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means-plus-function限定を含む特許クレームについて逆均等論に基づく非侵害の抗弁を否定したCAFC判決

 米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、means-plus-functionのクレーム限定を含む特許について、被疑侵害者によるいわゆる逆均等論に基づく非侵害の抗弁を認めた米国連邦地方裁判所(以下「地裁」)の判決を取消して、さらなる審理のために裁判を地裁に差し戻す判決を下しました。

Steuben Foods, Inc. v. Shibuya Hoppmann Corp., Case No. 23-1790 (Fed. Cir. Jan. 24, 2025) (Moore, Hughes, Cunningham, JJ.)

 

1.事件の背景

(1)本件対象特許の概要

 Steuben Foods, Inc.(以下「Steuben社」)は、毎分100本を超える速度でボトルに食品を滅菌して充填するように設計された滅菌瓶詰めシステムの特許(米国特許第6209591号(以下「’591特許」)他2件)を保有しており、この技術は大量生産の食品生産に適しています。以下、本件訴訟の対象となった特許クレームのうち、代表的な’591特許のクレーム26について、原文、日本語仮訳、対応実施形態を示す図25、および、当該実施形態の明細書中の説明の仮訳を以下に示し、本件訴訟の内容のうち、当該クレームについての審理の経緯に特化して説明します。

 [’591特許のクレーム26は、特許付与後に再審査および当事者系レビューを経て、本件訴訟提起時には次の“ ”内のように記載(下線は筆者による)されています。(冒頭3行の下線部が、特許公報のクレーム26に追加されています)]

“26. Apparatus for aseptically filling a series of bottles comprising:

              a valve for controlling a flow of low-acid food product into a bottle at a rate of more than 350 bottles per minute in a single production line;

              a first sterile region surrounding a region where the product exits the valve;

              a second sterile region positioned proximate said first sterile region;

              a valve activation mechanism for controlling the opening or closing of the valve by extending a portion of the valve from the second sterile region into the first sterile region, such that the valve does not contact the bottle, and by retracting the portion of the valve from the first sterile region back into the second sterile region.”

 [クレーム26仮訳(以下の『』内)](括弧内の参照符号は筆者が追加)

『26. 一連のボトルを滅菌充填するための装置であって、以下を備える。

 単一の生産ラインで毎分350本を超えるボトルへの低酸性食品の流入を制御するためのバルブ(194A);

 製品(262A)がバルブから出る領域を囲む第1の滅菌領域(260);

 前記第1の滅菌領域の近くに配置された第2の滅菌領域(270A);および

 バルブがボトルに接触しないように、バルブの一部を第2の滅菌領域から第1の滅菌領域に延長し、バルブの一部を第1の滅菌領域から第2の滅菌領域に引き戻すことによって、バルブの開閉を制御するためのバルブ起動機構(258A)。』

 [上記クレーム26対応の実施形態の図(’591特許の25)]

      90:滅菌トンネル

     166:第2の滅菌ゾーン

     190A:充填ノズル

     194A:バルブ

     196A:ノズル

     256A:バルブステム

     258A:アクチュエータ

     260:第1の滅菌領域

     262A:製品

     264A:第1の部分

     266A:第2の部分

     268:非滅菌領域

     270A:第2の滅菌領域

     272:ハウジング、274:壁

     420A:入口導管

     422A:出口導管

     424:滅菌媒体

 

 [図25の実施形態に関する’591特許の記載の仮訳]

『第2の滅菌領域270Aは、ハウジング272と壁274に囲まれている。壁面274は、第2の滅菌領域270Aを第1の滅菌領域260から分離する。第1の滅菌領域260は、滅菌トンネル90の第2の滅菌ゾーン166に接続され、かつ、同じ滅菌レベルにある。滅菌媒体424は、入口導管420Aを通じて第2の滅菌領域270Aに供給される。滅菌媒体424が第2の滅菌領域270Aを離れることを可能にするために、出口導管422Aが追加されてもよい。滅菌媒体424は、任意の適切な滅菌剤(例えば、蒸気、過酸化水素、オキソニアなど)を含んでもよい。非滅菌領域268は、ハウジング272の外側にある。バルブステムの第2の部分266Aは、非滅菌領域268にある。図25に例示されるように、バルブ194Aは、第1の滅菌領域260におけるボトル12(図示せず)への製品262Aの流れを遮断するノズル196Aに対して閉位置にある。バルブステム256Aの第1の部分264Aは、第2の滅菌領域270Aに囲まれている。これにより、バルブステム256Aの第1の部分266Aは無菌状態に維持される。』(’591特許明細書第14コラムの第24行~第43行)

(2)特許侵害訴訟の提起および当事者の主張

 Steuben社は、自社の3件の特許を侵害しているとしてShibuya Hoppmann Corp.(以下「Shibuya社」)に対し、ニューヨーク州西部地区連邦地裁に複数の訴訟を提起しました。これらの訴訟は併合された後、デラウェア州連邦地裁(以下、「地裁」)に移送されました。。

 地裁の裁判でSteuben社は、Shibuya社の滅菌瓶詰めシステムが、バルブ機構を事前に滅菌して汚染を防止するように設計された機能である「第2の滅菌領域」に関連する、’591特許のクレーム26を侵害していると主張し、侵害の略式判決を求めました。具体的には、Steuben社は、被疑侵害製品には、「第1の滅菌領域」に対応する充填パイプを囲む滅菌領域と、「第2の滅菌領域」に対応する滅菌食品通路が含まれていると主張しました。

 それに対してShibuya社は、被疑侵害製品は「第2の滅菌領域」の限定を満たしていないため侵害には当たらないと主張するとともに、これとは別に、いわゆる逆均等論(the Reverse Doctrine of Equivalent、以下「RDOE」)に基づく抗弁により、Shibuya社の被疑侵害製品は特許クレームを侵害しないと主張して、非侵害の略式判決を求めました。

(3)RDOEについての補足説明

 RDOEは、被疑侵害製品がクレームの文言通りの条件を満たしているにもかかわらず、根本的に異なる原理で動作することを理由として非侵害を主張する場合に発動される抗弁です。Graver Tank最高裁判決(1950年)等の逆均等論が適用された判決はいずれも、1952年改正の米国特許法以前のものであって、当該改正特許法により、逆均等論はもはや妥当しなくなって、特許法112条の記載要件で適宜処理可能とされています。たとえば特許法112条(f)に規定されるいわゆるmeans-plus-functionクレーム(特定の機能を達成するための手段または工程を含むクレーム)では、文言上クレームに該当したとしても明細書に開示された構造、材料又は作用と同一かあるいは均等でない場合には侵害とならないので、RDOEを制度上採用したものとされています。機能的クレームの文言解釈や、RDOEの詳細際は、下記「情報元3(1)および(2)」をご参照下さい。

(4)地裁の判断

 陪審員は、RDOEに基づくShibuya社の抗弁を棄却して特許侵害を認定し、Steuben社が3800万ドル以上の損害賠償を受けることを認めました。

 しかしながら、陪審員の評決後に、Shibuya社が地裁に対して、連邦民事訴訟規則50(a)に基づく新たな審理を求めたため、新たな審理を行なうことを認め、陪審員の評決を覆して、Shibuya社のRDOEに基づく抗弁が侵害を排除したとして、非侵害の法律問題としての判決(Judgment as a matter of law、以下「JMOL」)[i]を認めました。

 具体的には、地裁は、コンベアプレートやシステムなどの本件特許発明の構造物がShibuya社の回転車輪とネックグリッパーと均等であるかどうかを分析し、均等ではないと結論付けました。また地裁は、「無菌消毒された複数のボトルを毎分350本を超える速度で充填する手段」という用語を、means-plus-functionの限定として解釈し、その機能を「滅菌消毒された複数のボトルを毎分350本を超える速度で滅菌状態で充填する」ことと特定し、それに対応する構造は、充填バルブ、充填ノズル、制御システム、コンベヤープレート、コンベヤー、およびその他の均等物」として識別しました。JMOLの判決を認めるにあたり、地裁は、道理をわきまえた陪審員であれば、「被疑侵害製品の回転車輪とネックグリッパーの作動方法が、コンベヤーとコンベヤープレートの作動方法と実質的に同じである」とは認定するはずがないと結論付けました。

 

2.CAFCにおける審理

 上記地裁の判決に対して、Steuben社はCAFCに控訴しました。

(1)控訴審における当事者の主張

 Steuben社は控訴審において、RDOEは侵害に対する有効な抗弁ではなく、地裁が’591特許のクレーム26の侵害という陪審の評決を覆すためにRDOEに依拠したことは誤りであると主張しました。

 具体的には、Steuben社は、RDOEは米国特許法第271条(a)[ii]の規定に基づいて、侵害の例外は米国特許法で明示的に特定されなければならないことから、もはや侵害に対する抗弁ではなく、デバイスが文言通りクレームの範囲内にあるが、被疑侵害者がそのクレームが広すぎるためそのデバイスが侵害するべきではないと考えている場合において適切な手段は、RDOEに基づく非侵害の主張ではなく、米国特許法第112条の規定に基づくべきであると主張しました。

 またSteuben社の専門家は、「被疑侵害製品の構造物は形態が異なっていたが、実質的に類似した方法を使用して、充填のためにボトルを移動させるという同じ機能を果たした」と証言しました。

 それに対してShibuya社は、地裁の「第2の滅菌領域」のクレーム解釈は誤りであって、適切な解釈では非侵害のJMOLが正当化されると主張しました。具体的には、Shibuya社の専門家は、’591 特許のクレーム26の動作原理は、「第2の滅菌領域は、その第2の滅菌領域を提供する滅菌媒体または滅菌剤を使用する」こと、および「バルブステムは、その第2の滅菌領域で滅菌され、汚染物質が除去される」ことであって、被疑侵害製品のバルブの動作原理は「ベローズと呼ばれる柔軟なバリア」を使用しているため、大幅に異なると証言しました。

(2)CAFCの判断

 i)地裁の法律問題としての判決(JMOL)について

 CAFCは、地裁が陪審員に委ねられるべき証拠を不適切に評価したと認定し、RDOEに基づく地裁のJMOLを覆しました。ここでCAFCは、Steuben社の専門家の証言は、陪審員の評決を支持する実質的な証拠を構成するものとして尊重されるべきであることを強調しました。またCAFCは、Shibuya社が主張する「第2の滅菌領域」の狭い解釈を否定し、地裁が採用したより広範な解釈がクレームの文言により一致していると指摘して、地裁の解釈を支持しました。

 またCAFCは、「以前CAFCが、RDOEを『時代錯誤的な例外であり、長い間言及されてきたが、ほとんど適用されない』と説明していた」と指摘するとともに、「デバイスがクレームの文言通りの範囲内にあるが、被疑侵害者が「クレームが広範過ぎており、被疑侵害製品が本件特許を侵害しているとすべきではない」と考える場合、適切な非侵害の抗弁は、特許法第112条に基づくべきである」というSteuben社の主張を好意的に受け入れました。本件においてCAFCは、Shibuya社がRDOEに基づいて、被疑侵害製品の動作原理が主張されたクレームの動作原理から大きく逸脱しているという一応の主張を提起したとしても、「RDOEの下で陪審員の評決が覆されるべきではないことから、非侵害のJMOLは不適切であった」と結論付けました。

 iiShibuya社による新たな審理要請を地裁が認めたことについて

 CAFCは次に、陪審員の評決後にShibuya社によって地裁に出された新たな審理要請に対する地裁裁定について、次のように判断しました。

 (a)特許侵害について

 Shibuya社は地裁に対して、JMOLあるいはそれに代わる形での裁定を求めて、特許侵害に関する新たな審理を要請しており、それに対して地裁は、連邦民事訴訟規則50(c)(1)に基づき、侵害に関する新たな審理を行なうことを、「いずれかの権利主張され特許クレームについて地裁が非侵害とは判断しない場合」という条件付きで認めました。連邦民事訴訟規則50(c)(1)には、「裁判所が法律問題としての判決に対する新たな審理の請求があった場合、……裁判所は、再審請求を条件付きで認めるか却下するかを、その根拠を述べて決定しなければならない」という趣旨の規定が記載されています。地裁が条件付きで侵害に関する新たな審理を認めた唯一の根拠は、「権利主張された特許クレームの侵害に関する陪審の評決は証拠に反する」というものであり、地裁は、JMOLに関するCAFCの分析を超えるような、新たな審理を認める根拠を何も示さなかったため、CAFCは、地裁の侵害に関する条件付きの認定を破棄しました。

 (b)特許の有効性について

 Shibuya社は、地裁での陪審員の評決後に、権利主張された特許の有効性についても新たな審理を求めましたが、そのような申し立てを最初に公判で行うことを要求する米国連邦民事訴訟規則50(a)を遵守していませんでした。したがって、地裁は、特許の有効性に関する申立てを棄却しました。

 (c)損害賠償について

 Shibuya社は、陪審評決後に、損害賠償についても、JMOLまたはそれに代わる新たな審理を求めていました。地裁は、権利主張された特許のすべての権利主張されたクレームに対して非侵害のJMOLを認めたため、損害賠償に関するJMOLには対処せず、損害賠償の評決を不要なものとしました。

 控訴審においてSteuben社は、Shibuya社が被疑侵害製品を稼働させるたびに権利主張されたクレームのいずれかを必然的に侵害するため、損害賠償に関する新たな裁判は必要なく、陪審の侵害評決を復活させる場合、損害賠償の全額も復活させるべきであるとの見解を示しました。それに対してShibuya社は、陪審の評決のいずれかを復活させる場合、損害賠償に関する新たな裁判が必要であると主張しました。

 地裁が損害賠償に関する新たな審理を認めることについて、理にかなった根拠を示さなかったため、CAFCは、地裁判決を無効なものと判断しました。

 iiiCAFCの判決

 CAFCは、地裁が陪審評決後の新たな審理を条件付きで認めたことについて、根拠を示さなかったことを理由として無効とし、さらなる手続きのために地裁に差し戻しました。

 なお、説明を省略した他の2件の特許についてCAFCは、そのうちの1件についてはSteuben社の主張を認めて地裁の法律問題としての非侵害認定を否定し、残りの1件については、地裁の法律問題としての非侵害認定を支持しました。

 

3.実務上の留意点

 本件では、地裁判決の段階では、機能的限定を含む特許クレームについて、逆均等論に基づく法律問題としての非侵害の主張が認められましたが、CAFCはそれを覆しました。したがって、1952年改正米国特許法の下での広すぎるクレームに関する非侵害の主張は、逆均等論に依拠するべきではなく、means-plus-functionクレームに関する第112条(f)等の、第112条に規定する記載要件に基づいて行なう必要があることが、改めて裏付けられたものと言えます。

[情報元]

1.IP UPDATE (McDermott) “Bottling the Truth: Equivalence and Reverse Equivalence” January 30, 2025

              https://www.ipupdate.com/2025/01/bottling-the-truth-equivalence-and-reverse-equivalence/

2.Steuben Foods, Inc. v. Shibuya Hoppmann Corp., Case No. 23-1790 (Fed. Cir. Jan. 24, 2025)(判決原文)

              https://www.cafc.uscourts.gov/opinions-orders/23-1790.OPINION.1-24-2025_2456160.pdf

3.機能的クレームの解釈や逆均等論関連の参考資料

(1)知財研紀要 2002「9 特許クレーム解釈に関する調査研究」

              https://www.iip.or.jp/summary/pdf/detail01j/13_09.pdf

(2)パテント 2018 Vol. 71 No. 11(別冊 No.20)「「広すぎる」特許規律の法的構成―クレーム解釈・記載要件の役割分担と特殊法理の必要性―」

              https://jpaa-patent.info/patent/viewPdf/3260

 

[担当]深見特許事務所 野田 久登 

 

[i] JMOLは、当事者が提出した事実関係の証拠が、事実問題を審理する陪審裁判の評決を支持する合理的な裏付けがないと判断される場合に、法律の適用に関する法律問題の審理に基づいて出される判決であり、特許のクレームの解釈は一般に法律問題であると言われています。

 

[ii] 米国特許法第271条(特許侵害)(a)は、次のように規定しています。

(a)本法に別段の定めがある場合を除き、特許の存続期間中に、権限を有することなく、特許発明を合衆国において生産し、使用し、販売の申し出をし若しくは販売する者又は特許発明を合衆国に輸入する者は、特許を侵害することになる。