用途発明の特許侵害判断基準に関するソウル中央地方法院の決定
従来から知られている化合物・組成物等の新たな用途に関する発明である用途発明に関する特許権侵害差止仮処分申請事件において、ソウル中央地方法院は、用途発明の特許侵害の有無を判断するための具体的な基準を提示しました。
(ソウル中央地方法院2020.8.18言渡しkahap20372決定;確定)
1.韓国における用途発明の取り扱いについて
韓国の特許・実用新案審査基準「第9部 技術分野別審査基準」において、医薬、化粧品、有機・無機化合物等に関する用途発明について、特許を受けるための要件が記載されています。
方法のクレームは、医療行為に該当する場合、産業上利用することができる発明には該当しないものとされ、特許を受けることができませんが、公知の薬剤等についてその医療用用途を限定した用途発明の特許権を取得することは可能であり、そのような特許権も、用途が限定された薬剤等に対して効力が及びます。
食品の用途発明についても、「健康機能食品」または「食品組成物」をクレームする場合、用途による限定が構成要件として認められ(審査指針9部第3章2.2①)、食品の用途発明についての特許権は、用途が限定された物に対して効力が及びます。
2.本件仮処分申請事件について
(1)本件仮処分申請事件に関する事実関係
本件の申請人は下記特許1~4の特許権者であり、これらの特許の発明はいずれも、セリポリアラセラタによって産生(細胞で物質が合成・生成されること)される細胞外多糖体等を有効成分として含む組成物に関しており、これらの発明のクレームにおいて、以下の用途が記載されています。
特許1:抗酸化用化粧料組成物
特許2:しわ改善用化粧料組成物
特許3:脱毛防止または発毛促進用組成物
特許4:過剰免疫抑制用組成物、または、自己免疫疾患の予防もしくは治療用薬学的組成物
一方、被申請人はセリポリアラセラタまたはこれと遺伝的に同等な菌株が含有された石鹸、ローション、シャンプーおよびコンディショナー(以下、「被申請人の製品」)を製造して販売しました。また、被申請人は製品の包装容器、製品の宣伝展示会、オンラインショッピングモール等を通じて、被申請人の製品の効能について様々な方法で宣伝を行ないました。
(2)当事者の主張および争点
申請人は、「被申請人の製品が、セリポリアラセラタまたはこれと遺伝的にほぼ同じ菌株を有効成分として含有しており、前記特許1~4の用途発明で定める特定の用途を1つ以上含んでいる」と主張して、特許権侵害差止仮処分申請を行ないました。
被申請人は、「申請人の特許1~4はすべて天然物の特定の用途に関する発明を権利範囲としているが、被申請人の製品は特許1~4で定める特定の用途として作られたものではなく、これらの特許の用途発明の権利範囲に属さない」と反駁しました。
(3)ソウル中央地方法院の判断
本決定でソウル中央地方法院は、用途発明の特許の侵害有無を判断する基準について、物自体の同一性は勿論のこと、用途の同一性までを認めなければならないという点を明確にし、用途の同一性、すなわち被疑侵害製品の用途に当該用途発明によって提示された用途が含まれているかどうかを判断するにあたっては、次の事項を総合的に考慮しなければならないと述べました。
a. 明細書の記載
b. 被疑侵害製品が属する製品群の一般的な機能および用途
c. 被疑侵害製品自体またはその包装等に表記された侵害製品の機能、効能
d. 被疑侵害製品に関する広告ないし宣伝内容
e. 需要者や取引者に客観的に認識される侵害製品の機能ないし効能等
具体的に、ソウル中央地方法院は以下のような点を根拠に挙げて、被申請人の製品が特許2~4で定める特定の用途を1つ以上含んでいると判断し、被申請人が被申請人の製品を生産・販売する行為は申請人の特許侵害に該当するという決定を下しました。
(イ)申請人の特許の各明細書には組成物剤形に関する例示として石鹸、シャンプーまたはリンス(コンディショナー)が記載されている。
(ロ)被申請人は、製品の包装容器等に被申請人の製品がしわ改善、美白、しみ予防、アトピー予防、脱毛予防等の効能を有するという旨を表示・広告した。
(ハ)被申請人は、展示会で被申請人の製品が保湿、美白、しわ改善、免疫力増進等の効能を有すると宣伝した。
(ニ)被申請人はオンラインショッピングモールで被申請人の製品を「頭皮と毛髪の栄養供給にはたらきかける機能性シャンプー」と紹介しながら、「脱毛症状を緩和できる」と表示した。
以上を総合して、ソウル中央地方法院は、被申請人の製品はその客観的用途として、本件特許2~4で定める用途を1つ以上含んでいると認めることが妥当であるとの決定を下しました。
(4)本決定の意義
本決定は、用途の同一性判断に関して、被疑侵害製品の用途は、その製品の需要者や取引者に客観的に認識される製品の機能ないし効能等を総合的に考慮しなければならないと判示するとともに、製品の用途を客観的に特定する際に考慮すべき事項を具体的に提示したという点で、意義があります。
3.日本、米国、欧州特許庁、中国における用途発明の取り扱い
以下、ご参考までに、日本、米国、欧州特許庁、中国における用途発明の取り扱いの概要について触れておきます(各国・地域の用途発明の取り扱いについては、下記情報元4(知財研紀要 2016 Vol.25)に、より詳細に説明されています)。
(1)日本
日本の特許・実用新案審査基準第III部第2章第4節の「3.物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合」において、用途発明の特許要件の審査基準が説明されています。
医療行為に該当する方法の発明が、特許要件としての産業上利用性を有する発明には該当しないものとされる点、および、公知の物についてその用途を限定した用途発明の特許権の効力が、用途が限定された物に対して及ぶ点において、韓国と共通します。
平成27(2015年)年4月1日に施行された食品表示法改正により、事業者の責任において食品の機能性表示を行なうことができる「機能性表示食品」制度が始まったことに関連して、食品の用途発明についても、平成28年(2016年)の審査基準改訂により、上述の韓国の場合と同様に、用途による限定が構成要件として認められることに変更され(特許・実用新案審査基準第III部第4節 3.1.2(1)例2」)、食品の用途発明についての特許権は、用途が限定された物に対して効力が及ぶこととなりました。
(2)米国
米国においては、公知の製造物や組成物の新規用途についての発明は、物のクレームによる記載には新規性が認められず(MPEP2112 I)、使用(use)クレームによる記載も認められません(MPEP2173.05(q))が、方法(process of use)クレームで記載された場合には特許される可能性があります(特許法100 条(b),MPEP2112.02,MPEP2103 A)。
方法の発明は、医療行為に該当する場合であっても特許を受けることが可能であり、治療効果を有する食品であっても、方法の発明で特許を受けることが可能です。
(3)欧州特許庁
欧州特許庁においては、医療行為に該当する方法の発明は特許を受けられませんが、発明の対象となる公知の食品の限定された新規用途が医療用途(第一、第二医療用途)と判断される場合は、用途を限定した物の発明として新規性を認めています(EPC53条(c),同54条(4),(5))。食品の用途が医療用途でない場合は、方法または使用(use)クレームによる記載が認められています(審査便覧G部Ⅵ章7.2)。
(4)中国
中国においては、公知の物の新規な用途に限定した用途発明について、特許を受けることは可能ですが、公知の食品の用途発明について物のクレームによる新規性は認められません。方法のクレームについても、疾病の診断および治療方法に該当する場合は、特許権は付与されません。物質の医薬用途はスイスタイプクレーム(例:物質Xの、Y病の治療薬を製造するための使用)により特許され得ます(専利法25条1(3),審査指南2部10章4.5.2)。
[情報元]
1.FIRSTLAW IP NEWS Issue No. 2021-02 (June 2021)「用途発明の特許に対する侵害有無を判断する基準」
2.韓国特許・実用新案審査基準(2020年8月10日施行版より) 第9部 技術分野別審査基準(仮訳:ジェトロソウル事務所)
3.日本特許・実用新案審査基準(2020年12月16日改訂版より) 第III部 第2章 第4節 「3.物の用途を用いてその物を特定しようとする記載(用途限定)がある場合」
4.知財研紀要 2016 Vol.25 「用途発明の特許権の効力範囲を踏まえた食品の保護の在り方に関する調査研究」
[担当]深見特許事務所 野田 久登