UPC協定承認法に対する憲法不服申立を却下したドイツ連邦憲法裁判所決定の紹介
ドイツ連邦憲法裁判所は、UPC協定のドイツの批准への道を開き、UPC発効への障害を取り除きました。
1.概要
ドイツ連邦憲法裁判所は、2021年7月9日付けのプレスリリースにおいて、統一特許裁判所(Unified Patent Court: UPC)協定に関するドイツでの承認法に反対する仮差止命令の2件の申請を、2021年6月23日付で却下したことを発表しました(2 BvR 2216/20)。この結果、ドイツによるUPC協定の批准に必要なのは、承認法の大統領署名とそれに続く批准の寄託だけになりました。
2.背景
UPCに関する2013年協定につきましては、これまでに15の欧州連合(European Union: EU)加盟国が批准しています。しかしながら近年、批准のプロセスはいくつかの予期しなかったハードルに直面しており、厄介なプロセスであることが証明されました。英国は昨年のEU離脱後にその批准を正式に取り消しました(2020年7月20日付)。
それ以来、協定の発効に必須の批准国のうち、ドイツによる批准のみが係属中のままになっていました。ドイツによる批准プロセスの停滞は、UPCおよび強化された欧州特許制度の確立のためには最も基本的な障害となっていました。
3.経緯
これまでの経緯の概略は以下の通りです:
(1)ドイツ議会両院(下院に相当する連邦議会および上院に相当する連邦参議院)は、2017年3月にUPC協定の批准の承認に関する法案を一旦採択しましたが、ドイツ連邦憲法裁判所は、議会が議決に必要な多数をもって採択しなかったという理由で、2020年3月にこの批准承認法を無効にしました(2 BvR 739/17)。
(2)ドイツ議会両院は、ドイツ政府が提出したUPC協定の批准の承認に係る修正法案を2020年11月から12月に採択しました。
(3)UPC協定の批准承認法に対して仮差止命令の申請が2件提出され、ドイツ連邦憲法裁判所が審理をしてきました。ドイツ連邦大統領は裁判所の判断を待ち、批准承認法への署名を差し控えていました。
(4)今般のドイツ連邦憲法裁判所による却下決定により、憲法不服申立が明らかに失敗しました。このため、修正され採択された批准承認法がドイツ連邦大統領によって正式に署名されることを妨げるものはもはや何も残っていません。
4.憲法裁判所の決定の根拠
憲法裁判所は、不服申立人が基本的権利の侵害の可能性を十分に立証していなかったため、憲法上の不服申立は本件の実質審理の結果認められないと述べました。
ドイツの憲法の下では、国内法は、特定の条件下でのみ、EUまたはEU関連機関に主権を移転することができます。特に、国内法が違憲と見なされるためには、権利の移転がドイツ憲法を損なうか、またはドイツ憲法の表現で言えば、ドイツ憲法の不可欠な核心またはアイデンティティに影響を与えるであろうことを立証しなければなりません。
連邦憲法裁判所は2020年の1回目の無効の決定で、最初の承認法が、そのような重要な主権の移転に必要な議会の3分の2という多数を欠いていることを認めました。最初の承認法は満場一致で採択されましたが、約600人のドイツ国会議員のうち35人だけが投票に出席しました。これは、このような影響の大きい立法には少なすぎる人数であることが判明しました。 原則として、憲法上の不服申立を成功させるためのハードルは高いものであります。承認法は、憲法機関による民主的に立法化された多数決を表しています。今回、570人の国会議員が2回目の承認法に賛成票を投じました。したがって、今回の判決では、連邦憲法裁判所が採択のための形式要件ではなく、法律の実体を初めて検討しました。
本件の場合、不服申立人は、UPC協定の第6条以降は、UPCの裁判官の6年間の任期、裁判官の再任の可能性、および解任の場合の不十分な不服申立の可能性により、ドイツ憲法で確立された裁判官の独立性および憲法上保証された法の支配の原則に違反していると主張しました。不服申立人はまた民主主義の原則の違反をも主張しました。
連邦憲法裁判所は、憲法違反の主張を却下しました。裁判所は、そのような違反は、いわゆるアイデンティティまたはウルトラヴィーレスの法理(identity or ultra vires doctrine)の下で例外的な場合にのみ見出されると説明しました。連邦憲法裁判所の見解は、UPC協定は、EU条約に照らして、国内法とEU法との間の既存の憲法上異議のない権限の分配を超えないように解釈することができ、また解釈しなければならない、ということでありました。これに対して不服申立人は、異なる解釈が不可欠であることを証明できませんでした。
5.次のステップ
UPCへの道の次のステップは、協定に関するこれまでの国内的な議論と比較してかなりルーティン的なように見えますが、批准に至る経緯を念頭に置けば、彼らの成果を当然のことと見なすことは控えるべきです。最も可能性の高いシナリオは次のとおりです。
今回の裁判所の決定は仮差止申請に対するものであり、本案訴訟についてはまだ決定は出ておりませんが、ドイツ連邦大統領は、憲法裁判所からのさらなる判断を待たずにドイツ承認法に署名することができるでしょう。その結果、ドイツの承認法は公布された翌日に発効するでしょう。UPC協定が発効するためには、ドイツと、さらに他の2つの加盟国による暫定適用に関する議定書の批准が必要ですが、ドイツの決定はこの点で重要なシグナルと見なされる可能性があるため、さらに2つの加盟国による残りの批准がすぐになされる可能性があります。
これら2つの加盟国による議定書の批准により、基金が使用可能となり、暫定期間が開始され、UPC準備委員会は最終的な実務準備に引き続き取り組むことができます。委員会は、「暫定申請期間の開始および実行のためのタイムラインおよびより詳細な計画」をまもなくウェブサイトで公開すると発表しました。
それからドイツは批准書をEU理事会事務局に正式に寄託しなければなりません。このような寄託後4か月目の初日に、UPC協定が発効するでしょう。
6.実務上の注意点
欧州特許のポートフォリオの所有者は、UPC制度からオプトアウトするかどうかを評価する必要があります。このようなオプトアウトは、7年間のUPC移行期間の最終日まで行使および撤回することができます。オプトアウトは、特許の存続期間全体に適用されます。オプトアウトするかどうかを検討する場合、特許所有者は、UPC裁判官が、差止救済の釣り合いなど、特許訴訟における最も差し迫った問題にどのように対応できるかが依然として不確実であることに注意する必要があります。
[情報元]
McDermott Will & Emery IP Update | July 22, 2021
Hoffmann Eitle Newsletter 2/2021
TBK July 2021 Snapshot on selected topics of interest in European IP
「ドイツ連邦憲法裁判所、統一特許裁判所(UPC)協定承認法に対する憲法異議は認められないと判断」 2021年7月9日 JETROデュッセルドルフ事務所
[担当]深見特許事務所 堀井 豊