弁護士費用に関するCAFC判決
(米国)CAFCは、事件が「例外的なケース」であるとして弁護士費用を得るためには、勝訴当事者がその根拠を明確に説明することが重要であるとした上で、地裁が「例外的なケース」と認定した根拠を十分に示しておらず、裁量権を濫用していたとして、地裁判決を破棄しました。
(Munchkin, Inc. v. Luv n’ Care, Ltd., No. 19-1454 (Fed. Cir. 2020))
I.弁護士費用の法的根拠
特許ないし商標権を乱用し、明確な侵害の根拠がないにもかかわらず訴訟を提起し、相手方を疲弊させ、無理なライセンス契約を結ばせようとする悪質なケースを防ぐため、米国特許法285条、およびランハム法(商標法)1117条(a)には、「裁判所は例外的なケースにおいて、勝訴当事者に適切な額の弁護士費用を与えてもよい」と規定しています。
一部の特許不実施団体によって上記のような悪質な訴訟が過熱した2014年頃、米国連邦最高裁はOctane Fitness判決によって、「例外的なケース」といえる場合は、勝訴した当事者(勝訴した被告も含まれます)に弁護士費用を認め易くなるように判示し、根拠の乏しい訴訟を提起することを抑止することを試みました。
Octane Fitness判決において最高裁は、この「例外的なケース」の意味を、法的関係と事実関係の両方を考慮し、訴訟当事者の立場の実質的な強さや、または訴訟での不当な行為が他のケースと比較して「際立っているようなケース」であると定義しています。この分析によると、全体的な状況を踏まえた上で事件が例外的なケースに当てはまるか否かを検討しなければなりません。更に最高裁は、事件が「例外的に悪質なケース」であることを、勝訴した当事者側が立証責任を負うとしました。
II.本件の経緯
1.Munchkin社による地裁への提訴
(1)飲料漏れを防止する幼児用飲料容器の特許、商標およびトレードドレスを有していたMunchkin社は、まず商標に基づいて、Luv ‘N Care社(以下「LNC社」)が商標侵害および不正競争をしているとしてカリフォルニア州中部地区連邦地裁に提訴しました。
(2)その1年後、Munchkin社は、その訴訟に新たな商標、トレードドレス侵害の請求を加えるとともに、特許(US7,359,748)の侵害を訴状に含める申し立てをし、地裁はそれを許可しました。
2.Munchkin社による訴訟の取り下げ
その後、Munchkin社は、地裁が訴因について実態的判断を下す前に、同社のビジネス上の都合と、LNC社が提起したIPR(当事者系レビュー)の不利な結果から、同地裁提訴後にLNC社に対する全ての法的請求を自発的に放棄しました。
3.地裁でのLNC社の主張と、地裁の認定
これに対して、LNC社は、Munchkin社は正当な訴因を持たないにも関わらず不当な訴訟を提起したと主張し、米国特許法285条、ランハム法(商標法)1117条(a)の「例外的なケース」に当てはまるので、Munchkin社にLNC社が費やした弁護士費用を支払わせるように要求する請願を提出し、地裁はそれを認めました。
4.Munchkin社による控訴
これに対しMunchkin社は、地裁判決はその根拠を明確に判示していないとして、CAFCに控訴しました。
5.CAFCは、元の訴訟で争われた知財権そのものに関する争点が地裁で十分に議論されていない場合、事件が「例外的なケース」であるとして弁護士費用を得るためには、勝訴当事者が、その事件が例外的である根拠を明確に説明することが重要であると説明した上で、本件では地裁は「例外的なケース」と認定した根拠を十分に示しておらず、裁量権を濫用していたとして、地裁判決を破棄しました。
III. 地裁が裁量権を濫用したとするCAFC判決の具体的根拠について
地裁が「例外的なケース」であると認定したことが、地裁の裁量権の濫用であると判断した具体的理由について、CAFC判決は次の点を挙げています。
1.特許訴訟について
(a)地裁はMunchkin社のクレーム解釈を採用しており、それが「LNC社の特許無効の申し立て」にとって重大なハードルとなっていたこと。
(b)地裁がMunchkin社のクレーム解釈を採用したという事実そのものから、何故
Munchkin社の訴訟における主張が本件において例外的に弱いのかを地裁は十分に詳細に説明する義務が生じていたこと。
(c)IPRにおいて特許無効になったという結果と、IPRにより特許が無効になる確率を示す統計は、地裁の判断の根拠としては不十分であること。
(d)Munchkin社特許を無効とする先行技術として引用したPlaytex社のTwist ‘N Clickカップ製品については、地裁は表面的にしか言及せず、そのような先行技術を詳細に議論することなく、裁判記録にも形式的にしか記載していなかったこと
2.商標訴訟について
(a)Munchkin社が新たな商標侵害を訴状に含める修正を申し立てた際に、地裁が訴状の修正認めた限り、そのような訴訟を提起したこと自体についてはMunchkin社を非難することは出来ないこと。
(b)商標同士の混同のおそれについて、地裁が具体的に分析することが必要であったこと。
3.トレードドレスについて
(a)トレードドレスに関する申し立てのいずれも、Munchkin社の保護可能な有効なトレードドレスの権利を所有しているとする主張が不当であったとする判決を正当化するものではないこと。
(b)商標の場合と同様に、地裁がMunchkin社に訴状に新しくトレードドレスに関する請求を追加することを許可していた点。
IV. 本件CAFC判決を踏まえた留意点
特許、商標、トレードドレス事件において、勝訴者が敗訴者に弁護士費用を求める場合には、例外的・懲罰的な賠償であることを考慮して、勝訴者に弁護士費用を与えられるほど事件が「例外的」に悪質であったとする根拠を、例えば、準拠法や事実に基づいて、相手方当事者の行為が非常に不当であり不実性があることを立証して、明確に示すことが重要になります。
[情報元]Westerman, Hattori, Daniels & Adrian, LLP 服部 健一 米国弁護士 米国特許ニュース|Jan, 2021
本件CAFC判決原文(No.2019-1454、判決日:2020年6月8日)
Octane Fitness事件最高裁判決(No.12-1184、判決日:2014年4月29日)
[担当]深見特許事務所 野田 久登