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「公然実施による先行技術と進歩性」に関するEPO審決紹介

EPOは、優先日前の公然実施である先行技術は非常に特定的で具体的であり本件発明の技術的課題は非現実的であると判断しました。

1.事件の概要
 審決番号T1952/18は、本件特許(欧州特許EP2512840)を、その付与された形のままで維持するという異議決定に対する審判請求に関するものです。審判請求人(異議申立人)であるBenteler Automobiltechnik GmbHは特許の取消を要求し、審判被請求人(特許権者)であるGestmap HardTech ABは訂正された形で特許が許可されることを要求しました。主引例は、本件特許の優先日よりも先に公然実施されていた製品(技術図面、写真、製造元の宣誓供述書等で立証)であり、審判部はこの公然実施を正当な先行技術であると認定しました。ただし、このような具体的な製品では部品の寸法などすべてのパラメータが物理的に確定されており、そこから本件発明の技術的課題を見出すことは非現実的であると判断しました。

2.本件特許の内容
 本発明は、自動車のバンパーに関するものです。バンパーは通常、衝突時に変形するように設計された多数の「クラッシュボックス(crash box)」を備えたバンパーバー(bumper bar)で構成されています。多数のクラッシュボックスは互いに同様の形態で変形することが重要であり、さもなければそれらの効果が阻害される可能性があります。
 本発明は特に、牽引用アイレット(towing eyelet)の取付が可能なバンパーに関するものです。そのような取り付けは、牽引用アイレットをねじ込むことができるねじ付きスリーブの接続によって実現することができます。ただし、牽引用アイレットを斜めに引っ張った結果、クラッシュボックスは使用時に不規則に変形する可能性があります。本発明は、クラッシュボックスに対するスリーブの特定の配置によってこの問題を解決しようとするものです。

3.事件の経緯
(1)異議申立人であるBenteler Automobiltechnik GmbHは、特許権者であるGestmap HardTech ABの有する本件特許(欧州特許EP2512840)に対して異議を申し立てました。
(2)異議部による2018年6月4日付けの異議決定により、本件特許は、その付与された形のままで維持されました。
(3)この異議決定に対して、異議申立人は審判を請求しました。
(4)審判被請求人(特許権者)は、2019年2月7日に、答弁書とともにクレーム訂正案を提出しました。
(5)2021年1月19日に口頭審理が開催され、審判請求人(異議申立人)は特許の取消を要求し、審判被請求人(特許権者)は、答弁書で提出した訂正されたクレーム(main request)で特許が許可されることを要求しました。
(6)審判部は、訂正後のクレーム1の発明は進歩性を有すると判断し、原決定を破棄して、main requestの訂正クレームで特許を維持する命令とともに本件を異議部に送付しました。

4.審判被請求人(特許権者)のmain requestによるクレーム1
 「バンパーであって、前記バンパーは、バンパーバー(14)と、前記バンパーバー内に延伸しそこに溶接された、テーパの付された2つのクラッシュボックス(11)とを含み、前記クラッシュボックスの少なくとも1つは、牽引用アイレット(17)のための取り付け手段を有するように適合され、
 前記バンパーは、前記1つのクラッシュボックス(11)が溶接されたカバー(13)を有し、前記バンパーバーが、前記クラッシュボックスが前記カバーに溶接されていることによって前記クラッシュボックスによって支持され、前記カバー(13)および前記バンパーバー(14)が、少なくとも前記カバーおよび前記バンパーバーの一方または他方に溶接された内部にネジがきられたスリーブ(17)を受けるようにされた互いに軸方向の距離を隔てた同軸の穴(16,19)を有することを特徴とし、
 前記バンパーはさらに、前記カバー(13)が、前記カバーの穴(16)が位置する前記クラッシュボックス内に向けられた窪み(15)を有し、前記バンパーバーが前記バンパーバーの前記穴(16)が位置する突起(21)を有することを特徴とする、バンパー。」(下線部はmain requestによる訂正部分を示す。)

5.EPOの判断
(1)優先日前の公然実施に関する証拠が公衆に利用可能であったのかについて
 審判請求人は、本件特許の優先日より前に類似するバンパーが先に使用された証拠を提供しました。これは、バンパーの技術図面、バンパーの製造元からの宣誓供述書、およびこのバンパーを搭載した車両の登録証明書および写真によって立証しようとしたものでした。
 欧州特許庁(EPO)の審判部は、この公然実施に関する公衆による利用可能性(public availability of the prior use)について、採用すべき証拠の適正な基準は、「確率のバランス(balance of probability)」であると考えました。問題となっている車両は市場で販売されていたので、すべての証拠が異議申立人のコントロール可能な範囲、すなわちその権限と知識の及ぶ範囲内にあるわけでは無く、特許権者も同様に、主張されている先行技術にアクセスし入手できた可能性があったからです。
 本件の場合、豊富な証拠は明らかに説得力があり、審判部は、公然実施は正当な先行技術であると判断しました。
(2)クレーム1の主題の進歩性について
 審判部の見解は、以下の2つの特徴は、この公然実施からは知られていないというものでした。
 ① バンパーバー(14)には、バンパーバーの穴(6)が位置する突起(21)があること
 ② カバー(13)には、カバーの穴(16)が位置するクラッシュボックス内に向けられた窪み(15)があること
 審判部は、公然実施の主引例に対して解決されるべき技術的効果は、バンパーの前面の同軸穴とカバーの同軸穴との間に必要な軸方向距離を提供することによって、牽引用アイレットまたはスリーブが斜めに引っ張られたときに、牽引用アイレットまたはスリーブを安定させることであると議論しました。
 審判部は、進歩性と、客観的な技術的課題の特定とに関して、特に興味深いコメントをしました。審判部は、先行技術は、バンパーバーの非常に特定的で具体的な実施形態を表す公然実施であり、そこでは、クラッシュおよび牽引の局面に関する最適の結果を得るように適合し、かつともに協働するために、スリーブを含むすべての構成要素および部品が着想され、寸法決めされ、そして試験されていることに注目しました。したがって、同軸穴間の軸方向距離を調整しようと試みる技術的な課題は非現実的でした。もしもそのような調整をしようとするなら、この先行技術のバンパーバーの全体的な設計は異なるものになっていたであろうと判断しました。したがって、審判部は、当業者は自明な態様で訂正クレーム1の主題には到達しないであろうと結論付けました。

6.実務上の注意点
 これは、問題の先行技術が実際の公然実施(具体的な実施)であったという事実が実際に特許権者を助けたということを示唆しています。すなわち、先行技術は公然実施であったため、バンパーバーの異なる要素の各々は、注意深く選択され、かつ互いにバランスをとらなければならず、そしてバンパーバーの1つの要素を単に変更することは現実的ではなかったことは明らかでした。
 もちろん、同じ議論が、特許文書の形の先行技術に対しても提起される可能性があります。しかしながら、例えば、特許文書が本件発明の実施形態の実現に関する、単一の最終的な詳細までをすべて含むことはめったになく、したがってそのような文書は、特定のパラメータが変更可能である可能性を残し得ることは十分に確立されています。対照的に、実際の公然実施の製品は物理的に開発されているため、既存のすべてのパラメータが解決され、かつ確定されています。
 これが審判部が伝えようとしていたメッセージであったかどうかは正確には不明です。しかしながら、今回のような審決は、公然実施の先行技術はより徹底的に(そして具体的に)設計されているため、他の形式の先行技術よりも本質的に「変更可能性」が低いという議論への扉を開く可能性があります。そのようなアプローチが将来再び現れるかどうかを注視することは興味深いことです。

[情報元]D Young & Co Patent Newsletter No.83 June 2021
EPO審決(T 1952/18,2021年1月19日)原本

[担当]深見特許事務所 堀井 豊