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韓国大法院は、特許権侵害差止請求事件において、「特許請求の範囲」の記載のみでその技術的範囲が明白である場合には、明細書の他の記載に基づいて特許請求の範囲の記載を制限解釈してはならないと述べ、特許クレームの解釈に関する基準を再確認する判決を下しました。

 (大法院2021.1.14.言渡し2017Da231829判決)

1.事件の背景
(1)本件特許発明について
 韓国特許第905128号(以下、「本件特許」という)の特許発明は、プラズマ装置における汚染の防止に関するものであって、下記の図1にその一実施形態を示す、「汚染防止装置」の発明に関しています。本件訴訟においては、本件特許発明と、被告の実施製品との、「電磁界発生部」と「遮断壁」との位置関係が論点になっています。
 特許請求の範囲第1項の記載のうち、装置概要に関する前提部分、「電磁界発生部」および「遮断壁」に関する記載は下記のとおりです。なお、下記の図1を参照して発明の構成を把握し易くするため、括弧書きで参照番号を付記しています。
 「汚染防止装置」の概要についての前提部分の記載:工程チャンバ(10)の排気管(15)に連結され、上記工程チャンバ内のガスを引き込ませてプラズマ状態にする空間を形成するセルフプラズマチャンバ(40)の汚染防止装置(100)
 「電磁界発生部」に関する記載:上記工程チャンバから引き込まれた汚染誘発物質がセルフプラズマチャンバのウインドウ(45)に向かう直線経路から外れるように電磁界を発生させる電磁界発生部(120)
 「遮断壁」に関する記載:上記セルフプラズマチャンバ(40)からの光信号が直線経路を介して上記ウインドウに達するように中央に貫通孔(140)が形成された、上記発生された電磁界により上記直線経路から外れた汚染誘発物質が上記セルフプラズマチャンバのウインドウ(45)まで達することを遮断するための少なくとも一つ以上の遮断壁(130)

[本件特許の図1]

(2)侵害訴訟の提起
 本件特許の特許権者である原告は、被告の実施製品が本件特許を侵害するとして、特許権侵害差止めを求める訴訟を地方法院に提起しました。その後本件訴訟は、特許法院へ控訴され、さらに大法院へ上告されました。
 なお、2016年1月1日の韓国の改正法院組織法、改正民事訴訟法の施行に伴い、特許権等に関する侵害訴訟の第二審は、特許法院の専属管轄となっています。
(3)原告および被告の主張
 特許権者である原告は、被告の実施製品が本件特許発明の権利範囲に属するので、被告の実施行為は原告特許権の侵害に該当すると主張しました。
 その一方、被告は、被告の実施製品における遮断壁が磁性体内部に形成されているのに対して、本件第1項発明の遮断壁(130)は、本件特許の図から分かるように、電磁界発生部(120)と互いに離隔して後方に形成されているので、被告の実施製品とは異なり、被告の製品は本件特許発明の権利範囲に属さない旨主張をしました。
 なお、本件特許の図2~6には、上記図1に示す実施形態の変形例が示されていますが、いずれにおいても、「遮断壁130」は「電磁界発生部120」の後方に離隔して形成されています。

2.特許法院の判決
 特許法院は、本件特許発明および発明の詳細な説明において、遮断壁が直線経路から外れた汚染誘発物質がチャンバのウインドウまで達することを遮断すると記載されているだけであって、遮断壁の形成位置について限定しておらず、本件特許の明細書の図に示されている内容は一つの実施例に過ぎないため、それが特許クレームの記載を制限解釈する根拠にはならないと判示しました。
 そして、被告の実施製品は遮断壁の位置が異なるので本件特許発明の権利範囲に属さないとの被告の主張を排斥し、原告の特許権侵害差止め請求を認める判決を下しました。被告(控訴人)は、上記特許法院判決を不服として、大法院に上告しました。

4.大法院の判決
 上告審にて大法院は、過去の大法院判決(大法院2011.2.10.言渡し2010Hu2377判決等)に基づき、特許発明の保護範囲は特許請求の範囲の記載のみをもって特許発明の技術的構成が分かることができないか、若しくはそれを分かることができるとしても技術的範囲を確定することができない場合にも、明細書の他の記載に基づいて特許請求の範囲を拡張解釈することは許されないことは勿論、特許請求の範囲の記載のみをもって技術的範囲が明白である場合には、明細書の他の記載に基づいて特許請求の範囲の記載を制限解釈してはならないことを明らかにしました。
 このような基準に基づいて大法院は、原審の判断を支持し、被告(上告人)の上告を棄却しました。

4.韓国における請求の範囲の文言解釈
 特許権侵害事件における特許発明の保護範囲の認定に関し、本件判決と同様の判示事項を含む最近の韓国大法院判決として、「2017ダ227516特許侵害差止(特)(2020年1月30日言い渡し)」、「2018フ12202登録無効(特)(2020年4月9日言い渡し)」が挙げられます。
 韓国特許法第97条は、「特許発明の保護範囲は、請求の範囲に記載されている事項により定められる」と規定されています。
 日本の特許法70条1項には、「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定され、最高裁平成3年3月8日第2小法廷判決(リパーゼ判決)後の平成6年改正において新設された特許法70条2項において、「前項の場合において、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定されています。
 韓国特許法には、日本の特許法70条2項のような規定は存在しませんが、韓国大法院判例では、上記2つの大法院判決を含めて、「請求の範囲の文言解釈において、発明の詳細な説明や図面などを参酌することはできるものの、参酌という程度を越えて保護範囲を制限または拡張することは原則的に許容されない」との一貫した立場を取っています。本件大法院判決も、そのような立場を踏襲し、特許クレームの解釈に関する基準を再確認したものと言えます。

[情報元]FIRSTLAW IP NEWS Issue No.2021-01 March 2021
「大法院、特許権利範囲を定める基準を再確認」
日本貿易振興機構(ジェトロ)知財判例データベース
(1) 韓国大法院判決(2017ダ227516特許侵害差止、2020.1.30言い渡し)
(2) 韓国大法院判決(2018フ12202登録無効、2020.4.9言い渡し)

[担当]深見特許事務所 野田 久登