IPRにおいて誤ったクレーム文言解釈であっても結論を維持したCAFC判決紹介
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、当事者系レビュー(IPR)での自明性の判断において、米国特許商標庁(USPTO)特許審判部(PTAB)のクレームの文言解釈に誤りがあったことを認めましたが、クレームが自明であるとのPTABの判断については維持できるとしました。
HD Silicon Solutions LLC v. Microchip Technology Inc., Case No. 23-1397 (Fed. Cir. Feb. 6, 2025)
1.IPRの請願
HD Silicon Solutions LLC(以下、「HDSS社」)は、「集積回路におけるローカルインターコネクト(局所配線)層の形成方法」に関する米国特許番号 6,774,033(以下、「本件特許」)の特許権者です。
Microchip Technology Inc.(以下、「Microchip社」)は、本件特許の全クレーム1から17についてIPRを申立て、自明であると主張しました。
本件特許は、Cypress Semiconductor Corporationが当初の権利者であり、その後複数社を経てHDSS社(旧Innovative Silicon Solutions, LLC)が所有しているものであります。なお本件特許は、不実施主体(NPE:Non-Practicing Entity)と解釈されている原告HDSS社と被告Microchip社の間の特許侵害訴訟で争われている特許6件の内の1つであります。
2.本件特許の説明
本件特許の発明は、集積回路内のローカルインターコネクトを形成する方法に関するものであります。下図5を参照して、クレーム1では、酸化層(102)上に窒化チタンを含む第1膜(103)を堆積し、その上にタングステンを含む第2膜(104)を堆積し、第1膜および第2膜は、ローカルインターコネクトの金属積層を形成する旨を規定したものです。
従属クレームは、膜の堆積方法(スパッタリング)や膜厚等を規定したものです。
・以下がClaim 1であります。太文字下線の文言がIPRおよびCAFCでの主な争点になりました。
1. A method of forming a local interconnect layer in an integrated circuit, the method comprising:
depositing a first film over an oxide layer, the first film comprising titanium nitride; and
depositing a second film over the first film, the second film comprising tungsten, the first film and the second film forming a metal stack of the local interconnect layer.
・以下に、クレーム1の弊所仮訳を示します。
1. 集積回路内のローカルインターコネクト層を形成する方法であって、前記方法は以下を含む:
酸化層上に第1膜を堆積する工程であって、第1膜は窒化チタンを含む、
前記第1膜上に第2膜を堆積する工程であって、前記第2膜はタングステンを含み、前記第1膜および前記第2膜は、ローカルインターコネクト層の金属積層を形成する。
3.IPRにおける請願人(Microchip社)の主張
IPRにおいて請願人は、本件特許のクレーム1-17は、Trivedi(米国特許第5,847,463号)および他の二次的文献により自明であり特許性がないと主張しました。Trivediは、「タングステンシリサイド層および窒化チタン層を有する、または両側が窒化チタンで覆われたタングステン層を有する」ローカルインターコネクト構造を形成する方法に向けられています(Trivediのカラム1、9-12行)。IPRでは、当事者は、異議を申立てられた全てのクレームに記載されている「タングステンを含む」という用語の解釈、すなわち、元素としてのタングステンおよびタングステン化合物の双方を含む(どのような形態のタングステンを含む)かについて争いました。
本稿においては、争われた無効理由のうち、タングステンに関する上記の争点に絞って、IPRおよびCAFCの判断について説明いたします。
4.PTABの判断
・PTABは、クレーム8を除き、クレーム1-7,9-17は、Trivedi等に基づき自明であるとしました。
・争点となっている「タングステンを含む」の用語については、クレームの文言、明細書、および外部証拠に基づき、元素のタングステンとタングステン化合物の両方を含むと解釈しました。
・具体的には、本件特許の明細書において、「例えば、第1膜は窒化チタンを含んでも良く、第2膜はタングステンを含んでも良い。」(カラム1、53-54行)との記載があり、ここで「例えば」という文言は、第2膜がタングステンを含むことが1つの例示的な実施形態に過ぎない(弊所注:タングステン化合物の例もあり得る)ことを意図している、としています。
外部証拠については、PTABは欧州特許出願公開第0463373号(以下、「Gunturi」)を参照にしています。Gunturiには、「タングステンを含む材料を使用してローカルインターコネクト構造を形成する」(カラム4、28-29行)ことと、その材料としてタングステン化合物である「タングステンシリサイドの薄層」を用いることとが開示されています(カラム3,39行)。これにより、PTABは、Gunturiにおいて「タングステンを含む」という文言にはタングステン化合物が含まれることを教示していると推論しています。
5.被請願人(HDSS社)の対応
・これに対し、被請願人(HDSS社)は、主に、PTABは「タングステンを含む」という文言を、タングステン化合物を含むものと不適切に解釈しているという点を争点とし、CAFCに控訴しました。
6.CAFCの判断
(結論)
PTABのクレームの解釈は誤りであるが、その誤りは、自明であるとの結論に影響を及ぼすものではないと判断する。
(理由)
(1-1)「タングステンを含む」について
以下の理由から、PTABの判断は誤りである。
・クレーム1において、「第1膜は窒化チタンを含む」、「第2膜はタングステンを含む」となっており、化合物の場合は明示的に記載されており、それ以外は元素のみの形態が意図されていることを示している。
・明細書においては、例えば「さらに、窒化チタンは、その後に堆積されるタングステン膜のバリア層および接着層として機能してもよい。」(カラム3、8-10行)との記載があり、タングステンを単一の成分、つまり元素としてのみ言及している。
また、口頭弁論においてMicrochip社は、「明細書がタングステン層に言及している場合、それは元素タングステンを指している」と認めている。
・外部証拠Gunturiについては、本件の明細書、クレーム、審査経過より、「タングステンを含む」には元素タングステン(が必要であること)を示していることから、外部証拠との間に矛盾を生じ、PTABの判断を支持できない。
「Bell Atl. Network Servs., Inc. v. Covad Commc’ns Grp., Inc., 262 F.3d 1258, 1269 (Fed. Cir. 2001)(外在的証拠は、争点となっている限定を適切に理解するのに役立つためだけに使用できる。明細書または出願履歴で暗示的に定義されている場合であっても、クレームの文言を変更、矛盾、拡張、または限定するために使用してはならない。)を参照のこと。
(1-2)PTABの自明性の判断への影響の検討
HDSS社は、PTABの判断は「タングステンを含む」について誤った解釈に依存しているため、PTABの判断の破棄、または、取消が必要であると主張している。
一方、Microchip社は、「タングステン」が元素タングステンを指すとの解釈であっても、Trivediは元素タングステンとタングステンシリサイド層の両方を開示しており、PTABは両方の層により「タングステンを含む第2膜」の限定が自明になると判断したため、PTABの判断は維持されるべきであると主張している。
CAFCは、Microchip社の主張に同意する。
したがって、PTABが「タングステンを含む」について誤った解釈をしたが、自明であるとの結論に影響を及ぼすものではない。
7.考察
・本件は、PTABのクレーム文言「タングステンを含む」の解釈を誤りとしたものの、代替の根拠で自明であるとの結論が維持でき、PTABの誤りは最終判断に影響を与えないことを示した事件であります。
・本件では、明細書の記載等に基づき、元素単体と化合物の文言とを分けて解釈されています。本特許権者は、「タングステンを含む」について化合物を除外するように解釈することを求めましたが、これとは異なり「タングステンを含む」と記載し、元素単体と化合物の両方を含めたい場合があり得ると推察されます。このような化合物を含めたい場合は、やはり従来から言われているように、少なくとも具体的に化合物の例を明細書に記載しておく必要があることを再確認させる事例とも考えられます。
[情報元]
① McDermott Will & Emery IP Update | February 13, 2025 “It’s Obvious: Erroneous Claim Construction Can Be Harmless”
https://www.ipupdate.com/2025/02/its-obvious-erroneous-claim-construction-can-be-harmless/
② HD Silicon Solutions LLC v. Microchip Technology Inc., Case No. 23-1397 (Fed. Cir. Feb. 6, 2025) (Lourie, Stoll, Cunningham, JJ.)(CAFC判決原文)
https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1397.OPINION.2-6-2025_2464314.pdf
③ HD Silicon Solutions LLC v. Microchip Technology Inc. (Case Number) 3:21-cv-08295
[担当]深見特許事務所 栗山 祐忠