第三者に提出した見積書による新規性欠如を認めたCAFC判決
1.本件の概要
米国連邦巡回控訴裁判所(CAFC)は、特許権者が第三者に対して提出した「見積書」の提示後の受注の承諾(post-quote acceptance)を留保していたにもかかわらず、当該見積書の提示は米国発明法施行前(以下「Pre-AIA」)の35 U.S.C.§102(b)[i]に基づく販売のための商業的申し出(a commercial offer for sale)であると判断し、問題となっている特許は無効であると結論付けて、地方裁判所判決を覆し、差し戻しました。
Crown Packaging Technology, Inc. v. Belvac Production Machinery, Inc., Case Nos.
22-2299-2300 (Fed. Cir. Dec. 10, 2024) (Dyk, Hughes, Cunningham, JJ.)
2.弊所ホームページにおいて配信済の、類似する判決について
弊所ホームページの「国・地域別IP情報」において2022年8月15日付で配信した「『本来的な実験的使用目的を伴わない契約は”On-Sale Bar”に対する防御にならない』と判示したCAFC判決」(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/8386/)においても、Pre-AIA 35 U.S.C.§102(b)のOn-Sale Barが争点となり、CAFCが契約は販売の申出を構成すると認めて地裁判決を覆した点において、本件CAFC判決と類似しています。
ただし、当該先のCAFC判決(Sunoco Partners Marketing & Terminals L.P., v. U.S. Venture, Inc., U.S. Oil Co., Inc.,以下「Sunoco事件CAFC判決」)では、実験的な使用目的での販売がOn-Sale Barを構成するかどうかが検討された結果としてOn-Sale Barが適用されたのに対して、本件は、基準日前の第三者への見積もりの提示によりon-sale barが適用された点で異なります。そのため、以下、第三者への見積もりの提示についてのCAFCの判断を重点的に説明します。
3.本件の経緯
(1)特許製品の見積もりを提供する書簡の第三者への送付
Crown Packaging Technology, Inc.(以下「Crown社」)は、金属飲料缶の上部直径を小さく絞るネッキングマシンによって缶の上部を絞る工程を効率化する技術に関する3件の特許を所有するとともに、これらの特許のクレームを具体化したネッキングマシンの1つであるCMB3400 Die Necker(以下「3400 Necker」)を製造および販売しています。これらの特許の最も早い優先日は2008年4月24日で、基準日(the critical date)[ii]は2007年4月24日に設定されています。
基準日に先立つ2006年11月14日にCrown社は、本件訴訟の当事者以外の第三者であるComplete Packaging Machinery(以下「Complete社」)に、3400 Neckerの見積もりを提供する書簡を送りました。
この書簡は「見積書番号Q22764」と題され、3400 Neckerの説明と価格が記載されており、商品の配達先はComplete社の「指定配達地点」、または発送準備時に書面による指定を受け取っていない場合は「当社(Crown社)の施設」と指定されていました。支払条件は「注文時に50%、Crown社の工場で買い上げ後に50%、ただし発送前に支払いを受ける必要がある」と記載されていました。この書簡では、3400 Neckerは「注文受領から30週間で梱包され、発送の準備が整う」とされており、また、不測の事態により契約履行が不確実になった場合に備えて、Crown社は「契約を履行するためにあらゆる努力を払う」と記載されていました。
さらに、この書簡では「見積もりは60日間のみ有効であり、Crown社が書面で注文を承諾することを条件とする」と規定されていました。
Crown社は、権利主張されている特許の最先の出願日から1年も経たない2007年5月から8月の間に、他の企業に同様の書簡を送っています。これらの他の書簡に応じて注文を受け取ると、Crown社は内部注文入力文書に注文を記録し、注文の「受領確認」を送りました。これらの通信は、権利主張されている特許の基準日後に企業に送信され、一部は外国に送信されたため、AIA以前の販売禁止に直接関係するものではありません。
(2)特許侵害訴訟の提起
Crown社は、同社の特許を侵害したとして、バージニア州西部地区連邦地方裁判所(以下「地裁」)にBelvac Production Machinery Inc.(以下「Belvac社」)を訴えました。Belvac社は、Pre-AIA 35U.S.C.§102(b)に基づく特許無効の抗弁を提起し、Crown社のComplete社に対する基準日前の書簡は、販売のための商業的申し出を構成するため、特許は無効であると主張しました。
両当事者は、on-sale barの問題に関する互いに反対の略式判決を求める交差申立てを行ないました(cross moved for summary judgment)。Crown社は、自社のネッキングマシンである3400 Neckerについて特許取得の準備ができていたこと、権利主張された特許のクレームを具体化していること、およびComplete社への書簡が当該特許の基準日より前に送られたことについては争いませんでした。しかしながらCrown社は、(i)書簡は、承諾によって拘束力のある契約を締結することはできなかったため、商業的な販売の申し出ではなく、また、(ii)書簡は「この国」での販売の申し出ではなかったと主張しました。
(3)地裁の判断
地裁は、Complete社への書簡は「販売の申し出を行なうための招待であり、申し出自体ではない」と結論付けてCrown社の申し立てを認め、Belvac社の申し立てを却下しました。
地裁での審理で、陪審は、権利主張された特許クレームは、書面による開示がなく、自明でもないことから無効ではなく、侵害もされていないと判断しました。地裁での審理後Crown社は、法律問題としての判決、または権利主張された3件の特許のうちの2件の特許の侵害に関する新しい裁判を申し立て、Belvac社は、法律問題としての判決、または権利主張されたすべての特許が無効であることについての新しい裁判を別途求めました。地方裁判所は、両当事者の申し立てを却下し、陪審の判断の通りの判決を下しました。
この地裁判決に対して、両当事者は、CAFCに控訴しました。
4.CAFCの判断
CAFCは、地裁による特許の有効性判断を覆し、Crown社の書簡はPre-AIA 35U.S.C.§102(b)に基づく販売の申し出であると認定し、権利主張された特許はいずれもPre-AIA 35U.S.C.§102(b)に基づいて無効であると判断して、地裁の判決を破棄し、Belvac社に有利な判決を下すように差し戻しました。
CAFCの判断の理由は、以下のとおりです。
(1)CAFCの審理における争点
CAFCの分析には、判例に基づく次の5つの要素が含まれていました。
(i)申し出の対象が特許のクレームを具体化したかどうか。
(ii)申し出が「この国で」行われたかどうか。
(iii)申し出が基準日より前の日付であるかどうか。
(iv)発明が販売のための商業的申し出の対象であったかどうか。
(v)発明が特許を取得する準備ができていたかどうか。
上記要素(i)~(iii)はMeds. Co v. Hospira, Inc. (Medicines I), 827 F.3d 1363, 1372, 1374 (Fed. Cir. 2016) (en banc)に基づき、また上記要素(iv)および(v)はPfaff v. Wells Electronics, Inc., 525 U.S. 55 (1998)に基づいています。
CAFCにおける審理においてCrown社は、自社のネッキングマシンであるCMB3400 Neckerが権利主張された特許クレームを具現化しており、特許を取得する準備ができており、書簡が基準日よりも前のものであることを認めました。したがって争点は、手紙が販売のための商業的な申し出であったかどうか、そしてそれが「この国で」行われたかどうかに絞られました。
(2)「発明が販売のための商業的申し出の対象であったかどうか」(上記要素(iv))についての判断
Crown社がComplete社に送付した書簡は「見積書」と明示されています。CAFCは、申し出を「見積書」と表記することは重要な事実であると判示してきましたが、一方で、任意の通信に用いる表記そのものは支配的ではない、と判示してきました(Junker, 25 F.4th at 1035、Atlanta Attachment Co., 516 F.3d at 1366)。特に、Buildex Inc. v. Kason Indus., Inc., 849 F.2d 1461, 1463–64 (Fed. Cir. 1988)は、必須の価格および数量に関する条項を含む見積書は商業的な販売の申し出であると判示しました。問題となっている本件訴訟の「見積書」と表記された書簡には、価格設定、配送スケジュール、支払い条件、保証、責任条件など、拘束力のある申し出に通常関連する明確な条件が含まれていました。これらの条件は、当事者の相互の義務を確立しました。CAFCは、Complete社は購入価格の50%を前払いする義務があり、Crown社は支払いを受領した時点で製造を開始することを確約していたため、書簡における条項は特定的かつ完全であり、即時の履行が必要であると判断しました。
また、地裁は、Crown社の書面による受諾を要求する明示的な条項、が契約を拘束力のあるものにすることを排除していると判断しましたが、CAFCは、書面による承諾を求める条項が存在することが決定的であるとは結論付けないように判例法が忠告している、と指摘しました。現にCrown社は、Complete社以外の第三者に対して行った本件の販売の申し出と類似の通知に対する当該第三者からの注文を、許諾を返答することなく受けていました。このことからもCrown社の見積書とされる書簡は拘束力のある契約を十分に構成していることは明らかでした。CAFCは、その書簡は確立された判例の下での販売のための商業的申し出であると判断しました。
(3)「申し出がこの国で行われたかどうか」(上記要素(ii))についての判断
CAFCはまた、書簡が「この国で」なされたのではないというCrown社の主張を退けました。Pre-AIA§102(b)は、米国の住所にある米国企業に対して行われた申し出を、国内で行われたものと定義しています。Crown社の書簡は、Complete社のコロラドオフィスに宛てられ、「CPM USA」と記されており、明らかにこの基準を満たしていました。
(4)CAFCの判決
Crown社のBelvac社に宛てた書簡が、上記要素(i),(iii)および(v)を満たすことについて当事者間に争いがなく、また、上記要素(ii)および(iv)についても満たしているものと認定されたことから、CAFCは、Crown社の書簡は、Pre-AIA§102(b)のon-sale barに基づく「この国」での商業的販売の申し出を構成すると結論付けて、権利主張されたCrown社の特許はいずれも、Pre-AIA§102(b)に基づいて無効であると認定し、地裁判決を取消して差し戻しました。
5.実務上の留意点
(1)AIA改正後の米国特許法§102(a)(1)への適用について
本件判決において、特許権者から第三者に宛てた、特許製品の見積書を含む書簡がPre-AIA§102(b)に規定するon-sale barの「販売の申し出」に該当すると認定され、この認定は、Helsinn Healthcare S.A. v. Teva Pharmaceuticals USA, Inc.事件最高裁判決(2019年1月22日)を考慮すると、上述のSunoco事件CAFC判決の場合についての弊所配信記事の「4.実務上の留意点」でも述べたように、AIA改正後の現行法§102(a)(1)に規定するon-sale barの適用においても同様に解釈される可能性があり、しかも、当該改正法においては、米国内だけでなく、世界中での販売(およびその申し出)にも適用されることに留意すべきです。したがって特許権者は、今後も、特許出願前(特に基準日前)の第三者に対する商業的な提案や契約交渉に際しては、特許製品についてon-sale barの販売の申し出とならないように十分気を付ける必要があります。
(2)Sanho Corp. v. Kaijet Technology Int’l Ltd, Inc.,事件CAFC判決との対比
弊所ホームページの国・地域別IP情報において2024年10月28日付で配信した「特許発明を具体化した製品の私的販売は「公然開示」に該当しないという特許審判部の決定を支持した米国連邦巡回控訴裁判所判決」(https://www.fukamipat.gr.jp/region_ip/12519/)で紹介したSanho Corp. v. Kaijet Technology Int’l Ltd, Inc.,事件(以下「Sanho事件」)CAFC判決では、「クレームされた発明を具体化した製品の私的販売は、AIA改正後の米国特許法(35 U.S.C.)§102(b)(2)(B)に基づく「公然開示(public disclosure)」に該当しない」と判断されました。この判決は一見すると、本件Crown事件CAFC判決と矛盾するように見えます。
しかしながら、AIA改正法§102(b)(2)(B)は、何が先行技術になるかを規定する同条(a)の例外を規定しており、発明を公に開示する発明者を他社のその後の開示から保護することを目的とするものです。Sanho事件は、発明者による特許発明の実施品の特許権者への私的販売が、その後に特許発明を開示する先行文献(米国特許出願公開公報)の先行文献としての地位を失わせる「公然開示」には該当しないと認定したものであって、本件Crown事件CAFC判決における特許製品の販売とは、対象が相違するものであることを十分認識すべきです。
(3)日本の特許制度との対比
日本の特許法では、譲渡が発明の実施行為とされ、29条1項2号において発明の公然実施が新規性喪失理由とされており、公然開示については特許法30条2項において、1年のグレースピリオドが設けられている点において、米国の特許制度と共通していると言えます。しかしながら日本においては、発明の実施品が販売されたとしても、発明の内容について秘密性が保持される場合には、「公然開示」とはならず、発明の新規性は失わなれないと解されます。したがって、本件Crown事件のような、秘匿性のある特許発明実施品の販売は発明の新規制喪失理由とはならないと解されます。日本の実務者は、そのような日米の特許制度の相違を十分認識した上で、米国特許法におけるon-sale barを正確に解釈することが望まれます。
[情報元]
情報元①
1.IP UPDATE (McDermott) “Neck or Nothing? ‘Quotation’ Invalidates On-Sale Bar” December 19, 2024
https://www.ipupdate.com/2024/12/neck-or-nothing-quotation-invalidates-on-sale-bar/
2.Crown Packaging Technology, Inc. v. Belvac Production Machinery, Inc., Case Nos. 22-2299; -2300 (Fed. Cir. Dec. 10, 2024) (Dyk, Hughes, Cunningham, JJ.)(本件CAFC判決原文)
https://cafc.uscourts.gov/opinions-orders/22-2299.OPINION.12-10-2024_2433117.pdf
[i] Pre-AIA§102 特許要件;新規性及び特許を受ける権利の喪失
次に該当する場合を除き,何人も特許を受ける権原を有する。
(a) (省略)
(b) その発明が,合衆国における特許出願日前1年より前に,合衆国若しくは外国において特許を受け若しくは刊行物に記載されたか,又は合衆国において公然実施され若しくは販売された場合,又は
(c)~(g)(省略)
[ii] Pre-AIA§102(b)においては、特許出願の日の1年前の日が基準日(the critical date)となり、この日以降の発明の開示に基づいて発明の新規性を失わせることなく特許出願を行なうことができます。