国・地域別IP情報

特許権侵害訴訟の事実審弁論終結後に訂正が確定した場合の属否判断の基準となる請求項について判示した韓国大法院判決紹介

韓国大法院は、特許権侵害訴訟の事実審の弁論終結後に請求項の訂正が確定した場合に、訂正前の請求項に基づいて権利範囲の属否判断を行った原審判決には再審事由はないと判示しました。
(大法院2021.1.14.言渡し2017ダ231829判決)

1.事件の概要
 特許権侵害差止請求訴訟に対抗して被告が請求した特許無効審判において原告が当該特許の請求項の訂正請求をしました。特許審判院は訂正請求を認めるとともに特許は有効であるとする審決を下しましたが被告は審決の取消を求めて特許法院に審決取消訴訟を提起しました。
 一方、特許権侵害差止請求訴訟の控訴審において特許法院は、訂正請求を認める審決が未だ確定していない状態で訂正請求をする前の請求項に基づいて権利範囲の属否判断を行い、特許権侵害を認定する原審判決を下しました。この訴訟の事実審弁論終結後に特許法院において訂正請求を認める審決が確定しました。侵害を認定した控訴審の原審判決に対する上告審において大法院は、特許権侵害にかかる民事訴訟の事実審の弁論終結以後に訂正請求を認める審決が確定しても訂正前の請求項に基づいて判断した原審判決に民事訴訟上の再審事由はない、と判示しました。
 なお、本件訴訟の権利範囲の解釈については、弊所の「外国知財情報レポート 2021-5月発行」の「6.(韓国)特許権利範囲を定める基準を再確認した韓国大法院判決」に詳細に解説しております。弊所ホームページをご参照ください(https://www.fukamipat.gr.jp/report/)。

2.事件の経緯
(1)韓国特許第905128号(以下、本件特許)の特許権者である原告は、被告製品が本件特許を侵害しているとして特許権侵害差止請求訴訟を地方法院に提起しました(本件第一審)。
(2)これに対し被告は、2015年12月2日に特許審判院に対して本件特許の特許無効審判を請求しました(特許審判院2015ダン5458号)。
(3)これに対し原告は当該無効審判手続きにおいて、2016年2月11日に本件特許の請求項1および15を訂正する内容の訂正請求を行いました。
(4)特許審判院は2016年11月18日に原告の訂正請求を認めるとともに被告の特許無効の請求を棄却する審決を下しました。
(5)特許権侵害差止請求訴訟の第一審の地裁は侵害を認める原告勝訴の判決を下しました。
(6)被告は、特許審判院の棄却審決および地裁の侵害認定に不服を申し立て、特許法院に対し、上記審決の取消しを求める審決取消訴訟(特許法院2016ホ9318号)、および特許権侵害差止請求訴訟の控訴審(本件控訴審)を提起しました。
(7)特許法院での特許権侵害差止請求訴訟の本件控訴審については、2017年3月24日に事実審の弁論が終結しました。
(8)この時点では上記の審決取消訴訟は特許法院に係属中で原告の訂正請求を認めた審決は確定しておらず、このため本件控訴審では訂正前の明細書等をもとに権利範囲の属否等について判断を行い、特許法院は特許権の侵害差止請求を認める原審判決を下しました。
(9)特許法院は審決取消訴訟について、上記の原審判決と同日付で、原告の訂正請求を認めるとともに被告の特許無効の請求を棄却する判決を下しました。
(10)被告はこの特許法院の原審判決を不服として大法院に上告しました。

3.大法院の判断
 大法院は、特許権者が特許無効審判手続内で訂正請求をし、特許権侵害を原因とする民事訴訟の事実審弁論終結後に当該訂正請求に対する審決が確定しても、訂正前の明細書等により判断した原審判決に民事訴訟法第451条第1項第8号の再審理由があると見ることはできないと判断しました。
 したがって原審の弁論終結後、本件特許発明に対する無効審判での訂正請求に対する審決が確定したとしても、上告審は訂正前の明細書等に基づいて原審判決の権利範囲の属否等の判断に誤りがあったか否かについて判断しなければならない、と判示しました。

4.実務上の留意点
 韓国大法院は、以前の判決でも同様の判断を示しております。すなわち、大法院判決(2020.1.22言い渡し 2016フ2522全員合議体判決)において、「特許権者が訂正審判を請求しており、特許無効審判に対する審決取消訴訟の事実審弁論終結後に明細書等の訂正を認める内容の審決が確定したとしても、訂正前の明細書等で判断した原審判決に民事訴訟法第451条第1項第8号が規定した再審理由があるとすることはできない」と判断しました。
 この判決の趣旨は審決取消訴訟に限られず特許権侵害による民事訴訟にも適用されうるものと実務上理解されておりましたが、今回の本件判決は、特許権侵害に関する民事訴訟の事実審弁論終結後に明細書等の訂正を認める審決が確定した場合でも、上記の以前の大法院判決と同様に、訂正前の明細書等に基づいて判断した民事訴訟の原審判決に再審事由がないという点を明確にしたものと理解されます。
 本件判決によりますと、侵害訴訟の事実審弁論終結の時点で未だ訂正審判の審決がされていない場合または無効審判手続内での訂正請求が確定していない場合には、当該侵害訴訟では訂正前の明細書に基づいて権利範囲の属否等について判断を行うことができ、さらには事実審弁論終結後に訂正が確定しても上告審では当該訂正を考慮せずに訂正前の明細書に基づいて原審判決の当否を判断できることが判示されました。
 本判決に関する実務上の留意点としては、侵害訴訟の控訴審裁判所である特許法院が訂正審判の審決または訂正請求の結果を待たずに控訴審の弁論を終結する可能性があることを考慮する必要があります。したがいまして、特許権侵害訴訟を提起した特許権者は、訂正が認められることが侵害訴訟の勝敗を左右するような重要な訂正を行う場合には、早い段階で訂正のための手続を取り、控訴審の事実審弁論終結前に訂正が確定するように訴訟全体の進行について注意を払うことが必要です。

[情報元]
(1)KIM & CHANG  NEWSLETTER  2021 Issue 2
「侵害訴訟の事実審弁論終結後に訂正が確定した場合、権利範囲の属否判断の基礎となる請求項とは?」
(2)独立行政法人 日本貿易振興機構(ジェトロ)ソウル事務所
 ① 韓国の知的財産権侵害判例事例集(2021年3月)
「17.特許侵害差止訴訟の事実審の弁論終結以後に特許の訂正請求に係る審決が確
定しても、訂正前の明細書により判断した原審判決に再審事由はない」
 ② 知財判例データベース
「韓国大法院判決 2016フ2522登録無効(特)2020年1月22日言い渡し

[担当]深見特許事務所 堀井 豊