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”分割するか、しないか、それが問題だ”(欧州)

 ここ一年ほど、いわゆる”poisonous divisionals”または”poisonous priority”として知られている概念が、議論を呼んでいます。
 ”poisonous divisionals”または”poisonous priority”とは、全体として優先権の利益を享受していない特許出願(または特許)が、後に出願され後に公開された同一のパテントファミリー内の分割出願または優先権出願の開示によって、EPC54 条(3)または英国特許法2 条(3)の規定に従って、新規性を喪失することを言います。
 一例として、数値範囲4.2-8.3 を開示する基礎出願に基づく優先権を主張する第1 の出願EPA を考えてみましょう。出願EPA には数値範囲1-10 が開示されており、そのため出願EPA は、部分的にしか優先権の利益を享受することができません。出願EPA、および基礎出願には、数値5.5 の実施例が開示されています。
 後に、分割出願EPD が出願されました。分割出願EPD には出願EPA と同じ出願日および優先日が与えられ、分割出願EPD の記載内容は出願EPA と同一です。
 ”poisonous divisional”理論によると、分割出願EPD は、その公開をもって、優先権の利益を受けられない出願EPA の発明主題に対する、新規性のみの先行技術として用いることができ、分割出願EPD の数値5.5 を用いた実施例によって、優先権の利益を受けられない出願EPA の数値範囲1-10 は新規性を欠くことになります。
 ”poisonous divisional”理論に対する反論は、特許出願のクレームが部分的にのみ優先権の利益を享受するのであれば、クレーム中には優先権の利益を享受する発明主題と享受しない発明主題とが存在しますが、分割出願では、各々の特定の発明主題について親出願と同一の優先日が与えられるに過ぎない、というものです。
 上記の例では、出願EPA は数値範囲4.2-8.3 について優先権の利益を享受できるが、1-4.1 および8.4-10 の範囲については享受できない、との反論が可能です。この場合には、分割出願EPD によって出願EPA の新規性が否定されることはありません。数値5.5 が優先権の利益を受けられる範囲内にあるためです。
 同様に、基礎出願は数値範囲1-4.1 および8.4-10 を開示しておらず、そのため数値範囲4.2-8.3 および数値5.5 の実施例は出願EPA に係るクレームの新規性を否定するために用いることができない、なぜならば出願EPA はこれらの発明主題について優先権の利益を享受しているためである、との議論が可能です。
 分割出願または優先権出願を”poisonous”理論を用いてその特許出願のパテントファミリーのうちの一つに対する先行技術として用いることが許容されるのかどうかを確認する、EPO または英国の裁判所による判決が待ち望まれていました。
 本年、EPO および英国の裁判所の少なくとも幾人かは分割出願および優先権出願がそれぞれ”poisonous”であり得る、と考えていることがわかりました。
 2013 年末のT1496/11 審決では、特許のクレーム1がその分割出願によって新規性を否定されました。同様に、Nestec SA v Dualit Ltd 事件において、英国高裁は特許のクレームが優先権の利益を享受しなかったと結論付けました。優先権出願は公開されることを許容されており、したがって訴訟対象の特許のクレームは、公開された優先権出願の開示に対して新規性を有しない、とされました。
 ”poisonous”アプローチの適用は、特許出願(または特許)のクレームが優先権の利益を享受しているかどうか、すなわち、その出願(または特許)に係るクレームが優先権出願に係るクレームと「同一発明」に関連するかどうか、に大きく依存します。G2/98は、有効な優先権主張のための優先権出願および後の出願における「同一発明」の要件に関する、EPO 拡大審判廷の決定です。(この決定はまた、Dualit V Nestec 英国裁判所の判決に引用されました。)
 G2/98 において、拡大審判廷は、「限られた数の明確に定義された代替の発明主題について優先権の主張が生じている」ことを条件として、包括的な用語または式を使用してクレームを定義するための複合優先は許容される、と述べました。「限られた数の明確に定義された代替の発明主題」の意味は、クレームが優先権の利益を享受できるか否かを判定するための、いくつかのEPO における議論の対象となっています。
 現在まで、判例法は、優先権出願に比較して、親出願がより広いクレームを有していることに焦点を当てているように見えます。優先権出願と比較して親出願においてより狭いクレームについて、たとえば狭い範囲が新規であるかどうかを決めるための選択発明に係る規則を使用して、優先権を喪失するのであれば、同様の”poisonous”議論が優勢であることに留意すべきです。
 出願人および特許権者は、このような問題を避けるために、どうすべきでしょうか?EP 出願が優先権出願と同一である場合には、問題は当然生じません。そのため、後の出願において、優先権出願の開示のすべてを保持することを、常にお勧めします。これにより少なくとも、優先権の利益を享受する発明主題へ後に補正することが可能になります。
 特許出願前に、優先権出願を放棄し、新たな発明主題を含むように新しい出願を出願し直すことができる場合もあります。
 または、クレーム中に「限られた数の明確に定義された代替の発明主題」が存在すると審判廷を説得できるように、「優先権の利益を完全に享受する発明主題」または「優先権の利益を享受しない発明主題」のように2つの部分にクレームを明示的に記載することが有用であるかもしれません。
 部分優先に関する異なるアプローチを考慮すると、分割出願または優先権出願が技術水準の一部を構成すると認められるかどうかを予測することは、現時点では困難です。
 近い将来に、この議題についての拡大審判廷への照会がされる(べきである)と予測されましょう。

[情報元]Mewburn Ellis Newsletter, January 2014
[担当]深見特許事務所 村野 淳