようなことは出来なくなるものと考えられます。
[情報元]
①LAVOIX IP ALERT “G4/19 Prohibition of double patenting”
②TBK Snapshot on selected topics of interest in European IP (July 2021) “G 4/19 concerning Double Patenting”
③MAIWALD NEWSLETTER (Summer 2021) “EPO: Double Patenting; G 4/19
④EPO審決T 0318/14(Double patenting) of 7.2.2019原本
⑤EPO拡大審判部審決G 4/19 of 22.6.2021
⑥「欧州特許庁(EPO)審判部、二重特許の特許性に関する拡大審判部審決を公表」
JETROデュッセルドルフ事務所(2021年7月2日)
[担当]深見特許事務所 堀井 豊