欧州特許庁(EPO)コンピュータ実施発明の審査ガイドライン改訂
EPOのコンピュータ実施発明(CII)に関する審査ガイドラインが改訂されました。改訂審査ガイドラインは、本年11月1日から施行されております。今般の改訂の目的は、従来の審査ガイドラインの明確化及び充実化を図るとともに、人工知能(AI)及び機械学習等のコンピュータ実施発明の分野における近年の技術の進展に対応した記載を追加することです。今般の改訂の中心であるコンピュータ実施発明の特許適格性に関する改訂後の主な内容は、以下のとおりです。
1.数学的方法(審査ガイドライン第G部第II章第3.3節)
(1)純粋に抽象的な数学的方法それ自体に向けられた発明は、特許可能な発明から除外される(EPC§52(2), (3))。これに対し、技術的手段(例えば、コンピュータ)の使用を含む方法またはデバイスに向けられた発明は、発明の主題が全体として技術的性質(technical character)を有しているため、特許可能な発明である。
数学的方法が発明の技術的性質に寄与することは、数学的方法が、①技術分野への技術的適用(technical application)によって、及び/または、②具体的な技術的実施(specific technical implementation)に適合されることによって、技術的目的(technical purpose)に資する技術的効果(technical effect)を生み出すことに寄与することである。技術的目的は一般的な目的(generic purpose)では足りず、具体的な目的(specific purpose)でなければならない。
(2)人工知能及び機械学習(第3.3.1節)
人工知能及び機械学習は、クラス分類、クラスタリング、回帰、次元削減のためのコンピュータモデルまたはアルゴリズムに基づいている。このようなコンピュータモデル及びアルゴリズムは、それらがトレーニングデータに基づいてトレーニングされているか否かに拘らず、それ自体、抽象的な数学的性格を有しており、特許可能な発明から除外される。
クレームされた主題が全体として技術的性質を有しているか否かを審査する際に、「サポートベクターマシン」、「推論エンジン」または「ニューラルネットワーク」といった表現は、それらが、通常、技術的性質を欠く抽象的モデルをいうことから、注意深く検討される。
クラス分類方法が技術的目的に資する場合には、トレーニングセットを生成するステップ及び分類器をトレーニングするステップは、それらが技術的目的の達成を支持するのであれば、発明の技術的性質に寄与する。
2.事業活動の遂行に関する計画、法則又は方法(いわゆるビジネス方法)(審査ガイドライン第G部第II章第3.5.3節)
(1)クレームされた主題が、ビジネス方法の少なくともいくつかのステップを実行するために、技術的手段(例えば、コンピュータ、コンピュータネットワークまたは他のプログラム可能な装置)を特定しているのであれば、当該クレーム主題は、特許可能な発明から除外されない。しかしながら、技術的手段の使用の単なる可能性では、たとえ明細書に技術的な実施形態が開示されていたとしても、特許可能な発明からの除外を免れるのに十分ではない。
(2)ビジネス方法の技術的実施に向けられたクレームの場合に、技術的課題を迂回することを目的としたビジネス方法の修正は、先行技術に対して技術的な貢献をもたらすとは考えられない。ビジネス方法の自動化の文脈において、ビジネス方法に固有の効果は、技術的効果とはみなされない。
(3)ビジネス方法への入力が現実世界のデータであるというだけでは、たとえ当該データが物理的なデータ(例えば、販売地点間の地理的距離)に関連していても、ビジネス方法がクレームされた主題の技術的性質に寄与するというには十分でない。
(4)経営上の意思決定を促進するコンピュータ実施方法において、ビジネス計画のセットから、最も費用対効果が大きくかつある技術的な制約(環境負荷の目標減少を達成すること)を満たす計画を自動的に選択することは、コンピュータ実施を超える技術的貢献をもたらすとは考えられない。
(5)技術的目的に資する可能性があるというだけでは、方法が発明の技術的性質に寄与するというには十分でない。ビジネス方法の結果が、有用、実用的またはよく売れるものであることは、技術的効果として不適格である。
3.コンピュータプログラム(審査ガイドライン第G部第II章第3.6節)
(1)コンピュータプログラムそれ自体は、特許可能な発明から除外される(EPC§52(2), (3))。これに対し、技術的性質を有するコンピュータプログラムは、特許可能な発明である。
コンピュータプログラムが技術的性質を有するためには、コンピュータプログラムがコンピュータ上で動作したときに、コンピュータプログラムが「更なる技術的効果」を生み出すものでなければならない。更なる技術的効果は、プログラム(ソフトウェア)と、プログラムが動作するコンピュータ(ハードウェア)との間の通常の物理的な相互作用(例えば、コンピュータ内における電流の循環)を超えた技術的効果である。更なる技術的効果の存在は、先行技術を参照することなく評価される。
コンピュータプログラムは、コンピュータプログラムがコンピュータによって自動的に実行され得るようにコンピュータプログラムがデザインされたという事実だけから技術的性質を得ることはできない。コンピュータプログラムがタスクを遂行するという単なる事実を超える「更なる技術的考慮」が必要である。更なる技術的考慮は、更なる技術的効果をもたらすクレームされた特徴に反映されなければならない。
コンピュータで実施される方法、コンピュータ読み取り可能な記録媒体またはデバイスに向けられたクレームは、EPC52(2), (3)によって拒絶されない。
(2)更なる技術的効果の例(第3.6.1節)
①方法が、コンピュータで実施されることを超える技術的性質を有する場合には、当該方法を特定する対応のコンピュータプログラム(例えば、車内のアンチロックブレーキシステムの制御方法を特定するコンピュータプログラム)は、当該コンピュータプログラムがコンピュータで実行されたときに、更なる技術的効果を生み出す。②コンピュータで実行された際のコンピュータの内部機能性(internal functioning)に関する特定の技術的考慮に基づいてコンピュータプログラムがデザインされている場合には、当該コンピュータプログラムは更なる技術的効果を生み出す。③コンピュータの内部機能性または動作を制御するコンピュータプログラム(例えば、プロセッサの負荷バランス、メモリ割当て)は、通常、更なる技術的効果を生み出す。④ローレベルでコードを処理するプログラム(例えば、ビルダー、コンパイラ)は、技術的性質を有する。
(3)情報モデリング、プログラミング活動及びプログラミング言語(第3.6.2節)
情報モデリングは、典型的には、ソフトウェア開発の第1ステージでシステムアナリストによって実行されて、現実世界のシステムまたはプロセスの形式記述を提供するものである。そのため、情報モデリングは、技術的性質を欠く知的活動である。ソフトウェア開発のプロセスを記述する概念的な方法は、通常、技術的性質を有しない。しかし、情報モデルが、特定の技術的課題を解決するために発明の文脈で意図的に用いられている場合には、当該情報モデルは発明の技術的性質に寄与する。また、情報モデルが実際にどのように格納されているかを特定する特徴(例えば、リレーショナルデータベース技術の使用)は、技術的貢献をもたらす。
コードを書くという意味におけるプログラミング活動は、技術的効果を生み出すことに因果的な態様で貢献するために特定の応用または環境の文脈で用いられないという限度において、知的で非技術的な活動である。
プログラミング言語またはプログラミングダイアグラムを定義すること及び提供することは、たとえその特定の構文及び意味論によってプログラマーがより容易にプログラムを開発することができるとしても、それ自体、技術的課題を解決するものではない。プログラマーの知的努力を容易にすることは、それ自体、技術的効果ではない。
プログラミング環境に関連する発明を評価する際には、プログラミング言語に関する特徴は、通常、発明の技術的性質に寄与しない。一方、減少されたメモリサイズを有する最適化されたコードを生成するために、機械コードを命令チェーンとオペランドチェーンとに分割して、繰り返しの命令セットをマクロ命令に置き換えることによって、機械コードを自動的に処理することは、技術的貢献をもたらす。この場合、その効果は、人間のプログラマーがマクロ命令をどのように利用するかに依存しない。
(4)データ検索、データフォーマット及びデータ構造(第3.6.3節)
改訂前に「情報の提示」の節(第3.7節)欄に記載されていたものが、改訂後に「コンピュータプログラム」の節(第3.6.3節)に移動した。
記録媒体にまたは電磁的な搬送波に組み込まれた、コンピュータで実施されるデータ構造またはデータフォーマットは、全体として技術的性質を有し、そのため特許可能な発明である。データ構造またはデータフォーマットを評価する際には、機能的データ(functional data)と認知的データ(cognitive data)とを区別しなければならない(T 1194/97)。機能的データは、データを処理するデバイスの動作の制御に資する。他方、認知的データは、その内容及び意味が人間のユーザにのみ重要であるものをいう。機能的データは技術的効果を生み出すのに貢献するが、認知的データは貢献しない。
[情報元]欧州特許庁HP
[担当]深見特許事務所 勝本 一誠
[担当]深見特許事務所 日夏 貴史