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クレームドラフティングの誤りを評価する際には当業者の見解が決め手になるとしたUPC控訴審判決

 統一特許裁判所(UPC)の控訴裁判所(ルクセンブルク)は、特許クレームの不正確さが明らかな誤りであるかどうかを評価する際には出願日における当業者の見解が決め手になると判示し、特許クレームの明らかな誤りを訂正するための法的基準を明確にしました。

Alexion Pharmaceuticals, Inc. v. Samsung Bioepis NL B.V., Case No. UPC_CoA_402/2024; APL_40470/2024 (CoA Luxembourg Dec. 20, 2024) (Grabinski, Blok, Gougé, JJ.; Enderlin, Hedberg, TJ.)

 

1.事件の背景

 Alexion Pharmaceuticals, Inc.(以下、「Alexion社」)は、希少難治性疾患の治療に向けられた医薬品を展開するグローバルな製薬会社です。Alexion社は、「補体の阻害剤による発作性夜間血色素尿症患者の処置」に向けられた発明であって、明細書に記載の配列表の配列番号4のアミノ酸配列を含む抗体を含有し、当該抗体が補体成分5(C5)に結合することによってC5の分解を防ぎ、それによって赤血球の破壊を防止する医薬品に関する欧州特許第3167888号(以下、「本件特許」)を有しています。本件特許のクレームは以下の通りです。

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1. An antibody that binds C5 comprising a heavy chain consisting of SEQ ID NO:2 and a light chain consisting of SEQ ID NO:4.
2. A pharmaceutical composition comprising the antibody of claim 1.

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 なお、本件特許の日本での対応特許は特許第6224059号として成立しており、上記のクレーム1および2の対応日本特許のクレームは以下の通りです。

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クレーム1:配列番号2からなる重鎖と、配列番号4からなる軽鎖とを含む、C5に結合する抗体。

クレーム2:クレーム1に記載の抗体を含む、医薬組成物。

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 上記のクレーム1に記載された抗体を含む医薬組成物では、抗体が補体成分C5に結合することによって補体が断片に分解することを防ぎ、このことが免疫反応をもたらすという薬効を奏します。

 なお、アミノ酸配列を含む出願明細書においてはアミノ酸配列を配列表の形式で記載することが各国共通の実務となっており、配列番号とは配列表の各配列に割り当てられたその配列固有の番号を意味します(たとえば令和6年7月の特許庁「塩基配列又はアミノ酸配列を含む明細書等の作成のためのガイドライン」の「Ⅰ.用語の定義」参照)。本件特許の明細書では、配列番号1~10が開示されており、そのうち配列番号4を、以下に示す236個のアミノ酸の配列として記載しています。

(本件特許第22頁の[0134]のSEQ ID NO:4参照)

 一方で、「シグナルペプチド」を形成するアミノ酸を含むアミノ酸配列全体からなる抗体がC5に結合する可能性が低いことは技術水準として知られています。本件特許において配列番号4の上記のアミノ酸配列のうち最初の22個のアミノ酸はシグナルペプチドを形成します。

 Alexion社は、Samsung Bioepis NL B.V.(以下、「Samsung社」)の医薬品には配列番号4の最初の22個のアミノ酸(つまりシグナルペプチド)が含まれていないにもかかわらず、Samsung社が本件特許を侵害していると主張して、暫定措置(provisional measures)を求めてUPCの第一審裁判所であるハンブルグ地方部に訴えを提起しました。

 一方、Samsung社は、2024年5月2日付けで本件特許の付与に対する異議申立を欧州特許庁(EPO)に提出しており、現在もEPOに係属しています。Alexion社はEPO、UPCの手続を通じて配列番号4の最初の22個のアミノ酸を除外するクレーム訂正を要請してきました。本稿ではこの点に焦点を当てて解説いたします。

 

2.事件の経緯

(1)EPOでの手続

 Alexion社は当初、付与された本件特許のとおりの形でEPOに欧州特許出願を提出しましたが、EPOでの権利化段階においてAlexion社は、権利化手続中における明らかな誤りを理由にクレーム1の配列番号4の特徴を、配列番号4のアミノ酸23から236までの(アミノ酸1から22を除外する)配列で置き換える主要求をEPOの技術審判部に提出しました。EPOの技術審判部は、そのようなクレームの訂正は、欧州特許条約(EPC)施行規則139の許可可能な訂正を構成しておらず、かつEPC76(1)および123(2)の意味するところにおいて新規事項を導入しているとして、Alexion社の主要求を却下しました。

 技術審判部のクレーム解釈によれば、配列番号4の特徴は、1~22までの22個の余分なアミノ酸を含んでいます。技術審判部は、このようなクレーム解釈に基づいてクレームされた主題を審査し、その結果、クレームされた主題は新規であり、進歩性を有し、十分に開示されていると結論付けました。そして技術審判部はEPO審査部に対して、本件特許として現在発行されているクレームの形で特許を付与するように命じました。

(2)UPC第一審裁判所の判断

 第一審裁判所であるハンブルグ地方部もEPO技術審判部と同様に、クレーム1の配列番号4の特徴からアミノ酸1から22を除外するAlexion社の要求を却下しましたが、一方でSamsung社が本件特許を文言通り侵害したと判断しました。第一審裁判所は、EPOの技術審判部とは反対に、特許クレームの配列番号4から最初の22個のアミノ酸を除外することが意図されていると解釈しなければクレームされた医薬品はC5に結合するのに適さないことになることから、この配列は当業者の視点から見て明らかに正しく再現されていない、と論じました。

 しかし、第一審裁判所は、Samsung社に対するAlexion社の暫定措置の要求を却下しました。第一審裁判所は、自らのクレーム解釈だけでなく、EPOの技術審判部の異なる解釈も考慮する必要があることを明確にしました。その論拠は、第一審裁判所であるハンブルグ地方部は、侵害に焦点を当てた裁判所であるため、暫定措置を命じる前に、EPO技術審判部がその解釈に基づいて、EPC第83条の下で不十分な開示を理由に並行手続きで特許を取り消すかどうかを検討する必要があるというものでした。最終的に、第一審裁判所は、EPO技術審判部のクレーム解釈を考慮し、暫定措置を提供するのに必要な程度まで本件特許の有効性が確実ではない、と判断しました。Alexion社は、UPCの控訴裁判所(ルクセンブルク)に控訴しました。

 

3.控訴裁判所の判断

 控訴裁判所は本件訴訟の判決の冒頭において特許クレームの誤りの取り扱いについて、以下に示すような2つの原則を示しました。

(1)特許クレームにおける言語的誤り、綴りの誤り、その他の不正確な点は、特許クレームの解釈によってのみ訂正できる。ただし、その誤りの存在およびその正確な訂正方法が、明細書および図面を考慮しかつ一般的な知識を用いて、当業者にとって特許クレームに基づいて十分に確実である場合に限る。

(2)特許クレームは、当業者の観点から解釈されなければならない。特許付与手続き中の出願人の主張、特にEPO技術審判部がその主張を認めたことは、出願日における当業者の見解を示すものとみなすことができる

 これらの原則の下に、控訴裁判所はAlexion社の控訴を却下するとともに、クレームから最初の22個のアミノ酸を除外して解釈する第一審裁判所のクレーム解釈には法的欠陥があると指摘しました。控訴裁判所は、EPO技術審判部のクレーム解釈を採用し、EPOは係属中の異議手続において本件特許を取り消す可能性が高いと判断しました。

 控訴裁判所はまた、上記の原則(2)で示したように、出願日における当業者の見解が、特許クレームの誤りが明らかな誤りであるかどうかを判断する上で決め手になることを明確にしました。この当業者の見解は、権利化手続中のAlexion社の主張(後にその主張を放棄するかどうかに関わらず)およびEPO技術審判部の決定によって裏付けられていました。すなわち、Alexion社およびEPO技術審判部は、権利化手続中に、シグナルペプチドを含む抗体がC5に結合することは一般的に可能であることを指摘しました。このようなシグナルペプチドを含む抗体がC5に結合することは一般的に可能であるという権利付与段階で承認された主張により、「シグナルペプチドを含む抗体がC5へ結合できないことが当業者にとって自明の事項である」との訴訟段階での主張は認められないと判断されました。このようにEPOでの審査経過は、第一審裁判所に対して行った配列番号4の最初の22個のアミノ酸を含む(またはシグナルペプチドを含む)抗体はC5に結合できないという当事者間で争いのない弁論を上回る重要性を有しています。

 このことから控訴裁判所は、本件特許の明細書およびクレームには配列番号4の最初の22個のアミノ酸の除外が開示されておらず、出願時点では最初の22個のアミノ酸を除外することによって配列を修正することは当業者にとって明白ではなかったであろう、と結論付けました。

 

4.実務上の注意

 暫定措置を求める手続きにおいて特許の有効性を予測する際には、クレーム解釈に関してEPOUPCの第一審裁判所とは異なる決定を下す可能性があることを考慮する必要があります。UPCは特許クレームの誤りの訂正に対して高いハードルを設定しており、特許権者は権利化手続中に行われた自身の主張(本件では、シグナルペプチドを含む抗体であってもC5に結合することは一般的に可能であると主張したこと)が権利化後の権利行使に影響を及ぼす可能性があることに十分留意して、権利化段階における主張を慎重に行う必要があります。

[情報元] 

①McDermott Will & Emery IP Update | January 16, 2025 “Skilled Artisan’s View Is Decisive in Assessing Asserted Claim Drafting Error”

(https://www.ipupdate.com/2025/01/skilled-artisans-view-is-decisive-in-assessing-asserted-claim-drafting-error/)

②FINAL ORDER of the Court of Appeal of the Unified Patent Court concerning an application for provisional measures issued on 20 December 2024(UPC控訴裁判所判決原文)

https://www.unified-patent-court.org/sites/default/files/files/api_order/137906F1C2EFE52C187C75D4F7CD8202_en.pdf

[担当]深見特許事務所 堀井 豊