中国特許審査基準(化学関連)の改訂について
中国国家知識産権局(CNIPA)は、2020年12月11日付で、特許審査基準(専利審査指南)第2部第10章(化学分野発明)の改正を公示しました。改正審査基準は、2021年1月15日より施行されています。
改正の概要は、以下のとおりです。
I.実験データの補充に関する改訂(第2部第10章3.5)
1.審査指南第2部第10章3.5.1には、「審査の原則」として以下のことがすでに規定されています。
(1)明細書の開示が十分であるか否かは、当初の明細書及び請求範囲の記載に基づいて判断する。
(2)出願日より後に出願人が特許法第22条第3項(「創造性(進歩性)」の定義規定)、第26条第3項(明細書の記載に関する実施可能要件)などの要件を満足するために追加で提出した実験データについて、審査官は審査するものとする。
(3)補充された実験データにより証明される効果は、当業者が特許出願の開示内容から把握できるものでなければならない。
2.例の追加(第2部第10章3.5.2)
今回の改正では、実験データの補充に関し、以下の2つの事例が追加されています。
[例1]
特許出願の請求項に記載の発明:化合物Aに関するもの。
明細書の記載:化合物Aの製造実施例、降圧作用、及び降圧活性の測定に係る実験方法は記載されているが、実験結果データの記載はない。
出願人が補充した実験データ:化合物Aの降圧効果データ
[例2]
特許出願の請求項に記載の発明:一般式Ⅰで表される化合物に関するもの。
明細書の記載:一般式Ⅰ及びその製造方法、一般式Ⅰに属する複数の具体的な化合物A、B等の製造実施例、一般式Ⅰの抗腫瘍作用、抗腫瘍活性の測定に係る実験方法、及び、腫瘍細胞に対する実施例化合物のIC50値が10-100nMの範囲であることを示す実験結果データ。
出願人が補充した実験データ:発明が進歩性を有することを証明するために、出願人は、化合物AのIC50値が15nMであり、引用文献1の化合物が87nMであることを示す比較実験データを提出。
[留意点]
上記「例1」、「例2」のいずれにおいても、次の2点に留意すべきことが記載されています。
(i)当業者にとって、当初の出願書類の記載から、化合物Aの作用が既に開示されていると認識でき、補充された実験データにより証明される効果は、特許出願書類の開示内容から把握できるものであることが必要。
(ii)当該補充された実験データは進歩性の審査においても審査され、進歩性判断の材料として参照されること。
II.組成物クレームに関する改訂(第2部第10章4.2.3)
「明細書には組成物の1つの性能又は用途のみ開示された場合」について、改訂前において「性能限定型又は用途限定型として作成すべきである。」と規定されていたのを、「通常、性能限定型又は用途限定型として作成する必要がある。」に改定されました。
一律に適用されるのではなく、具体的な案件に応じて判断する余地を残すことを意図したものです。
III.化合物の新規性に関する改訂(第2部第10章5.1)
改正前の第2部第10章5.1第1段落に、化合物の新規性に関し、「化合物に関する特許出願の場合、1件の引用文献に当該化合物についての言及があれば、当該化合物は新規性を有しないと推定される。ただし、出願人が、出願日より前に当該化合物が取得できないことを示す証拠を提出できる場合はこの限りではない。」と規定されていましたが、以下のようなより具体的な規定に改定されました。改正前の第2、第3段落は削除されています。
(改正後の第2部第10章5.1の規定)
化合物に関する特許出願の場合、1件の引用文献に化合物の化学名、分子式(又は構造式)などの構造情報が記載されており、当業者として、クレームに係る化合物が開示されていると考えられる場合には、当該化合物は新規性を有しない。ただし、出願人が、出願日より前に当該化合物が取得できないことを示す証拠を提出できる場合はこの限りではない。
1件の引用文献に記載の構造情報では、クレームに係る化合物と、引用文献に開示された化合物との構造の異同を判断できなくても、物理的・化学的パラメータ、製造方法及び効果実験データなどを含む当該引用文献に記載の他の情報を総合的に判断した結果、当業者として両者が実質的に同じであると推定する理由がある場合、クレームに係る化合物は新規性を有しない。ただし、出願人が、構造が確かに相違することを示す証拠を提出できる場合はこの限りではない。
IV.化合物の進歩性に関する改訂(第2部第10章6.1)
化合物の進歩性の判断に関し、以下のようなより詳細な規定に変更されました。
1.化合物の進歩性判断のステップの明確化(第2部第10章6.1(1))
化合物の進歩性判断において、3ステップ法が用いられることが明確にされました。
(「3ステップ法」とは、(1)最も近い公知技術を確定するステップ,(2)相違点と,発明が実質上解決する課題とを認定するステップ,(3)請求項に係る発明が当業者にとって自明かを判断するステップという3つのステップからなる判断手法であり、パテント誌2013,Vol.66,No.4 「中国における特許出願時の留意事項」等に詳細に説明されています。)
さらに、注意すべき事項として、当業者が先行技術から、論理的な分析、推理又は数通りの試験だけで、このような構造の改変を行うことにより、かかる課題を解決し、クレームに係る化合物を得ることができる場合、先行技術には示唆があると考えられるものと規定されています。
2.予想外の効果等の位置づけの明確化(第2部第10章6.1(2))
化合物の進歩性を判断するにあたり、最も近い既知の化合物に対する用途の変化及び/又は効果の改善が予想外のものであれば、クレームに係る化合物は自明なものではないと考えられ、その進歩性は認められるものとすると規定されています。
3.必然的傾向による効果の場合(第2部第10章6.1(3))
化合物発明の進歩性を判断するにあたり、クレームに係る発明の効果が既知の必然的な傾向によるものであれば、当該発明は進歩性を有しないことが規定されています。
4.化合物の進歩性判断事例の改正および追加(第2部第10章6.1(4))
改正前に挙げられていた例1から例3に修正が加えられるとともに、改正前の例4,5を削除し、以下の2つの事例が追加されました。
[事例4](アイソスターに関する進歩性判断)
-O-と-NH-は、属する技術分野において知られている典型的なアイソスターであるが、(Ⅳb)は(Ⅳa)より癌細胞増殖阻害活性が約40倍高くなり、(Ⅳb)は(Ⅳa)に比べて予想外の効果を有することから、(Ⅳb)は自明なものではないと考えられ、進歩性を有する。
[事例5]
従来技術
ただし、R1=OH,R2=H且つR3=CH2CH(CH3)2
本願発明
ただし、R1とR2はH又はOHより選ばれ,R3はC1-6より選ばれる。
R1=OH,R2=H かつ R3=CHCH3CH2CH3の具体的な化合物(Vb1)が開示されており、(Vb1)の抗ウィルス活性は、明らかに(Va)より優れる。
(1)化合物(Va)と(Vb)の相違点は-S-と-O-の違いのみにあるが、-S-と-O-の性質が類似しているため、当業者にとってこのような置換えを行なう動機付けがある。よって、一般式(Vb)の化合物は進歩性を有しない。
(2)化学式(Vb1)の具体的な化合物を保護しようとする場合、相違点は、-S-と-O-の違い、及びR3=CH2CH(CH3)2とR3=CHCH3CH2CH3の違いにある。
(Vb1)の抗ウィルス活性が明らかに(Va)より優れているため、従来技術には構造変更の示唆がなく、(Vb1)は進歩性を有する。
V.⽣物材料寄託機関に関する改訂(第2部第10章9.2.1(4))
国家知識産権局が認める寄託機関(ブダペスト条約によって承認された生物材料試料国際寄託機関)として、改正前に規定されていた、北京の中国微生物菌種寄託管理委員会普通微生物センター(CGMCC)、武漢の中国典型的培養物寄託センター(CCTCC)に加えて、広州に所在する広東省微生物菌種寄託センター(GDMCC)が新設されました。
VI.モノクローナル抗体に関する改訂(第2部第10章9.3.1.7)
モノクローナル抗体に関するクレームについて、すでに規定されていた「それを生成するハイブリドーマにより限定することができる」ことに加えて、「構造の特徴で規定してもよい」ことが追加されました。
これに関連して、次の例示が追加されました。
SEQ ID NO:1-3 で示されるアミノ酸配列VHCDR1、VHCDR2、VHCDR3と、SEQ ID NO:4-6で示されるアミノ酸配列VLCDR1、VLCDR2 、VLCDR3とを含む抗原A のモノクローナル抗体。
VII.バイオ関連発明の進歩性に関する改訂(第2部第10章9.4.2)
1.バイオ関連発明の進歩性に関し、審査の原則として以下の規定が追加されました。
・バイオ技術分野における発明の進歩性の判断も、発明が格別の実質的特徴及び顕著な進歩を有するかについて判断しなければならない。
・バイオ技術分野の発明は、生物学的高分子、細胞、個々の微生物などの様々なレベルの保護テーマに関わる。これらの保護テーマを特定する手法として、構造や組成などの一般的な手法の他に、生物材料の寄託番号などの特別な手法も挙げられる。
・進歩性判断において、発明と先行技術との構造の差異、遺伝的関係の近さ及び効果の予想可能性などを考慮する必要がある。
2.遺伝子に係る発明について(第2部第10章9.4.2.1)
(1)遺伝子の発明の進歩性に関する規定が以下のように変更されました。
・構造遺伝子によってコードされるタンパク質が、既知のタンパク質と比較して、異なるアミノ酸配列を有するとともに、異なるタイプのまたは改善された性能を有し、先行技術には、当該配列の差異による上記の性能変化に関する示唆がない場合、当該タンパク質をコードする遺伝子発明は進歩性を有する。
・タンパク質のアミノ酸配列が既知のものである場合、当該タンパク質をコードする遺伝子の発明は進歩性を有しない。タンパク質が既知であっても、そのアミノ酸配列が不明である場合、そのアミノ酸配列は当業者が出願時に容易に把握できるものであれば、当該タンパク質をコードする遺伝子発明は進歩性を有しない。ただし、上記の2つの場合において、当該遺伝子が特定の塩基配列を有し、当該タンパク質をコードする異なる塩基配列を有する他の遺伝子と比較して、当業者が予測できない効果を有する場合、当該遺伝子の発明は進歩性を有する。
・発明のクレームに係る構造遺伝子が、既知の構造遺伝子の天然に取得可能な変異による構造遺伝子であり、クレームに係る構造遺伝子が既知の構造遺伝子と同じ種に由来し、同じ性質及び機能を有する場合、当該発明は進歩性を有しない。
(2)ペプチド又はタンパク質の発明について、以下の規定が追加されました。
「発明のクレームに係るペプチド又はタンパク質は、既知のペプチド又はタンパク質と比較して、アミノ酸配列に差異があり、かつ、異なるタイプの、又は改善された性能を有し、先行技術には当該配列の差異による上記性能の変化についての示唆がない場合、当該ペプチド又はタンパク質の発明は進歩性を有する。」
(3)組換えベクターおよび形質転換体の発明の進歩性について、既知のベクター/ホスト、及び/又は挿入された遺伝子に対する発明の構造的改変により、組換えベクター/形質転換体の性能が改善され、先行技術には、上記構造的改変による性能改善の示唆がない場合、当該組換えベクターの発明は進歩性を有するという趣旨の規定が追加されました。
(4)モノクローナル抗体発明について、次の規定が追加されました。
「抗原が既知のものであり、構造の要件で規定される当該抗原のモノクローナル抗体が、既知のモノクローナル抗体と比較して、機能及び用途を決定する重要な配列について顕著に異なり、かつ、先行技術には上記配列のモノクローナル抗体に関する示唆がなく、かつ、当該モノクローナル抗体が有利な効果を奏する場合、当該モノクローナル抗体の発明は進歩性を有する。」
また、以下の下線部のように変更されました。
「抗原が既知のものであり、抗原が免疫原性であることが明らかである(例えば、抗原のポリクローナル抗体が既知であるか、又は抗原が高分子ポリペプチドである場合、抗原が明らかに免疫原性であることが分かる)場合、この抗原のみで規定されたモノクローナル抗体の発明は進歩性を有しない。
ただし、当該発明が、当該抗原のモノクローナル抗体を分泌するハイブリドーマによってさらに限定されることで、予想外の効果が生じた場合、当該モノクローナル抗体の発明は進歩性を有する。」
[情報元] 1.Linda Liu & Partners「速報:中国特許審査基準の改定について」December 18, 2020
2.中国国家知識産権局専利審査指南改正広告(局令第391号)
(https://www.cnipa.gov.cn/art/2020/12/14/art_74_155606.html)
[担当]深見特許事務所 野田 久登