ダイソンドライヤーの意匠無効審判事件から見る製品の保護における意匠権の重要性
中国では、意匠とは、製品の全体又は部分の形状、模様又はそれらの組合せ、及び色彩と形状、模様の組合せについて提案された、美感に富み工業的応用に適した新しいデザインをいいます。意匠権は工業デザインの保護において非常に重要な役割を果たしており、多くの有名なブランドが自社の独創的なデザインを保護するための有力な手段として用いています。また、意匠権は比較的に、出願費用が安く審査期間が短いというメリットがあるほか、意匠権侵害判決の損害賠償額も年々増加傾向にあるため、意匠権は製品の知財保護において必要不可欠な権利となっています。
ダイソン社のドライヤーは過度の熱ダメージから髪のなめらかさを守り、高品質、速乾機能、低噪音、高級感のあるデザインなどの特徴があり多くの消費者に愛用されています。ダイソン社はドライヤー製品の特実意の出願を多く行っていますが、ドライヤーが市場投入された後に多くの模倣品と冒認出願に見舞われました。そこで、各種製品の権利保護を重要視しているダイソン社は、権利侵害訴訟などの手段を活用して、積極的に権利行使をしています。これに対しては、被疑侵害者は、権利行使に対抗するために、ダイソン社の知的財産権に対する無効審判を請求しました。2021年3月3日、「手持ち式器具」を名称としたダイソン社の特許(ZL201410321250.5)は無効になってしまいました。また、当該特許に関連する登録意匠(ZL201430047146.2)(以下、本件意匠といいます。)も、異なる請求人により2件の無効審判が請求されました。以下に、当該2件の意匠無効審判事件を簡単に紹介します。
1.事件概要
本件意匠の各図面
意匠無効審判事件1(審決第46678号)
無効審判請求人は16件の先行意匠を含む11件の証拠を提出し、中国特許法第9条違反、第27条2項違反及び第23条1項、2項違反を無効理由として主張しました。そのうち、審決で採用された証拠は以下のとおりです。
中国特許庁審判部は審理を経て、本件意匠を有効とする審決をしました。その理由は以下のとおりです。
1)「実質的同一」について(中国特許法第9条1項)
本件意匠は証拠2.1とは、全体の輪郭形状は完全に同一であるものの、本件意匠のハンドルの下部には丸穴が密に設けられているのに対して、証拠2.1にはこのような構成がない。本件意匠の側面は上記下部の丸穴からなる環状帯によって2つの部分に分かれているように見えるのに対して、証拠2.1のハンドルの側面は平滑で一体となっていることから、本件意匠と証拠2.1とは視覚効果に顕著な差異がある。ハンドルが長く、且つ丸穴からなる環状帯がハンドルの下部に配置されているため、手持ちで使用される時に丸穴からなる環状帯も手により遮蔽されることがなく、一般消費者の注意を惹くものである。これらの差異点は物品の使用時に目に付きにくい部分や見えない部分ではなく、一般の注意では発見しにくい微細な差異や審査基準に規定する「実質的同一」に該当する他の事情でもない。したがって、本件意匠と証拠2.1とは実質的同一ではなく、同一の意匠に該当せず、本件意匠は中国特許法第9条1項に規定する要件を満たしている。
2)「明確性」について(中国特許法第27条2項)
本件意匠の図面は本件物品の意匠を明確に示している。具体的には、本件意匠の各図面は明確であり、図面間に不一致はなく、各部分形状も明確に表されている。ヘッド部の形状について、斜視図1には、本件意匠に係る物品のヘッド部に複数のサークルがあり、それらのサークルの位置関係を機械製図の基準に合わせて、且つ図面に対する通常の理解と判断に基づき、ヘッド部が真ん中へ凹んでいる構造が明確に示されている。また、意匠権者が無効審判の口頭審理で説明したように、本件意匠に係る物品のヘッド部の内部は中空であり、各図面からこの部分を確認しても不一致はない。したがって、本件意匠の各図面、一般消費者の常識及び口頭審理時の意匠権者の説明から、本件意匠は、図面に明確に表されており、中国特許法第27条2項に規定する要件を満たしている。
3)「同一、実質的同一又は明らかな差異がない」について(中国特許法第23条1項と2項)
合議体は、ドライヤー製品は通常、ヘッド部とハンドルとの2部分からなり、2部分ともほぼ柱状の形状で縦横を直交して接続する構造が慣用のデザインであるものの、全体の割合、ヘッド部とハンドルの具体的な形状には一定の変化の余地があり、デザインの変化が慣用手法よりも一般消費者の注意を惹きやすく、全体の視覚的効果に顕著な影響を与えるものだと判断し、本件意匠は11件の証拠とそれぞれ単独で比べて、同一又は実質的同一ではなく、かつ顕著な差異を有する。
意匠無効審判事件2(審決第46108号)
無効審判請求人は7件の先行意匠を証拠とし、これら単独又はその組み合わせにより本件意匠と比較して、本件意匠は中国特許法第27条2項違反及び第23条1項、2項違反の無効理由を有すると主張しました。
当該7件の証拠のうち、審決で採用されたものは以下のとおりです。
中国特許庁審判部は審理を経て、本件意匠の有効審決をしました。その理由は以下のとおりです。
1)「同一、実質的同一又は明らかな差異がない」について
合議体は、ドライヤー製品は通常、ヘッド部とハンドルとの2部分からなり、2部分ともほぼ柱状の形状で縦横に直交して接続される構造は慣用のデザインといえるものの、全体の割合、ヘッド部とハンドルの具体的な形状には一定の変化の余地があり、これらのデザインの変化が慣用手法より一般消費者に注意されやすく、全体の視覚効果に顕著な影響を与えるものだと判断しました。本件意匠と先行意匠とは、全体の割合、ヘッド部とハンドルの具体的な形状には大きな差異を有し、これらの差異点が全体の視覚効果に顕著な影響を与えるため、本件意匠と先行意匠とは大きな差異を有すると判断されました。先行意匠を組み合わせた構成要素と本件意匠の関連構成要素とは、ヘッド部とハンドルの具体的な形状において大きな差異を有し、全体の視覚効果に顕著な影響を与えるため、本件意匠と先行意匠の組み合わせとは大きな差異を有すると判断されました。
2)「明確性」について
合議体が本件意匠の意匠権が有効であると認定した理由は、第46678号審決の理由とはほぼ同じであるため、ここで繰り返さないこととします。
2)上記の意匠無効審判の登録維持審決を受けて
上記の2件の無効審判事件において、請求人は利用可能なあらゆる根拠条文及び証拠を用いたものの、結果的には本件意匠を無効にすることはできませんでした。本件意匠が先行意匠と同一か、実質的同一か、又は明らかな差異を有するかを判断する際に、合議体は、本件意匠が先行意匠との比較において、ヘッド部及びハンドルがともにほぼ柱状の形状で縦横を直交して接続する構造は慣用のデザインであると判断したものの、全体の割合、ヘッド部とハンドルの具体的な形状には一定の変化の余地があり、これらのデザインの変化に注目すべきだと認定しました。単純にデザインの要素から見れば、本件意匠に係る物品のヘッド部、ハンドル及び中空の円柱状であるヘッド部の内側とも、簡単な円柱形のデザインの要素からなるが、これらの要素を組み合わせた本意匠は先行意匠と比べて、顕著な差異を有するため、依然として安定した意匠権であることが確認されました。ダイソン社のように、関連特許が無効になったとしても、意匠権によって模倣品や冒認出願の排除を図ることができるので、意匠権の重要性が再認識されたといえます。
特許権と意匠権の有効性を判断する条文、必要な証拠と理由がそれぞれ異なるため、特許が無効になったとしても、関連する意匠は有効に維持できる場合が多く見られるので、意匠権は企業の権利保護、市場防衛において最も多く利用される知財武器の一つといえます。
また、中国が経済的に発展するにしたがって、消費者の購買力も向上しています。消費者は製品を購入する時には、機能だけでなく、製品のデザインによる高級感もより重要視するようになっており、製品のデザインは既に消費者の購買を促す重要な要素となっています。したがって、新規に開発した製品については、特許出願、実用新案出願を行うほか、新しいデザインについて意匠出願も行うことが重要であるというべきです。
2021年6月1日より施行される新たな中国特許法には、部分意匠制度が導入されました。意匠権により市場において製品の強力な保護を受けるために、部分意匠と全体意匠を組み合わせて出願することも考えられます。
[情報元]北京林達劉知識産権代理事務所 LINDAからのIPニュース第140号 |April 2021
[担当]深見特許事務所 藤川 順