PBPクレームの解釈基準を一元化した韓国大法院判決
プロダクト・バイ・プロセス(以下「PBP」)クレームにおける権利範囲の解釈が問題となった事案において、大法院は最近、特許要件を判断する際と同じ判断基準を適用した判決を言い渡しました。
(大法院2021.1.28.言渡し2020Hu11059)
1.PBPクレームの解釈と、関連する大法院判決の推移
(1)PBPクレームの解釈を二分する立場
物の発明についての請求項にその物の製造方法が記載されている、いわゆる「PBPクレーム」は、請求の対象を物の構造でなくその製造過程により定義するため、特許要件を判断する際、或いは登録後に侵害可否を判断する際に請求項の解釈を巡って齟齬が生じ得ます。PBPクレームの解釈については、大きくは、PBPクレームも一応物の発明である以上、製造方法を考慮せずに最終生成物それ自体の特徴のみで限定すべきであるという立場(いわゆる「物同一説」)と、クレームの一般的な解釈手法に応じて製造方法もクレームに記載された限定事項の一つとして考慮するべきであるという立場(いわゆる「製法限定説」)とに分けられます。
(2)PBPクレームにおける特許要件の判断基準に関する、以前の大法院判決(2015.1.22.言渡し2011Hu927)
大法院は、2015年全員合議体判決にて、製造方法が記載された物の発明における新規性及び進歩性は、「製造方法の記載を含んでクレームの全ての記載により特定される構造や性質に基づいて判断すべきである」と述べ、PBPクレームにおける特許要件の判断基準を明らかにしました。この判決は、製造方法自体に限定するのではなく、その製造方法によって得られる結果物の構造や性質に基づいて判断すべきであると結論付けており、いわゆる「物同一説」を採るものです。
なお、この判決については、弊所ウエブサイトの「国・地域別IP情報」において、2015年7月9日付で、「プロダクト・バイ・プロセス・クレームに関する大法院判示」と題して配信しています。
(3)PBPクレームの権利範囲に関する大法院判決
その後2015年2月12日に言渡された大法院判決(2013Hu1726)において、上記(2)で述べた大法院判決(2011Hu927)を引用し、同判決にて判示した「製造方法の記載を含む特許請求範囲の全ての記載によって特定される構造や性質などを有する物として把握する」というやり方を、特許侵害段階において、その特許発明の権利範囲に属するのかを判断する際にも同様に適用すべきである」と判示しました。
但し、この判決は、「このような解釈方法によって導出される特許発明の権利範囲が、明細書の全体的な記載によって把握される発明の実体に照らし、広すぎるなどの明白に不合理な事情がある場合は、その権利範囲を特許請求範囲に記載された製造方法の範囲内に限定することができる」と付け加え、異なる基準が適用されうることを示唆しました。
(4)本件大法院判決(大法院2021.1.28.言渡し2020Hu11059)
更に大法院は、2021.1.28言渡しの判決(以下に詳細に説明する本件大法院判決)において、PBPクレームにおける権利範囲の解釈が問題となる場合にも、特許要件を判断する際と同じ判断基準を適用することとして、特許要件および特許権の効力の両方の判断におけるPBPクレームの解釈の基準を一元化することを明確にしました。
2.本件大法院判決に関する事件の経緯
(1)事案の背景
韓国特許第1399514号は、ポラプレジンクを含有する安定した錠剤の剤形に関するものであって、そのうち請求項1は、ポラプレジンクを含有する錠剤の剤形において、有効成分として粒度累積分布で最大粒度に対し90%に該当する粒度(D90)が500μm以下であるポラプレジンクを含み、直打法で製造されたものと限定しています。
特許権者の競合会社であるA社は、特許権者を相手取って自分の製品(以下、「確認対象発明」)が本件特許の権利範囲に属さない旨判断を求める消極的な権利範囲確認審判を請求しました。A社は特許発明と確認対象発明はその剤錠方法が直打法と湿式法とに区分けられ、直打法と湿式法とを用いて製造した錠剤は互いに異なる構造及び性質を有するため、確認対象発明は特許発明の権利範囲に属さない旨主張しました。
本事案では、製造方法が記載された物の発明において、剤形の製造方法が物の発明の権利範囲を限定する要因になり得るかどうかが問題となりました。
(2)本件判決の原審としての特許法院の判決
原審は、たとえ確認対象発明の錠剤に含まれているポラプレジンクが、本件特許発明における粒子サイズの範囲内に属するとはいえ、確認対象発明が特許発明と異なる製造方法を用いて錠剤を生産するにより、特許発明と異なる構造及び特性、例えば、異なる流動性、圧縮性、硬度、溶出率等を有するので、本件特許発明の権利範囲に属さないと判断しました。
(3)本件大法院判決の判旨
大法院は次のような理由で、確認対象発明が特許発明の権利範囲に属さない旨判断した原審判決を是認しました。
「クレームに製造方法の記載を含んでいる物の発明の場合、クレームに記載された製造方法は、最終生産物である物の構造や性質を特定する一つの手段としてその意味を有するだけである。したがって、製造方法が記載された物の発明の権利範囲に属するか否かを判断するにあたっては、その技術的構成を製造方法それ自体に限定して把握するものではなく、製造方法の記載を含んでクレームの全ての記載により特定される構造や性質を有する物として把握して確認対象発明と対比しなければならない。」
3.本判決の意義および実務上の留意点
PBPクレームに対する取り扱いは国によって多少の違いがあり、例えば、米国では特許要件の判断時と権利範囲の判断時とにおいてPBPクレームの解釈基準を異にしています。ところが、本件大法院判決では、特許要件を判断する際に適用されるクレームの解釈基準が、権利範囲を判断する際にも同様に適用されることを明らかにし、PBPクレームの解釈基準を一元化したことに意義があります。
以下の項目4でも触れるように、PBPクレームの特許要件としては、日本では「不可能・非実際的事情」が認められることを記載の明確性要件としているのに対して、韓国では、物の発明に方法的記載があるとしても、その記載により物の構成が全体として明瞭であれば記載要件に違反するものではないというのが、判例および審査基準の立場です。
そこで、韓国でPBPクレームについて権利化を図る際には、本件大法院判決が説示した法理を参考にして、日本の実務との相違をよく認識した上で対処することが望ましいと言えます。
4.日本、米国、中国、欧州特許庁におけるPBPクレームの取り扱い
以下、ご参考までに、日本、米国、中国、欧州特許庁におけるPBPクレームの取り扱いの概要について触れておきます(詳細は、下記情報元「3.知財管理Vol.66,No.5,p584-589」をご参照下さい)。
(1)日本
平成27年6月5日言渡しの最高裁第二小法廷判決(平成24年(受)2656号、平成24年(受)1204号)において、特許発明の権利化過程におけるPBPクレームの発明の要旨認定、および、侵害訴訟の場面におけるPBPクレームの発明の技術的範囲の確定のいずれにおいても、「物同一説」で解釈する旨が判示されました。また、この最高裁判決において、PBPクレームが特許法第36条第6項第2号の明確性要件に適合するのは、次のいずれかの場合に限られるとして、記載に制限を加えました。
(イ)当該物をその構造または特性により直接特定することが不可能である場合。
(ロ)およそ実際的でない事情が存在する場合。
当該最高裁判決は、発明の要旨認定および技術的範囲の確定のいずれにおいても「物同一説」を採る点で、上述の一連の韓国大法院判決と共通しますが、韓国大法院判決においては、物の発明における製法限定の明確性については言及されていない点で、日本の最高裁判決と相違しています。
(2)米国
発明の要旨認定については、製法自体を特徴として認定しない「物同一説」を採ります(MPEP(審査便覧)§2113)が、特許侵害段階における技術的範囲の確定においては、「製法限定説」を採ります(Abbott Labs. v. Sandoz, Inc. 2009年CAFC判決)。
(3)中国
発明の要旨認定に際しては「物同一説」を採り(審査指南第二部分第二章3.1.1等)、技術的範囲の確定に際しては「製法限定説」を採ります。
(4)欧州特許庁
発明の要旨認定に際して、「物同一説」を採ります(審査ガイドラインF部Ⅳ章4.12)。欧州特許庁は特許権の侵害判断を行なわないことから、技術的範囲の確定についての判断基準は存在しません。
[情報元]
1.FIRSTLAW IP NEWS Issue No. 2021-02 (June 2021)「大法院、PBPクレームの解釈基準を一元化」
2.知財判例データベース「プロダクトバイプロセスクレームの権利範囲を製造方法の記載により特定される構造と性質を有する物と解釈し、他の方法で製造される物に対して特許侵害を否定した事例」(日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所)
3.知財管理Vol.66,No.5,p584-589「各国のプロダクトバイプロセスクレーム」
[担当]深見特許事務所 野田 久登