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米国第1巡回区控訴裁判所は、雇用契約および離職契約に基づいて元従業員に対し特許権を会社に譲渡させる宣言的判決を求める原告の要求を却下した地方裁判所の判決を支持しました。

Covidien LP; Covidien Holding Inc. v. Brady Esch, 事件番号20-1515(第1巡回区控訴裁判所 2021年4月8日)

1.事件の概要
 地方裁判所は、雇用契約および離職契約に基づいて元従業員に対し特許権を会社に譲渡させる宣言的判決を求める会社の要求を却下しました。その控訴審において米国第1巡回区控訴裁判所(United States Court of Appeals for the First Circuit)は「中道的な」審理基準を適用して、地方裁判所の判決を支持しました。

2.事件の経緯
(1)背景事情
 被告人Brady Esch(以下Esch)は、原告であるCovidien LPおよびCovidien Holding Inc.(以下Covidien)での雇用期間中に、雇用契約および離職契約に署名しましたが、この契約は、守秘義務、Covidienでの雇用中またはCovidienを離れてから1年以内になされた発明の開示義務、およびそのような発明のCovidienへの譲渡を要求していました。
(2)事件の発端
 Eschは、Covidienを退職した後に自分の会社(Venclose)を設立するとともに特許出願(仮出願⇒本出願⇒PCT出願)をしてそれらをVencloseに譲渡しました。Covidienは、守秘義務違反および発明開示義務違反でEschをマサチューセッツ州連邦地方裁判所(以下、地方裁判所)に提訴しました。
(3)地方裁判所での審理
 地方裁判所の審理において陪審員は、CovidienおよびEschの両当事者による提案内容に基づいて地方裁判所によって陪審員に説示された質問に答えました。陪審員に対する質問は以下のようなものでした。
 ・質問1および2:Eschは雇用契約および離職契約に基づく守秘義務に違反したか?
 ・質問1Aおよび2A:上記質問1および2がYesであれば、Covidienはこれらの契約違反から生じた損害を証明したか?
 ・質問3:Eschは雇用契約に基づいてCovidienに発明を開示する義務に違反したか?
 ・質問3A:上記質問3がYesであれば、発明を開示しなかったことによる損害が生じているか?
 ・質問4:上記質問3がNoであれば、Eschは善意かつ公正に取引を行うという黙示の了解に違反したか?
 ・質問4A:上記質問4がYesであれば、それによる損害が生じているか?
 ・質問5:Covidienに対して損害が生じているのであればその額?
 ・質問6~8:上記質問3AがYesのときのみ、Eschの特許出願に係る発明が雇用契約の下になされた発明かどうかに関する質問に答えること。質問3AがNoであれば質問6~8には答えず質問は終了する。
 Covidienは陪審審理に入る直前になって、質問3の問題と質問6~8の問題とは契約の別の条項に関するものであり、質問3がYesまたはNoのいずれの場合にも質問6~8についても回答されるべきであると申立ましたが裁判所はこれを認めずに陪審審理に入りました。
 陪審審理が開始され、陪審員は、質問1および2についてはEschの守秘義務違反を認定し(損害額は$794,892.24)、質問3についてはEschは発明の開示義務に違反しなかったと認定し、質問4についてはEschは善意かつ公正に取引を行うという黙示の了解に違反しなかった、と認定しました。
 質問3に対する回答がNo(開示義務違反無し)であったので、質問6~8(Eschの特許出願に係る発明が雇用契約の下になされた発明かどうか)には陪審員は回答しませんでした。
 陪審審理の後、Covidienは、Eschが契約の譲渡条項に従ってCovidienに特許権を譲渡することを要求する宣言的判決を求めましたが、地方裁判所はこれを却下しました。
 地方裁判所は、何らかの潜在的な発明の開示に相当する行為は当該特許出願の公開のみであって、これは陪審員が雇用契約に定められたEschの守秘義務の違反に相当すると認定した行為であり、常識的に考えても、雇用契約による守秘義務違反が同時にCovidienに対するEschの発明開示義務を果たすというようなことはどの当事者も予想しなかったものであると判断しました。
 地方裁判所は、陪審員への質問に内部的な矛盾はあったが、「質問事項3に対する陪審員の『決定的な』否定的回答は、雇用契約の下に包含されるどのような『発明』もなされなかったという事実認定として解するしかない」と認定し、Covidienの申立を却下しました。
 Covidienは第1巡回区控訴裁判所に上訴しました。

3.控訴裁判所の判断
 第1巡回区控訴裁判所は地方裁判所に同意し、「中道的(middle ground)な」基準を適用しましたが、この基準は、「裁量権の濫用」に関するものよりも厳密な基準ですが、「判決を最初から見直すこと(de novo review)」よりは制約が少ない基準です。この見直しの基準では、「事実および地方裁判所が述べた理由を注意深く熟考すること」が要求されます。
 第1巡回区控訴裁判所は、適用可能なマサチューセッツ州法の下で地方裁判所は契約に関する問題に十分に対処しており、そして「発明」の定義および譲渡の要件を陪審員へ具体的に説明していた、と認定しました。第1巡回区控訴裁判所は、陪審員は質問3に対する回答に関係なく質問6〜8にも回答する必要があるというCovidienの要求は、「実体的に正しい」ものではなく、また「重要な争点に不可欠」なものでもなく、「実質的には陪審員への説明に含まれる」ある種の指示に過ぎないものであったと認定しました。
 さらに、第1巡回区控訴裁判所は、「内部的に矛盾した」陪審評決、すなわち、Eschが特許出願の公開を通じて彼の秘密保持義務に違反した事実によって彼の開示義務を果たしたという評決は、契約に包含される発明がなかったという事実認定としてのみ解され得ると認定しました。
 したがって、第1巡回区控訴裁判所は、地方裁判所がCovidienの陪審審理後の宣言的判決の請求を却下したことについてその裁量権の濫用はなかった、と結論付けました。

[情報元]McDermott Will & Emery IP Update | April 22, 2021
Covidien LP; Covidien Holding Inc. v. Brady Esch, 事件番号20-1515(第1巡回区控訴裁判所 2021年4月8日)判決原文
[担当]深見特許事務所 堀井 豊