AI関連の特許出願に関するよくある拒絶理由の分析
経済部智慧財産局(台湾の知的財産権主務官庁。日本の特許庁に相当します。以下「智慧局」といいます)は2019年12月に、「台湾における人工知能(Artificial intelligence、以下「AI」といいます)関連の特許出願に関するよくある拒絶理由の分析」(https://www.tipo.gov.tw/tw/dl-253935-66daeddeddc741a19ef1af79b94e0d36.html)を公表しました。2018年に同局に出願されたAI関連の特許出願を研究対象とし、その拒絶理由を整理・分析しました。
同局の統計によると、拒絶理由通知書が発行された517件の出願のうち、発明の定義を満たしていないものは約4%、明細書において明確かつ十分に開示されていないものは約12%、請求項の記載が不明確であるものは約37%となっており、新規性・進歩性欠如のもは約78%と大多数を占めています(なお、1件の通知書に複数の拒絶理由が含まれている可能性があるため、ここで示した割合の合計は100%を超えています)。智慧局の分析の概要は以下の通りです。
一.発明該当性
発明の定義を満たすためには、請求項の記載内容が技術的特徴を有さなければならず、即ち、発明の課題を解決するための手段はその技術分野の技術的手段に係るものでなければなりません。
「ビジネス」や「数学」は、それ自体では適格な特許の保護の対象とはなりません。純粋に数学的方法により技術的な問題でなくビジネス上の問題を解決する場合(例えば、ディープラーニングテクニックを使用したビジネスデータの分析など)、発明の定義を満たさないと判断されやすくなり、また、応答又は補正によって拒絶理由を解消することも困難です。AI(例えば、ニューラルネットワークなど)には数学アルゴリズムが含まれることがよくあり、コンピュータは単なる数学演算を実施するにすぎない場合が多いことから、明細書にはAI応用分野が記載されるかどうか、また、どのような技術的機能と密接に組合せることができるかは、審査官が技術的特徴の有無を判断するための重要な基礎となります。
明細書に技術の実施形態が詳細に記載されている、又は特定の技術分野への応用との関連性や因果関係が説明されていれば、技術的特徴を有すると認められる可能性が高いと思われます。審査段階で発明の定義を満たしていないと判断されても、明細書の記載から応答や補正によって当該不備が解消する機会があり得るからです。
二.明細書の実施可能要件違反
出願人の開示義務については、専利法(専利法は特許法、実用新案法、意匠法に相当)において、明細書の内容は当業者がそれに基づいて実施できるよう明確かつ十分に開示されなければならない旨を規定しています。
出願時の明細書に必要な技術手段が欠如していると指摘された場合、以下のような対応策が考えられます。(1)明細書に明確に記載された内容から、審査官が疑義を持った未開示の内容を導き出し、理解する方法について論述します。(2)請求項における対応する技術的特徴を削除します。その理由は、明細書の記載が実施可能要件を満たすか否かの判断は、特許出願に係る発明を対象にするものであり、特許請求の範囲に記載されていない発明は、明細書に明確かつ十分に開示されているか否かを問わず、いずれも実施可能要件には違反しないからです。
三.請求項の明確性要件違反
専利法では請求項と明細書の内容に対してそれぞれ異なった開示程度が要求されます。請求項を解釈する際に、明細書、図面及び出願時の通常の知識を参酌することができますが、特許請求の範囲は法的文書に属しており、その本質は技術文書に属する明細書と異なり、「明確性」への要求は明細書よりも遥かに高くなります。将来、特許権者が権利を主張する際には、その権利範囲を文言ごとに解読しなければなりません。特許請求の範囲は、当業者に、請求項の記載内容のみから、その範囲に疑義を生じさせないようにするものでなければなりません。
智慧局の分析に基づくと、明確性要件違反との拒絶理由が指摘された190件の案件のうち、応答後も尚も請求項が不明確と認定されてしまったものが3件で、その共通点は出願人が請求項を「補正していない」ことにありました。つまり、明確性要件違反との拒絶理由は補正により容易に解消できるものであり、反論だけで請求項を補正しない場合、この拒絶理由を解消することは困難であると考えられています。
四.新規性欠如、進歩性欠如
智慧局は、新規性又は進歩性の欠如として審査意見通知書が発行された405件の案件を分析したところ、そのうちの139件の出願人が反論又は補正をしていましたが、反論又は補正後も尚も新規性又は進歩性の欠如と認定されてしまったものが39件ありました。
反論又は補正がされた139件の出願を分析したところ、出願人が智慧局の審査意見で拒絶理由がないと判断された従属項の技術的特徴を独立項に盛り込み、又は新規性又は進歩性を有しない請求項を削除した場合、通常、特許査定を受けることができることが分かりました。一部の出願人は、審査官の認定に誤りがあると考え、審査意見について反論のみを行いましたが、このような反論のみを行った案件のうち、審査官の心証を変えるよう説得して特許査定を受けることができたものは約半分でした。
また、出願人の中には、元々明細書にのみ記載され、請求項に限定されていない技術的特徴を、請求項の内容として盛り込む者もいます。このような措置が取られた36件の出願のうち、特許査定を受けたのは30件でした。つまり、応答時に明細書に記載の技術的特徴を請求項に盛り込む補正をすれば、追加した技術的特徴の数が多くなくとも、特許査定となる可能性を大幅に高めることができます。
[情報元]理律法律事務所ニューズレター|August 24, 2020
[担当]深見特許事務所 杉本 さち子