先行技術文献のもっともらしい他に取り得る解釈は、実質的証拠のレビューの基準の下でPTABの決定の破棄を強いるものではないとしたCAFC判決
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、本件特許の3つのクレームが自明性により無効であるという米国特許商標庁(USPTO)特許審判部(PTAB)による最終決定を支持し、先行技術文献の「もっともらしい他に取り得る解釈(plausible alternative understanding)」は、「実質的証拠のレビューの基準(substantial evidence review standard)」の下でPTABの決定の破棄を強いるものではない、との判決を下しました。
(Koninklijke KPN N.V. v. Vidal, Case No. 19-2447(Fed. Cir. Dec. 2, 2024))
1.事件の経緯
(1)IPRの請願
Koninklijke KPN N.V.(以下、「KPN社」)は、通信ネットワークへのアクセスを規制する技術に関する米国特許第9,014,667号(以下、「本件特許」)の特許権者です。本件特許のクレームの特許性に異議を申し立てる3件の当事者系レビュー(IPR)の請願が、コンピュータネットワーク関係の3社(HTC America, Inc., Lenovo Inc.およびLG Electronics, Inc.:以下、集合的に「請願人」と称する)によってUSPTOに提出され、PTABはこれら3件のIPRを併合して審理しました。
(2)IPRにおける請願人の主張
IPRにおいて請願人は、本件特許のクレーム31および33は、Obhan(米国特許第6,275,695号)、Shatzkamer(米国特許公開第2008/0220740号)、およびBudka(欧州特許公開第1009176号)を考慮すると自明であり特許性がなく、本件特許のクレーム35は、Obhan、Taniguchi(米国特許第7,505,755号)、およびBudkaを考慮すると自明であり特許性がない、と主張しました。
2.本件特許の説明
本件特許の発明は、ネットワークへのアクセスを要求する端末であって、固有の識別子でコントローラーによって識別される端末に関する限定を含んでいます。コントローラは、アクセス許可時間間隔/アクセス拒否時間間隔に基づいて各デバイスのネットワークへのアクセス許可を制御します(争点のクレームでは「アクセス拒否時間間隔」に基づいて制御)。
本件特許の実施形態を示す下記の図1を参照すると、データ通信のために通信ネットワーク1にアクセスできる複数の端末A~Dが示されています。通信ネットワーク1は、ベーストランシーバステーション3およびベースステーションコントローラ4を含む無線アクセスネットワーク2を備えています。無線アクセスネットワーク2は、サービングコントローラエンティティ5と、レジスタ6と、別のネットワーク8へのアクセスを提供するゲートウェイ7とを含むモバイルコアネットワークに接続されています。サービングコントローラエンティティ5は、通信ネットワーク1と端末A~Dと間の接続を制御します。端末A~Dの各々は、通信ネットワーク1にアクセスするための固有の識別子を備えています。レジスタ6は、少なくとも1つの端末の固有の識別子を、端末のアクセスの許可を制御するための、少なくとも1つのアクセス許可時間間隔またはアクセス拒否時間間隔と組み合わせて格納するように構成されています。無線アクセスネットワーク2は、アクセス要求および通信ネットワークにアクセスするための固有の識別子を、端末から受信するように構成されています。サービングコントローラエンティティ5は、アクセス要求が前述のアクセス許可時間間隔またはアクセス拒否時間間隔で受信された場合、端末のアクセスを許可または拒絶するように構成されています。
IPRでは本件特許のクレーム31、33および35の特許性の有無について様々な争点が提示されましたが、それらの争点の中で本稿で取り上げる第1の争点(Obhanの解釈に関する)はこれら3つのクレームに共通して関連するので、その代表例としてクレーム31の関連部分を以下に示し、第2の争点はクレーム33の文言に関連することからクレーム33についてもその関連部分を以下に示します(争点に関する記載をCAFC判決原文に沿って太字および下線で強調)。
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31. A telecommunications network configured for providing access to a plurality of terminals, each terminal associated with a unique identifier for accessing the telecommunications network, wherein the telecommunications network comprises:
a register configured to store the unique identifier of at least one terminal in combination with identification of at least one associated deny access time interval, the at least one associated deny access time interval being a time period during which telecommunications network access for the terminal is denied;
one or more processors;
memory storing processor instructions that, when executed by the one or more processors, cause the one or more processors to carry out operations including:
an access request operation to receive an access request from the terminal and to receive or determine the unique identifier associated with the terminal;
an access operation to deny access for the terminal if the access request is received within the time period, . . . .(以下、省略)
33. A tangible, non-transitory computer-readable medium having instructions stored thereon that, when executed by one or more processors of a telecommunications network device of a telecommunications network, cause the telecommunications network device to perform operations comprising:
receiving an access request and unique identifier from a terminal for access to the telecommunications network;
accessing, using the unique identifier, an identification of at least one associated deny access time interval, the at least one associated deny access time interval being a time period during which access for the terminal is denied;
denying the terminal access to the telecommunications network responsive to the access request being received within the time period defined by the accessed identification of at least one associated deny access time interval; . . . .(以下、省略)
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以下に、上に示したクレーム31および33の一部の弊所仮訳を示します。
「31.複数の端末へのアクセスを提供するように構成された通信ネットワークであって、各端末は前記通信ネットワークにアクセスするための固有の識別子に関連付けられており、前記通信ネットワークは、
少なくとも1つの端末の前記固有の識別子を少なくとも1つの関連するアクセス拒否時間間隔の識別と組み合わせて保存するように構成されたレジスタを備え、前記少なくとも1つの関連するアクセス拒否時間間隔は、端末の通信ネットワークアクセスが拒否される時間期間であり、前記通信ネットワークはさらに、
1つ以上のプロセッサと、
前記1つ以上のプロセッサによって実行されると、前記1つ以上のプロセッサに動作を実行させるプロセッサ命令を保存するメモリとを備え、前記動作は、
前記端末からのアクセス要求を受信し、かつ前記端末に関連付けられた前記固有の識別子を受信または決定するアクセス要求動作と、
前記アクセス要求が前記時間期間内に受信された場合に前記端末のアクセスを拒否するアクセス動作とを含み、…(以下、省略)。」
「33.通信ネットワークの通信ネットワークデバイスの1つ以上のプロセッサによって実行されると、前記通信ネットワークデバイスに動作を実行させる命令が格納された有形の非一時的コンピュータ読み取り可能な媒体であって、前記動作は、
前記通信ネットワークにアクセスするためにアクセス要求および固有の識別子を端末から受信することと、
前記固有の識別子を使用して、少なくとも1つの関連するアクセス拒否時間間隔の識別にアクセスすることとを備え、前記少なくとも1つの関連するアクセス拒否時間間隔は、前記端末のアクセスが拒否される時間間隔であり、
前記少なくとも1つの関連するアクセス拒否時間間隔のアクセスされた識別によって定義された時間間隔内に前記アクセス要求が受信されたことに応答して、前記通信ネットワークへの前記端末のアクセスを拒否することをさらに備え、…(以下、省略)。」
3.PTABの判断
PTABは、先行技術文献によって開示された内容に関する当事者の主張を検討した後、Obhanがデバイスに「有効期限」を割り当てることを含むワイヤレスネットワークの認可制御システムを開示している、と認定しました。PTABはまた、Shatzkamerが特定のデバイスを識別し、それらのデバイスを「ブラックリスト」に追加し、ブラックリストに載ったデバイスへのネットワークアクセスを拒否するシステムを使用してワイヤレスネットワークを管理することを開示している、と判断しました。
PTABは審理の結果、ShatzkamerおよびBudkaによって変更されたObhanがクレーム31および33のアクセス要求の限定を教示しており、ObhanおよびBudkaの組合せがクレーム35のアクセス要求の限定を教示しているとの結論に達し、本件特許のクレーム31、33および35は自明であり特許性がない、との最終決定を下しました。
KNP社はこの決定を不服とし、特にPTABによるObhanの解釈を問題にしてCAFCに控訴しました(なお、IPRの請願人はこの控訴審からは撤退し、USPTOが請願人のうちの一社であるHTC America, Inc.の主張に依拠して控訴審に参加しました)。
4.CAFCの判断
KPN社は控訴審において、先行技術文献が特定のクレーム限定を教示しており、先行技術文献を組み合わせる動機付けを与えたというPTABの判断は誤りである、という趣旨の主張を行いました。控訴審における多岐に渡る争点のうち、IPRでのPTABの認定は実質的証拠によって裏付けられていないとしたKPN社の主張(以下の第1の争点および第2の争点)について、CAFCは以下のように反論しました。
(1)第1の争点
KPN社はまず、異議を唱えられたクレーム31、33および35に共通の「アクセス要求」という用語に関する限定をObhanが開示しているというPTABの認定は実質的証拠によって裏付けられていない、と主張しました。KPN社は、Obhanは、端末がネットワークにアクセスできるようにするかどうかを決定するために「許可期限」を参照することを、実質的証拠のレビューの基準の下では教示していない、と主張しました。CAFCは、控訴審におけるKPN社の主張が、PTABの決定のうちObhan単独について議論している部分を争点として取り上げていると考え、PTABの決定のうちObhan自身を取り上げている部分のみに対処することとしました。
CAFCは、「Obhanは、端末がネットワークにアクセスできるようにするかどうかを決定するために『許可期限』を参照することを教示していない」というKPN社の主張は単に「Obhanのもっともらしい他に取り得る解釈」を提示したに過ぎないと認定し、この主張に同意しませんでした。CAFCは、実質的証拠のレビューの基準の下で、PTABの決定が実質的証拠によって裏付けられていないと結論付けるためには、KPN社の「Obhan引例は・・・『許可期限』を教示していない」といった程度の主張では不十分であると説明しました。CAFCによると、実質的な証拠とは、「結論を裏付けるのに十分であると合理的な判断で受け入れられる重要な証拠」のことを意味します(Consol. Edison Co. v. NLRB, 305 U.S. 197, 229(1938))。
より具体的に説明いたしますと、Obhanは、そのアドミッションコントロールブロックが「それぞれのモバイルACB 950が有効である各通路のタイムスタンプを備えている」ことを教示しています。以下に示すObhanの図9Bは、アドミッションコントロールブロックを示しており、これには、「有効期限(good till)」としてラベル付けされたタイムスタンプのエントリの例(12:22:24)が含まれています。
これは、有効期間スタンプがアクセス要求の限定の争点部分を教示しているという実質的な証拠です。さらに、Obhanは、システムがアクセスを決定するためにアドミッションコントロールブロックを参照できることを教示しています。PTABが説明し依拠したように、Obhanのこれらの開示は、端末にネットワークへのアクセスを許可するかどうかを決定する際に、システムが有効期間を参照することを教示しています。これらの開示は、Obhanがクレーム31、33および35に共通のアクセス要求の限定を開示しているというPTABの判断を裏付ける実質的な証拠です。
控訴審におけるKPN社の主張は、せいぜい、Obhanに関するもっともらしい他に取り得る解釈を提示しているにすぎず、実質的証拠のレビューの基準の下では、別のもっともらしい結論が存在するからといって、PTABの決定が実質的証拠によって裏付けられていないと判断することを強要するものではありません(In re Jolley, 308 F.3d 1317, 1320(Fed. Cir. 2002))。したがって、CAFCは、証拠を再検討したり、独自の事実認定を行ったりすることを拒否しました。
(2)第2の争点
次にKPN社は、PTABの決定が実質的証拠によって裏付けられていないのは、PTABが、異議を唱えられたクレームの1つを読み間違えて誤って述べたためである、と主張しました。争点となった本件特許のクレーム31は、「前記アクセス要求が前記時間期間内に受信された場合に前記端末のアクセスを拒否するアクセス動作」を記載していますが、別のクレーム33は、「前記少なくとも1つの関連するアクセス拒否時間間隔のアクセスされた識別によって定義された前記時間間隔内に前記アクセス要求が受信されたことに応答して、前記通信ネットワークへの前記端末のアクセスを拒否する」ことを記載していました。
PTABはその決定において、2番目のクレーム33は、「アクセスが拒否される期間内に受信された場合、アクセス要求が拒否されることのみを要求している」と述べました。KPN社は、PTABがその決定において、クレーム33の文言について「応答して(responsive to)」ではなく、「場合に(if)」という用語を使用したことを批判しました。
CAFCは、この議論に説得力があるとは考えず、KPN社が特定した矛盾点は、何ら区別の伴わない相違点であると結論付けました。CAFCは、なぜ「if/responsive to」の区別が重要なのかについてKPN社が有意義な説明をしていないと判断し、KPN社には、誤りがあったことだけでなくその誤りが有害であったことを証明する責任がある、と説明しました。KPN社は、主張された誤りがPTABの決定に何らかの影響を与えたことを証明できませんでした。
これらの理由により、CAFCは、本件特許の3つのクレームが自明性により無効であるというPTABよる最終決定を支持しました。
[情報元]
情報元①
McDermott Will & Emery IP Update | December 12, 2024 “Plausible Alternative Understanding of Prior Art? So What?”
https://www.ipupdate.com/2024/12/plausible-alternative-understanding-of-prior-art-so-what/
情報元②
Koninklijke KPN N.V. v. Vidal, Case No. 19-2447(Fed. Cir. Dec. 2, 2024)判決原文
https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/19-2447.OPINION.12-2-2024_2427980.pdf