CAFCは、テキサス州西部地区連邦地方裁判所による移送申立の却下決定について、地方裁判所による裁量権の濫用はないとして支持しました。
In re SK hynix Inc., Case No.21-113(Fed. Cir. 2021年2月1日)
In re SK hynix Inc., Case No.21-114(Fed. Cir. 2021年2月25日)
1.事件の概要
(1)1回目の職務執行命令の申立
米国連邦巡回控訴裁判所(the US Court of Appeals for the Federal Circuit: CAFC)は、地方裁判所の特許侵害訴訟において被告による別の地方裁判所への移送申立が8ヶ月にわたって判断されずに係属したままになっており、当該移送申立について地方裁判所が決定するまでは侵害訴訟そのものの手続を停止するように地方裁判所に命令することを求める被告による職務執行命令の申立(mandamus petition)について、非常に希なことですが許可する決定を行いました。CAFCは、地方裁判所による移送申立の取り扱いを、甚だしい遅延と先例に対する露骨な無視に等しいと批判しました。
(2)2回目の職務執行命令の申立
地方裁判所はCAFCによる職務執行命令の許可決定の翌日、係属していた移送申立を却下しました。申立人はCAFCに対して、移送を強制するための新しい職務執行命令の申立を提出しましたが、CAFCはこの申立を却下しました。
CAFCは、訴訟が最初から移送先の裁判所には提起され得なかったであろうし、その裁判所での特許権者による先の訴訟提起がその後に提起された訴訟の裁判地に対する同意を与えたものでもなく、フォーラム・ノンコンビニエンスの法理(the doctrine of forum non conveniens)および先願主義(first-to-file rule)は移送の根拠とならなかったものと判断しました。
2.事件の経緯
(1)事件の発端
NetlistとSK hynixとは、メモリ半導体分野の競争相手です。2020年3月にNetlistは、特許侵害でSK hynixをテキサス州西部地区連邦地方裁判所(以下、単に地方裁判所)に訴えました。
(2)被告による移送の申立
① 2020年5月4日に、被告であるSK hynixは、事件をカリフォルニア州中部地区連邦地方裁判所に移送するように地方裁判所に申し立てました。
② 両当事者は2020年5月中に移送の申立に関するブリーフィングを完了しましたが、その間に、地方裁判所は両当事者に広範な証拠開示に従事するよう命令し、2021年3月19日にマークマンヒアリング(Markman hearing)の開催を予定しました。
③ 2020年12月15日に、SK hynixは地方裁判所に対し、移送申立が係属している訴訟の手続を停止するように申し立てました。
④ 2021年1月6日に、地方裁判所は両当事者に対して、管轄権の問題が解決される間、並行してすべての期日に関して手続を進めるように指示しました。
(3)CAFCへの職務執行命令の申立(1回目)
その後、SK hynixは、CAFCに対し、事件を移送するように地方裁判所に指示するか、あるいは、SK hynixの係属中の移送申立について決定するよう求める職務執行命令の申立を提出しました。地方裁判所はまもなく、移送申立に関するヒアリングを2021年2月2日に設定する命令を出しました。
(4)CAFCの判断(1回目)
2021年2月1日、CAFCは、事件を移送することは却下しましたが、職務執行命令の申立は認め、地方裁判所が移送の申立に関する決定を下すまで、証拠開示を含む、事件の実体的な争点に関するすべての手続きを停止するよう地方裁判所に指示しました(In re SK hynix Inc., Case No.21-113(Fed. Cir. 2021年2月1日))。
その命令において、CAFCは、移送要求に対する地方裁判所による「任意の行動拒否」を是正するために職務執行命令が使用され得ることを認めました。地方裁判所はその審理予定の取り扱いに裁量権を持っていますが、移送の申立は「間違いなく最優先されるべき」であり、CAFCは、地方裁判所による移送申立の取り扱いを「甚だしい遅延と先例に対する露骨な無視」に等しいと特徴付け、両当事者が地方裁判所から事件の実体の手続を進めるように指示されている一方で、移送申立は「審理予定において不必要に手間取った」と認定しました。
(5)地方裁判所の対応
CAFCによる決定の翌日の2月2日に、地方裁判所はSK hynixの移送要求を正式に却下する決定を出しました。地方裁判所の命令はまた、公判期日を2021年12月6日から2021年7月6日まで、マークマンヒアリングを2021年3月19日から2021年3月1日まで繰り上げました。
(6)CAFCへの職務執行命令の申立(2回目)
SK hynixはこれを受け入れず、再度CAFCに対して、移送を強制するとともに、マークマンヒアリングと公判の期日が早まったことに鑑み地方裁判所の訴訟手続の停止を要求する職務執行命令の申立を提出しました。SK hynixは、地方裁判所は訴訟手続を中止するよりもむしろ自発的に「訴訟のペースを加速させた」と主張しました。
3.CAFCの最終判断
① 結論
CAFCは、第5巡回区控訴裁判所の判例法を適用して、職務執行命令の申立てを却下し、SK hynixは、地方裁判所が移送の申立を却下する際にその裁量権を明らかに濫用したことを示さなかった、と結論付けました(In re SK hynix Inc., Case No.21-114(Fed. Cir. 2021年2月25日))。
いわゆるフォーラム・ノンコンビニエンス(the doctrine of forum non conveniens)の問題(紛争に関して便宜上適切な裁判所が管轄権を有すべきとの法理)について、CAFCは、28USC§1404(a)に基づく移送の基準条件、すなわち訴訟がカリフォルニア州中部地区連邦地方裁判所に「提起され得るものであった」こと、あるいは裁判地についてすべての当事者が同意したこと、をSK hynixが満たしていないという地方裁判所の決定に関して、裁量権の明確な濫用を認めませんでした。
② 「提起され得るものであった」という質問に関して
CAFCは、28USC§1404(b)の裁判地要件の対象とならない外国の事業体であるSK hynixではなく、当該裁判地要件の対象となる国内事業体でありかつカリフォルニア北部地区に本社を置くSK hynix Americaに対して訴訟が提起され得たものかどうかについて地方裁判所が適切に検討していると認定しました。
CAFCはまた、SK hynixがその移送申立において、外国と国内のSK hynixの事業体を区別しなかったと認定しました。本件訴訟は、カリフォルニア中部地区においてSK hynixに対して提起され得た訴訟ではありませんでした。なぜなら、SK hynix Americaは、28USC§1400(b)に基づく裁判地を授与するのにはカリフォルニア中部地区での十分な存在を欠いていたためです。裁判地は本来、SK hynix Americaがその主要な事業所を維持していたカリフォルニア北部地区が適切でした。
③ 「裁判地についてすべての当事者が同意したこと」という質問に関して
CAFCはまた、28USC§1404(a)による移送のための別の基準、具体的には、すべての当事者がカリフォルニア州中部地区での訴訟の裁判地に同意したという基準の適用可能性をSK hynixが立証しなかったという地方裁判所の結論を妨げる根拠を発見しませんでした。
SK hynixは、Netlistによって先に提起された、カリフォルニア州中部地区でのSK hynixに対する2つの係属中であるが停滞している特許侵害訴訟を指摘しました。これらの訴訟には、テキサス州での訴訟の特許と同じファミリーに属し、侵害が主張されたクレームがすべて特許審判部によって特許性がないと判断された異なる特許が含まれていました。
CAFCは、これは同意の推論を立証するには不十分であると判断するとともに、この特定の訴訟の裁判地に対するNetlistの明示的な異議を指摘しました。カリフォルニア州中部地区でのNetlistの先行する出訴は、異なる特許を含むその後の訴訟についてそこを裁判地とすることに自動的に同意するものではありませんでした。したがって、CAFCは、SK hynixが28USC§1404(a)に基づく移送の基準要件を満たしていないと地方裁判所が判断したことについて、地方裁判所はその裁量権を明確に濫用しなかった、と認定しました。
④ 先願主義の適用可能性
CAFCはまた、先願主義(関連する訴訟が2つの連邦裁判所で係属中の場合において、もしも実質的に重複する争点がある場合、最後に提起された訴訟の裁判所はそれを審理することを拒否し得るとする主義)は適用できないと判断しました。なぜなら移送先裁判所に関する28USC§1404(a)の基準条件が満たされていなかったからです。CAFCはその結論が、一貫性のない判決または当事者および司法のリソースの浪費を回避するという先願主義の目的を達成するための停止または他の手段をテキサス州およびカリフォルニア州の地方裁判所が利用できることを排除するものではない、と述べました。
このように、CAFCは、SK hynixの職務執行命令の請願ならびに地方裁判所の訴訟を停止する要請を却下しました。
[情報元]McDermott Will & Emery IP Update | February 11, 2021
McDermott Will & Emery IP Update | March 11, 2021
In re SK hynix Inc., Case No.21-113(Fed. Cir. 2021年2月1日)判決原文
In re SK hynix Inc., Case No.21-114(Fed. Cir. 2021年2月25日)判決原文
[担当]深見特許事務所 堀井 豊